天才漫画家・岸辺露伴とは何者なのか?荒木飛呂彦が”理想の漫画家像”を込めた「ジョジョ」屈指の人気キャラクターに迫る
■「ジョジョ」の”スピンオフ”である「岸辺露伴は動かない」
ドラマ「岸辺露伴は動かない」は、「ジョジョの奇妙な冒険」第4部「ダイヤモンドは砕けない」の登場キャラクター、岸辺露伴を主人公とするスピンオフ作品。常にネタを探している人気漫画家の彼が、様々な怪事件に遭遇するという見聞録的な内容となっている。
3期にわたるドラマは、岸辺露伴が主人公の短編集コミック「岸辺露伴は動かない」(現在2巻刊行)のほか、「ジョジョ」第4部本編中の彼をメインに据えたエピソード、本編35周年を記念して2022年に刊行された「ジョジョマガジン」のための描き下ろし読み切りコミック、ノベライズ「岸田露伴は叫ばない 短編小説集」のなかの一篇などが原作。アニメ「ジョジョの奇妙な冒険」でもシリーズ構成を担当した脚本の小林靖子が、独立した各エピソードにうまくつながりを持たせ、日常と隣合わせのスリリングなアーバンホラー作品に仕上げた。
■「ジョジョの奇妙な冒険」3部から登場した“スタンド”
本編である「ジョジョの奇妙な冒険」は、荒木飛呂彦が1987年に「週刊少年ジャンプ」にて連載を開始した、シリーズ単行本100巻を超える長編コミック。2005年に掲載誌を「ウルトラジャンプ」へ移し、現在は同誌で第9部「The JOJOLands(ザ・ジョジョランズ)」を連載中だ。
第1部は、ジョナサン・ジョースター(愛称:ジョジョ)とディオ・ブランドーという出自の異なる2人の青年の対決を描く物語から始まり、第2部以降では、その魂を引き継いだ子孫たちの闘いが展開されていく。各部ごとに、主人公、舞台、ジャンルを変えながらも、世界観は一貫しており、たとえ肉体が滅んでも精神は受け継がれていくという魂のリレー、“人間讃歌”をテーマにした壮大な大河群像劇になっている。
「ジョジョ」における大きな特徴の一つが、第3部から登場した特殊能力“スタンド”だ。これは、その人物の精神や性格を反映した超能力を具現化したもので、バトルシーンでは、能力者が自らの精神力と頭脳を駆使して、スタンドを操りながら闘っていく。その人の個性が特別な能力となって発現しているため、パワーの強さや攻撃そのものとは関係ないものも多い。そして、岸辺露伴もまた“スタンド使い”の一人なのである。
■コミックを飛び出し活躍する売れっ子漫画家、岸辺露伴
ここで、原作における岸辺露伴の設定について、ざっと紹介しておこう。彼は「ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない」の「漫画家のうちへ遊びに行こう」のエピソードで初登場。漫画家デビューは16歳の時で、代表作は「ピンクダークの少年」。煩わしい人間関係を嫌い、アシスタントはなし。わがままな性格で、プライドも高い。彼がなによりも大切にしているのは、読者のためにおもしろい漫画を描くことだ。そのためには、リアリティが重要だと考えていて、リアリティを追求するためには手段を選ばない。
露伴は「ヘブンズ・ドアー(天国への扉)」というスタンドによって、人を”本”に変え、その人物の人生、記憶、経験すべてを文字で読むことができる。また、本に書き込みをして、相手の行動を操ることも可能。まさしく、観察者であると同時に表現者である天才漫画家、岸辺露伴にふさわしいスタンドだ。
「ジョジョ」には魅力的なキャラクターが多数登場するが、スピンオフ作品まで制作されているのは岸辺露伴のみ。しかも、コミックにとどまらず、アニメ、小説、ドラマ、映画と、様々なメディア展開がされている様子は、もはやスピンオフの枠を超えており、いかに露伴がファンに愛されているかの証と言えるだろう。
さらに露伴は、「週刊少年ジャンプ」の月例新人漫画賞「ホップ☆ステップ賞」で審査員を務め、投稿作を採点したり(実際は荒木飛呂彦による審査)、コミック「名探偵コナン」のコラム「青山剛昌の名探偵図鑑」に探偵として取り上げられたりと、「ジョジョ」の枠を飛び出した活躍も見せている。
露伴の漫画に対する情熱と執念、プロフェッショナルな職業意識は、いまも「ジョジョ」を描き続けている原作者の荒木本人にも通じるものがある。荒木は露伴のことを自身の投影ではないと否定しているが、「漫画家にとっての理想像を具現化した」キャラクターだと語るほど、岸辺露伴は本当に特別なキャラクターなのだ。
■原作の露伴とドラマの露伴、それぞれのよさ
原作の露伴は、「ジョジョ」第4部では20歳、「岸辺露伴は動かない」シリーズでは27歳の設定になっている。作品が描かれた時期によって年齢に違いはあるが、いずれも20代の若者という点では変わらない。一方、ドラマ版の露伴は、高橋一生が演じていることもあり、成熟した大人の男性として登場する。それによって、子どものように純粋な好奇心の強さ、時折のぞく大人げなさなど、子どもと大人が同居しているような露伴の個性がより際立つことになった。
またドラマ版では、本編の”スタンド能力”という設定をカット。人を本に変える「ヘブンズ・ドアー」の能力は、あくまで露伴に備わった特殊能力として描かれているため、「ジョジョ」をまったく知らない人も、すんなりと世界に入り込める構造になっている。
ドラマ版で露伴のバディとも言えるキャラクターが、飯豊まりえが演じる担当編集者、泉京香。ドラマ制作時、泉は原作の一篇「富豪村」にしか登場していなかったため、ドラマの彼女は一種オリジナルとも言える。ドラマ第2期放送後、荒木が「ジョジョマガジン 2022 SPRING」に収録した読み切り作「ホットサマー・マーサ」のなかで、泉を露伴の担当編集者として再登場させたことは、ドラマ、原作の両ファンを大いに喜ばせた(「ホットサマー・マーサ」は、ドラマ第3期の原作にもなった)。
原作では露伴が27歳、泉は25歳と、同世代の設定だが、高橋と飯豊が演じる実写版では、大人と若者という世代の違いもある。偏屈な露伴に対し、どこまでも天真爛漫な泉というキャラのギャップも楽しく、愛すべき凸凹バディ感を盛り上げている。
そのほか、ドラマ版では、人間の皮膚がペリペリ…と音を立てながら剥がれて本のページが現れる衝撃的な描写はもちろん、露伴が漫画を描く前に行う手指の準備体操、ファンを大切にする露伴が目にも止まらぬ早業で彼らにサインを描いてあげるシーンに至るまで、原作における重要なお約束ポイントを余すことなくしっかり再現。
ギザギザのヘアバンドやGペンをモチーフにしたピアスをはじめとする露伴のファッション、ふわふわのシフォンやリボンが印象的な泉のコーディネートなど、キャラの個性を表現するモードなコスチュームも原作のイメージどおりだ。“ジョジョ立ち”と呼ばれる、原作で描かれるキャラクターたちのクールかつエキセントリックなポージングを、「ジョジョ」の大ファンである高橋が自らさりげなく決める瞬間も見逃せない。
■フランスで発行された読み切りが映画化!
このたび公開された『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は、2009年にフランス、ルーヴル美術館のバンド・デシネ(フランス語圏で出版されるマンガ)プロジェクトのために描き下ろされた荒木飛呂彦初となるフルカラーの読み切り作品を原作とした映画。2010年にフランスで刊行され、日本語版はその翌年に刊行された。日本の漫画家がフランスでバンド・デシネの単行本を刊行するというのはかなり異例で、2009年にルーヴル美術館で「ジョジョ」の原画展が開催されるなど、荒木が海外でも高い人気を博するアーティストであるからこそ実現した作品だ。
特殊能力を持つ漫画家の岸辺露伴は、新作を執筆する過程で、青年時代(17歳の露伴:長尾謙杜)に淡い思いを抱いた女性、奈々瀬(木村文乃)から聞いた、この世で最も「黒い絵」のことを思いだす。現在、その絵がルーヴル美術館に保管されていることを知った彼は、取材とかつてのかすかな慕情のために、泉京香とパリへ向かう。ルーヴル美術館に到着した露伴と泉は、美術館職員のエマ・野口(美波)の案内のもと、「黒い絵」の取材を進めるが、その先には「黒い絵」に秘められた想像を絶する真相が待ち受けていた。
ルーヴル美術館をはじめ、シャンゼリゼ通り、エトワール凱旋門など、パリの様々な名所のなかに、自然に溶け込む露伴と泉の姿にワクワクさせられつつも、「岸辺露伴は動かない」特有の、どこかクラシカルで重厚なムードが漂う怪異世界の怖ろしさは本作でも健在。漫画家デビュー間もない若き日の露伴と新たなヒロイン、奈々瀬とのなれ初めも見どころだ。初々しく、ナイーヴだった17歳の自分を思いだす露伴の、いつになくセンチメンタルな表情にドキドキしてしまう。「岸辺露伴」シリーズの独立したエピソードでありながら、「ジョジョ」本編を貫くテーマ、血脈、運命、過去から未来へと続く時の流れを描いた物語のスケール感もまた映画版にふさわしい。
リアリティと非現実、あの世とこの世の狭間をゆらぎながら、観る者の心を捉えていく「岸辺露伴」独自の世界観。映像化されていないエピソードはほかにもたくさんあり、原作シリーズは読み切り作品として続いている。作品ごとに新しい面を見せてくれる露伴だけに、これからも彼の活躍から目を離せそうにない。
文/石塚圭子