タイトルの響きから、映画ファンが熱い眼差しを向けてきた岩井俊二監督最新作『ラストレター』(1月17日公開)。完成した本作を観ると、“原点回帰”というフレーズや、岩井監督作『Love Letter』(95)への“アンサー映画”という表現は確かにうなずける。しかしもう1点、宮城県仙台市出身の岩井監督が、東日本大震災から8年経った故郷の仙台でロケをしたという点も、本作で大きな意味を持っていたようだ。岩井監督に単独インタビューを敢行し、本作が生まれた“必然”について話を聞いた。

製作は、『天気の子』(公開中)などで知られる川村元気プロデューサーで、「岩井監督のベスト盤を目指した」とされているが、岩井監督自身は「本作をちゃんとした納品物として成立させられるように、一生懸命やるしかなかったです」と述懐する。

「出発点は、『Love Letter』のリブート的な作品でありつつ、まったく新しい話にしたいと思ったこと。そこは意識しましたが、実際には独自の展開を見せる物語になっていったので、とにかく自分が納得できるゴールまでちゃんとたどり着けるよう、納品期日いっぱいまで頑張った感じです」。

■ 「仙台で撮ったこと自体、自伝的な要素になるのかもしれない」

主人公の岸辺野裕里(松たか子)は、姉、遠野未咲の葬儀会場で未咲の娘、鮎美(広瀬すず)から、未咲宛てに届いた同窓会の案内状を受け取る。姉の死を伝えようと、その同窓会に出席した裕里は、そこで初恋の相手である乙坂鏡史郎(福山雅治)と再会。姉のふりをして鏡史郎と接した裕里は、その後、彼と文通を交わすようになっていく。

主演の松たか子とは、『四月物語』(98)以来、映画では21年ぶりのタッグとなった岩井監督。「『四月物語』のあと、ミュージッククリップやCMなどで一緒に仕事をさせてもらっていたので、自分のなかでは『懐かしい』という感じはしなかったです。今回は初めて組む役者さんが多かったので、松さんには“気のおけない相棒”的な感じで、楽しく支えてもらいました」。

手紙のやりとりを通して、過去と現在の恋愛模様が交錯していく本作。広瀬すずは現代を生きる鮎美役と高校時代の回想シーンで未咲役を、森七菜は、裕里の娘である颯香役と回想シーンで裕里役をそれぞれが一人二役で演じた。また、現在の鏡史郎役に福山雅治、回想シーンの同役に神木隆之介が演じている。裕里の夫、宗二郎役に庵野秀明に加え、『Love Letter』の中山美穂、豊川悦司が意外な役どころを務めている。

このキャスティングの妙について、岩井監督は「ひらめきもありつつ、川村さんとも話し合って決めていきました。神木さんと福山さんの名前が挙がった時は、2人とも有名すぎてピンとこなかったのですが、よくよく見ると似ているなあと思いました」と言うが、確かに映画を観るとまったく違和感がない。岩井組初参加の2人が体現した初恋の行方も、2つの時代をつなげる重要な要素となる。

■ 「本作の内容は、『花は咲く』の歌詞に重なるところが多い」

仙台ロケをした本作には、岩井監督の原風景が盛り込まれているそうだ。例えば、生物部の活動で用水路に行き、裕里と鏡史郎がペアを組んで生物を採取するシーンがなんともまぶしい。

「仙台で撮っていること自体が、自伝的な要素になるのかもしれない。実際に、僕も鏡史郎と同じ生物部で、よくわからない小さな虫を捕らえて研究活動をしていた時期がありました。数少ないネタの1つですが、それを使ってしまったなと(苦笑)。『Love Letter』を撮ってからもう四半世紀くらい経ち、変わってないところはなにも変わってないと思いますが、物を作る自分や周りの環境については、だんだん客観的に見るようになっていきました」。

岩井監督によると、18歳で映画を撮り始めた時から、自分の身の回りで起こることすべてを、映画のモチーフとして捉えるようになってしまったそうだ。

「18歳以降は、作為的な人生になってしまい、素の人生が手に入らなくなってしまった。つまり、なにか物を作ろうとすると、いろいろな計画を立てなければいけないので、ナチュラルでいられる自分を見つけられなくなりました。だから、映画を作る時は、18歳よりも以前の時代から、エピソードを取りに行くことが多いんです」。

岩井作品にそこはかとなく漂うノスタルジーは、その表れなのかもしれない。ただ、そこからまた更に時間が経ったことで、過去への向き合い方も変わってきたそうだ。「いまは、これまでの過去を、ようやく第三者的に眺められるようになってきたのかもしれない」。

監督が手掛けた脚本の設定は、紆余曲折を経ていまの『ラストレター』となったが、そこに至るまでには、いろいろな設定変更もあったそうだ。本作の作風を語るうえで外せないのが、2011年に起きた東日本大震災だ。仙台出身の岩井が、震災復興のために作詞を手掛けたチャリティーソング「花は咲く」は、耳にしたことのある方々も多いと思うが、今回仙台ロケを敢行したもう一つの理由として、被災者の方々へのある想いがあったそうだ。

「震災後に現地に行った時、石巻市である居酒屋を営む女将さんから『映画館のように真っ暗なところで、思い切り泣ける映画を作って持ってきて』と言われたんです。その言葉が、なんとなく僕のなかに残っていました。あれからずいぶん時間が経ちましたが、やはり一度は故郷の宮城県で映画を撮らなければ、という想いがあったんだと思います」。

岩井監督は、震災から2か月後に故郷を訪れた時のことをこう振り返る。「5月くらいに僕が行った時、被災者の方々とお会いしましたが、皆さんが普通に笑顔で話をしてくださるんです。でも、その内容は壮絶なわけで…。町を歩いていても、打ちひしがれているような人の姿は見かけなかったです。でも、その女将さんの言葉を聞いた時、本当は皆さん、泣きたいんだと思ったんです。泣きたくても、泣く場所がない状態が続いていたんだなと」。

そういった意味で、『ラストレター』には、震災のころに岩井監督が感じた死生観や、心の再生への願いなどが、色濃く反映されていると言う。例えば、この世を去った未咲の悲劇と共に、広瀬と森が演じる鮎美と颯香に託された未来への希望は、熱い感動を呼ぶ。

「本作の内容が、『花は咲く』の歌詞に重なるところが多いなあと、最近になって自分で気づきました。もちろん同じ人間の脳みそから作ったので、似ちゃうところがあるとは思いますが、つくづくそう思ったんです」。

■ 「人生で勝負するなら、超えられない山に向かいたいと思いました」

作品を発表する度に、大きな反響を呼んできた岩井監督作だが、『ラストレター』も、すでに試写を観た人々から称賛を浴びている。岩井監督に手応えについて尋ねてみると「物語を作ることは決して容易なことではないです」と、日々感じてやまない葛藤を口にする。

「映画作りというものは、さらに良いもの、自分が納得できるものを作ろうと、毎回ハードルが上がっていってしまい、いつまで経っても道半ばです。毎回70点くらいあればいいかなと自分自身を納得させて、次に行きますし、きっと頂上へ行けないまま自分の人生は終わるんだろうなとも思います。いわばずっと修業で、山を登り続けていくのみです。ただ、僕は人生で勝負をするのなら、超えられない山に向かいたいと思いました。生きている間に極めきれない仕事だからこそ、僕は18歳でこの道を選んだのかもしれません。すぐに達成できてしまうものだったら、ここまで頑張れなかったのではないかと」。

岩井は、自身の職業をアスリートに例え「日々トレーニングも怠らないようにしてきたし、スキルアップすべく、自分自身を鍛え上げてきました」と、キッパリと言う。

「だから、映画を撮る能力としては、いまが一番上手いと思っていますし、物語を作りだす能力も一番高くなっているはず。ただ、そうは言いつつ、毎回、成功もあれば失敗もありますし、そのなかで辛抱強く、将棋を指し続けるような仕事です。自分が満足できている日なんてすごく少ないし、非常に精神的に苦しい時期も多い。ただ、年に2、3回、この企画をやっていて良かったなと思う日があります。そういう意味でも、本当にアスリートによく似ていると思います」。

そういった孤高の精神ゆえ、岩井監督は研ぎ澄まされた映画を生みだすことができるかもしれない。岩井監督作の最高峰ともいえる珠玉の1作『ラストレター』を、ぜひ劇場で堪能してほしい。(Movie Walker・山崎 伸子)