いよいよ3月12日(日本時間13日)に迫った第95回アカデミー賞。今年も授賞式でどんなドラマが待っているか楽しみだが、多くの人に愛された作品の受賞の行方も気になってしまう。その意味で今年は『トップガン マーヴェリック』(公開中/以下『マーヴェリック』)に注目したい。

3月3日より“追いトップガン”を堪能できるスクランブル上映もスタートした『マーヴェリック』は作品賞のほか、脚色賞、編集賞、音響賞、視覚効果賞、そしてレディー・ガガが歌う「Hold My Hand」の歌曲賞と、計6部門にノミネートされた。授賞式の最後に発表される作品賞で、もし『マーヴェリック』の名が読み上げられれば、大きな盛り上がりとなることだろう。主演のトム・クルーズはプロデューサーも務めたので、おそらくステージに上がり、スピーチもするはず。その光景を想像するだけでテンションが上がってしまう!

■トム・クルーズのアカデミー賞における実績は?

この光景が、なぜ特別で貴重な瞬間になるのか。実はトム・クルーズとアカデミー賞は、しばらく縁がなかったからだ。トムの主演作がアカデミー賞作品賞にノミネートされるのは、第69回の『ザ・エージェント』(96)以来、26年ぶり。もし受賞となれば、ダスティン・ホフマンとW主演を果たした第61回の『レインマン』(88)以来、34年ぶりとなる(作品賞と監督賞、ホフマンの主演男優賞、脚本賞を獲得)。

俳優部門でのノミネートは主演男優賞で2回(第62回の『7月4日に生まれて』、第69回の『ザ・エージェント』)、助演男優賞で1回(第72回の『マグノリア』)経験しているが、受賞はゼロ。今年も『マーヴェリック』でトムの主演男優賞ノミネートが期待されたが、惜しくも逃してしまった。今回、プロデューサーとしては初のノミネート。いまもハリウッドのトップに立ち続けるトムなので、その偉業を讃えたいという思いは、同業者や映画ファンに溢れている。

■スティーヴン・スピルバーグも感謝!トムはハリウッドを救ったヒーロー

なにより、『マーヴェリック』は新型コロナウイルスの影響を大きく受けた映画業界に希望の光を与えた。コロナによって映画館は休業も余儀なくされ、自宅でも映画を楽しめる配信が主流になりつつあった。そんな状況のなか、『マーヴェリック』は劇場スクリーンでの上映にこだわり、何度も公開延期を繰り返す。その結果、「映画館で体験する喜び」をもう一度、世界中の人々に教えてくれた。日本で2022年の洋画No.1のヒットを記録したように、アメリカでも驚異のロングランを達成。あのスティーヴン・スピルバーグ監督も、今年のアカデミー賞を前にノミネートされた面々が集まる恒例の「ランチョン(ランチ会)」で、トムに「君はハリウッドを救った。『トップガン マーヴェリック』は映画業界全体を救ったかもしれない」と感謝の言葉をかけたほど。まさに世界中の映画関係者、映画ファンを代弁したわけだ。

■『トップガン マーヴェリック』にとって意外にも有利な作品賞の選出方法とは?

かつてのアカデミー賞は、シリアスな作品、社会派テーマなどが重視されたが、近年は多くの観客に歓迎された作品も候補に上るようになった。今年も『マーヴェリック』と『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』という2つの特大ヒット作が作品賞にノミネート。これは異例のパターンで、アカデミー賞が変わりつつあることを実感できる。

とはいえ、今年のアカデミー賞作品賞には強力なライバルもいる。最多の10部門11ノミネート(助演女優賞部門で2人)を果たした『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(公開中)だ。同作は前哨戦で多くの賞を制しているが、アカデミー賞作品賞は逆転劇も起こりやすい。投票のシステムが特殊だからだ。世界中のアカデミー会員が、作品賞ノミネート作に1位から10位まで順位をつけて投票。最初の集計で最下位になった作品が外され、今度は9本の順位で争われ…が繰り返され、最終的に残ったものが作品賞となる。つまり極端に評価が分かれる作品は選ばれにくく、むしろ多くの投票者が2〜3位くらいに入れた作品が有利だったりするのだ。その意味で『マーヴェリック』は広く愛された作品で、そこに映画業界への功績が加味されれば、作品賞も夢ではない。

■トムの笑顔をアカデミー賞のステージで観たい!

前哨戦の一つ、ゴールデン・グローブ賞では、『マーヴェリック』が作品賞(ドラマ部門)にノミネートされながら、プロデューサーとしてトムは授賞式に出席しなかった。同賞を主催するHFPA(ハリウッド外国人映画記者協会)へのボイコットの意思を貫いたからだと考えられる(トムは過去に受賞したゴールデン・グローブのトロフィーを返還している)。その意味で、アカデミー賞では授賞式でトムの姿を見られるだけでも幸せだ。近年は、ブラッド・ピットらトップスターの受賞風景が視聴者のテンションを上げてきているので、その流れでステージ上のトムの笑顔を見たい人も多いはず。

36年の時を経て、マーヴェリックは新たな作品で、しかも同じ俳優が演じて復活し、世界の観客の胸を熱くさせた。その奇跡を締めくくるのがアカデミー賞授賞式であれば、最高のフィナーレとなるではないか!

文/斉藤博昭