「ゾンビ映画の父」、「マスター・オブ・ホラー」と呼ばれた巨匠、ジョージ・A・ロメロが、現地時間7月16日に肺がんで息を引き取った。77歳だった。

晩年ロメロのマネージャーであったクリス・ロー氏の声明によれば、臨終の場では、ロメロにとって生涯愛した作品のひとつである、ジョン・フォード監督、ジョン・ウェイン主演『静かなる男』(52)のサウンドトラックが流され、妻と娘に手を握られながら穏やかに息を引き取ったという。

フォード/ウェインのコンビと言えば、『駅馬車』『アパッチ砦』に代表される西部劇アクションを連想する方も多いことと思うが、『静かなる男』は喜劇であり、恋愛ものだ。

フォードが58歳の時に発表された本作は、監督としての円熟期と言える時期の作品で、彼にとって生涯4度目、最後となるアカデミー賞監督賞をもたらした。ロメロの映画に流れる独特の詩情からは、フォードの影響が見てとれる。

また、本作の突出した魅力は、ウィントン・C・ホックとアーチー・スタウトの撮影による、アイルランドの雄大なロケーションであり、彼らもまた本作でアカデミー賞撮影賞を受賞した。

ところで本邦にも、この映画を愛していると公言する著名人は多くいる。

例えば、司馬遼太郎は、週刊朝日に連載したエッセイ『街道をゆく』の中で、本作についてアイルランド人の気風に根差した考察を述べている。

村上春樹は、特に本作の熱心なファンで、1985年の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の作中に登場させたのを皮切りに、同年、川本三郎氏と共著した映画エッセイ集『映画をめぐる冒険』、1999年のウィスキーをテーマにした紀行『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』でも、この映画を取り上げている。

2015年に期間限定で開設された特設サイト「村上さんのところ」では、読者からの、お気に入りの映画は何かという質問に対し、「二つしかありません。どちらもすごく古い映画ですが、ジョン・フォードの『静かなる男』と、フレッド・ジンネマンの『真昼の決闘』です」と答え、「何度観ても飽きません」と結んでいる。

ロメロの訃報に際し、現代のハリウッドを代表する作家、例えば『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のジェームズ・ガンや、『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライト、ほかにも多くの若き才能たちが、こぞって哀悼の意を表した。

もし、ロメロが残酷描写を売りにした見世物作家であったなら(もちろん、トム・サヴィーニの手によるショッキングな特殊メイクは魅力なのだが)、『ゾンビ』(78)の発表から40年にわたって、彼が後進の作家たちから尊敬を集め続けることはできなかっただろう。

“ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』”が、多くの後続作品が制作されてもなお、名作とされ続けるのは、ロメロがゾンビを単なる忌まわしいもの、不吉なものとして描写しなかった点にあるだろう。生前、彼はインタビューの中で、自身の映画を本質的に怖い映画ではないとしており、また、ゾンビを社会的弱者を体現するものとして捉えたことを語っていた。

映画の中に登場するゾンビは、元は同じ人間であったのに、居場所がなく、迫害されるものとして描かれている。

彼の映画は、愛する人が屍肉を食らう存在になるような終末的世界を描くことで、逆説的に、個々人の生活を慈しむ視点を持ち合わせている。

今際の際に、ロメロが『静かなる男』の美しい自然にどんな夢を見たのか。そこに、「ゾンビ映画の父」と言われた彼の、理知的で、人間を愛した素顔が見えたように思う。【文/Movie Walker】