去年、奥能登で誕生したある「蒸留酒」が、今年3月に行われた世界最大級の酒類コンテストで高い評価を受けました。開発したのは、なんと酒造りは未経験、それでも夢を叶えようと50歳で一念発起した、一人の男性でした。

青々とした、美しい海に映える透明のボトル。奥能登生まれのオリジナル蒸留酒、「のとジン」です。

「これからの『新しい時代』っていうんですかね。朝日のようなイメージでこの半円形を採用しました」

珠洲市上戸町のとあるオフィス。パソコンに向かう男性こそ「のとジン」の生みの親、松田行正さん(53)です。普段は東京の外資系IT企業に勤める松田さん。おととし3月に珠洲に拠点を移し、リモートワークをこなしながら、長年の夢だったジン作りを副業で始めました。

松田行正さん(53)
「自分はサラリーマンをしていて、いわゆる『生活』のために働いているような感じ。なんでもっとやりたいこと出来ないんだろうって思っていたんです」

元々、ウイスキーなどに代表される蒸留酒を嗜み、各地のイベントに客として何度も足を運んでいましたが、「作り手」になりたいという思いは膨らむばかり。そんな松田さんの夢を後押ししたのは、たまたまラジオで聴いた「能登ヒバ」の存在でした。

松田行正さん(53)
「殺菌効果、香りもすごくいいと聞いて。ジンでもヒノキを使うものもあって、これ面白そうだな〜と。『ジンを作るんだったら能登が面白いかもね』ってピンときまして」

ジンを作る上で必要な能登の資源を学ぶため、金沢大学の「能登里山里海SDGsマイスタープログラム」に参加。松田さんの商品開発がスタートしました。

穀物で作られた蒸留酒をベースに、「ボタニカル」と呼ばれる植物性の素材を自由に組み合わせることで、独特の香りを生み出す「ジン」。無色透明な見た目とは裏腹に、作り手の個性が色濃く表れるのが特徴です。

松田行正さん(53)
「月桂樹とクロモジは林業の方から頂いたもの。1回粉砕した状態で使います。クロモジは和菓子の爪楊枝とかで使われるんですよね」
松田さん、奥能登地域で採れる5つの素材に目をつけました。そのほとんどが、過疎化や人手不足を理由にこれまで手つかずとなっていたり、廃棄されてきたものです。

「この木になるやつを松田さんにあげとる。いつもは200個くらい実がつくんやけど…」

珠洲市三崎町の上野順進さんのお宅です。これから収穫時期を迎えるユズの木ですが、これまでは消費するのが難しかったといいます。上野さんは、これまでユズを近所の人にあげたりしていたといい「酒に使うというのは、すごい発想だと思う」と話していました。
オリジナルのジン開発に踏み切った松田さんですが、酒造りはもちろん未経験。現在、材料の調達と加工は珠洲市内の事務所で、ジンの製造は以前、松田さんが視察していたイギリスの南西部・ウェールズの蒸留所が担っています。

In The Welsh Wind蒸留所 ダン・ジョーンズさん
「能登を象徴するボタニカルと、その他の材料とのバランスを上手く取りながら、いかに特徴的な香りを生み出すかという所が大変でしたが、植物に関心がある分、前向きに取り組むことが出来ました」

試作やラベル選定などを経て、去年の春に出荷が始まった「のとジン」。松田さんのデビュー作は今年3月、世界三大酒類コンテストと評される「インターナショナルワイン&スピリッツコンペティション」で、なんと金賞を受賞!100か国以上から1000を超えるエントリーがあり、このうち金賞はわずか47ブランド。蒸留所のスタッフも、驚きを隠せません。

In The Welsh Wind蒸留所 ダン・ジョーンズさん
「世界的にも有名な審査員から95点の評価を得られたのは素晴らしいし、日本や能登の植物からこうした製品ができたのは喜ばしいこと。のとジンはユニークな製品で、この2〜3年で、ヨーロッパ市場への展開に向け、戦略を練っていきたいと思っています」

ジンのアルコール度数は40パーセント前後。蒸留酒の仲間であるウォッカやテキーラと並び、酒類の中では度数が比較的高いとされていますが、さまざまな飲み方を楽しめるのも魅力です。
記者リポート
「ジントニックで頂きます…おいしい!ユズの香りがさわやかで飲みやすい」

珠洲市狼煙町の道の駅。「のとジン」と並んで観光客の人気を集めているものがあります。8月に発売された「のトニック」。のとジンに次ぐ新商品です。

道の駅狼煙・小寺美和さん
「私は個人的にはローリエの方が好き。(Q.あえて店の正面に置いているんですか?)これ言ってもいいのかな…。これまで『塩サイダー』が一番を獲っていたんですよね。でも、珠洲は塩だけじゃないという所を推したいと思っているんですよ。珠洲を代表するような商品になってると思います」

珠洲に移り住み、2年半。奥能登の豊かな自然は、松田さんの癒しとなっています。
松田行正さん(53)
「海を見たいなと思うとここに来て、ぼーっとする。東京にいるときはいつもバスで11時間くらいかかるんですけど、時間がかかってもいいから珠洲に帰りたいなって思いますね。やっぱり能登にいると落ち着きます」

「ジンのブランドを作りたい」夢を叶えた松田さんの次なる目標は、珠洲に蒸留所を作ることです。

松田行正さん(53)
「2020年に私は50歳になりまして。やっぱり50歳になると『残りの人生チャンスはもうないぞ』というのを感じるようになったんです。何事もやってみなければ分からないですよね」