「眠狂四郎」シリーズや「陸軍中野学校」シリーズなど、わずか15年の映画俳優人生で約160本の作品に出演し、37歳でこの世を去った伝説のスター俳優、市川雷蔵。今年で没後50年を迎える彼の代表作から隠れた傑作まで40作品を一挙に特集する「<没後50年特別企画>市川雷蔵祭」で14日、時代劇映画の巨匠・伊藤大輔監督が手がけた人情時代劇『切られ与三郎』(60)が上映。同作で雷蔵と共演した中村玉緒が上映後のトークショーに登壇した。

雷蔵の盟友である勝新太郎の妻としても知られる中村は、2代目中村鴈治郎の娘で兄は4代目坂田藤十郎という歌舞伎一家に生まれ、松竹映画『景子と雪江』(53)で銀幕デビュー。その後、義理の叔父である長谷川一夫が重役を務めていた大映に入社し、54年に『銭形平次捕物帖 幽霊大名』(54)で、幼なじみでもあった雷蔵と初共演を果たすと、以後日本映画史に燦然と輝く大映作品に欠かすことのできない名脇役女優として『悪名』(61)や『黒い十人の女』(61)などに出演。雷蔵とは『炎上』(58)や『ぼんち』(60)、『大菩薩峠』(60)など43作品で共演している。

「主人の勝新太郎よりも雷蔵さんのほうが共演も多く、思い出も深かった。主人には悪いんですが、雷蔵さんの思い出話がたくさんありますので聞いてくださいね」と笑顔で挨拶をした中村は、子どものころに演舞場で雷蔵から尻を叩かれたエピソードや、雷蔵が東京の煎餅を大事そうに食べていたことから話を始める。そして中村がブルーリボン賞を受賞した際に『大菩薩峠』の役名の入った人形をお祝いに贈ってもらったことや、父・鴈治郎と雷蔵が麻雀をするのについて行ったこと、さらにはお互いの付き人同士が結婚し2人とも独身だったが仲人を務めたことなどを、懐かしそうに語っていく。

さらに「雷蔵さんはきちっとしていましたので、主人とは似ていない。主人はセリフをどんどん変える『台本を捨てろ』というタイプでしたけど、雷蔵さんは“てにをは”まで覚える方でした」と撮影現場での雷蔵の俳優としての魅力を語っていく。「私はギリギリまで台本を持っているんですけど、雷蔵さんは台本をほとんど持ってこないんです」。そしてMCから「雷蔵さんと勝新さん、どちらのタイプが好きか?」と訊かれると、間髪入れずに「雷蔵さんが大好きです」と回答。会場の笑いを誘った。

また、当時は週刊誌などで雷蔵との恋仲であると報じられたこともある中村は「そういうことはまったくなかったんですけど、いま考えたら好きやったのかなと思うんですよね」と顔を赤らめながら真相を告白。「ベニスの映画祭に行った時に、外国で誰に手紙を書こうかなと考えて、雷蔵さんに『いま生まれて初めて飛行機に乗りました』と手紙を送ったことがあります」と明かすなど、2人の相思相愛を思わせるエピソードの数々が語られていく。雷蔵は勝とは正反対に遠回しに好意を伝えるタイプだったようで「勝さんは強引でしたからね。アタックされたというよりも、婚前交渉というでしょうか(笑)」とあっけらかんと爆弾発言を繰り出し、またしても会場は大きな笑いに包まれた。

そして「最後に主人とお見舞いに行った時に、花をとても喜んでくれまして…。そしたら7月17日。電話がかかってきました。主人が『雷ちゃん死んだよ。僕行けないから玉緒行ってくれ』と。お宅に伺いまして、お顔を見ることはできませんでしたけど、お別れをさせていただきました。素晴らしい俳優さんでしたね…」と切ない表情を浮かべる中村。

傍のポスターに写し出された雷蔵の姿を見ながら「この顔のまましか、もう前に進んでいないんです。いまでもこの顔しかないんです」と雷蔵の早すぎる死を口惜しみながら「もうすぐ私もそちらに行きますから」と呼びかける。そして何度も「好きやったのかな〜」とうっとりした表情で大スターとの思い出を噛みしめていた。(Movie Walker・取材・文/久保田 和馬)