●競馬に近づくきっかけ作り
「DMMがクラブ馬主事業を始めた理由は「DMM.com証券」にあった」では、社内プレゼン大会をきっかけに事業の構想がスタートしたことをお伝えした。今回はサービスの中身について、引き続きDMM.com 取締役でチーフクリエイティブオフィサーの野本 巧氏に聞いた。

○感動の総量を追い求めて

前回の記事で解説したように、DMM.com証券の証券口座を開設して競走馬ファンドの出資者となる「DMMバヌーシー」。1万口という口数の細分化によって実現した「1万円〜数万円程度の出資」で一口馬主となれるだけでなく、初期投資で必要経費をすべて支払うことで、あとはレースごとに賞金や出走手当の配当金を受け取るだけとなる。

簡潔明瞭な競走馬ファンドの仕組みを作り上げた野本氏だが、前回の記事で「DMMバヌーシーの出資者は儲かる確率が低い」と発言している。ただしこの発言、真意は別にある。野本氏がもともと構想していたプランでは、1万口以上の細分化と数千円単位の出資で、さらに参入障壁を引き下げようとしていた。

「1勝しても手元に残る配当は数百円かもしれない。株式配当金みたいに微々たるものといえばそれまでだが、バヌーシーが目指すのは『競馬に近づくきっかけ』なんです」(野本氏)

バヌーシーは、競走馬ファンドとしての「出資に応じた配当」以外に「レースビュアーコメント、掲示板機能」「週4本程度(予定)の近況動画」というサービスを提供する。これまでのクラブ馬主も、出資馬の近況報告は行ってきたが、Webサービス企業ならではのスピード感やサービス化を図ることで、競馬を楽しむサービスとしての側面を強める。

つまり、「数年間、出資した競走馬の投資状況を見守る」ことに陥りがちな一口馬主の環境を、「競走馬の成長を見守ることに課金するサービス」に変えようという狙いがある。これが、野本氏がセレクトセールなどで語ってきた「ゲームやPOGの延長線」、ダービースタリオンやウイニングポストといった競馬ゲームでは得られないリアル体験という発言に繋がっている。

「プロ野球を見てる人って、そこで何か対価を得られるわけでもないのにみんなで盛り上がれるじゃないですか。そこにちょっとでも賞金が入ってくれば、もっと嬉しいと思うんです。それがこのサービスかなと」(野本氏)

また馬主の体験価値として、自身で所有した馬で勝つことが「個人スポーツの道を極めたプロ選手と同様のものがあるのではないか」(野本氏)。その上で、個人で選択した馬が活躍した時に「その人の感動の度合いはマックスの100%だと思う。だけどバヌーシーの出資者が、みなさんで感動の度合いを分かち合えるとどうでしょうか」と野本氏は、感動をシェアできる土台がバヌーシーには存在すると話す。

「それぞれの出資額が小さいから、感動の度合いは50%かもしれない。だけど50%が100人いれば、感動の総量は5000%になる。しかもチームになれば喜びもひとしお、感動の総量は2割増しで6000%になることだってあるでしょう。そうした感動をシェアするために、掲示板やレースビュアーのコメント機能を用意したんです」(野本氏)

●馬主や競馬関係者だけが見れる世界を知ってもらうために

野本氏は感動の総量を高めるために、バヌーシーアプリ内で動画中継(月額有料のグリーンチャンネルWeb契約が必要)を見ながら実況できるように機能を用意した。また、週数回の更新を予定しているバヌーシーのクラブ馬の近況報告にも、コメントを付けられるようにしている。

「会ったことのない人同士でも、同じ馬に出資している身としてコミュニティ内で喜んだり、万が一不幸があっても"悲痛"の共有も可能になります。また掲示板は、バヌーシー登録者だけ見られるようにすることで荒らし行為などは少なくなるでしょうし、出資者については認証マークの導入なども検討しています。そもそも、証券口座の審査で本人確認を取りますから、荒らし行為には至らないとは思いますが」(野本氏)

○野本氏が直感で選んだ「おすすめの一頭」

所有感を表現するために、出資馬をCG化したほか「当初は難しいが、実際の競走馬の声も録音しようと考えています」(野本氏)。また、ノーザンファームや下河辺牧場など、当初は6牧場から協力を得てバヌーシーのクラブ馬の近況報告を頻繁に行う。これは、野本氏自身の体験を広く共有したいという思いがあってのことだ。

「競馬ゲームで牧場を訪れることがありますけど、牧場で何をやってるかってみなさん知りませんよね。そこで何が行われているのか。例えば9月まではずっと放牧して、鞍を付けて育成調教に入るのはいつなのか。育成調教の動画を見ていると意外にハードなことをやっているんだな。厩舎だと常に人がいてピリピリしているけど、牧場だと開放的で、競走馬もホッとするんだろうなとか、疑似体験とまでは言えないけど、馬主や競馬関係者だけが見れる世界を知ってもらえたらと思っています」(野本氏)

例えば競走馬の購入は、今回話題となったセリだけでなく「庭先取引」と呼ばれる牧場との直接交渉もある。金額こそ出せないかもしれないが、そうしたライブ感のあるコンテンツも、将来的には提供していきたいと野本氏は話す。

「庭先取引では、多くの馬主さんは生まれたばかりの当歳馬(生まれたて)を買わないケースが多い。ですが、そういう時期からの成長を見守ってこそ、先程も言った『感動の度合い』に繋がる。だから私は2年半前からの準備で、そうした馬も購入してきました。当歳馬を買う時は、血統と直感でこれだと買っています」(野本氏)

その”直感で選んだ”という馬の中で「イチオシの馬は?」と野本氏に尋ねたところ、「もしかしたら一番人気がないかもしれないけれど」と苦笑いしつつ、父ブラックタイド×母ゴッドフェニックスの2015を挙げてくれた。

●目指せ100万会員
最後に「DMMバヌーシー」というサービスに対する思い尋ねた。

「一口馬主は、正式には『馬主(うまぬし)』ではないんです。馬主の定義は個人馬主と法人馬主なのです。だからサービス名でも馬主とは使えない。そこで何かないかなと考えて検索していたら、モロッコのマラソン選手で、世界記録を3回も更新したハーリド・ハヌーシ選手を見つけた。彼のようにスターになってほしい、マラソンのような長距離最速になって、ダービーや菊花賞を勝って欲しいという思いから、ハヌーシと馬をかけてバヌーシーにしたんです」

インタビュー中、「バヌーシーは馬主と違って、感動をみんなで分かち合えることが価値」と野本氏は何度も力説していたが、その感動を分かち合うDMMバヌーシーの会員数は100万人をターゲットに据えていると話す。

「1頭ごとのバヌーシーは1万人しかいないかもしれないけど、プロ野球チームのように100万人の会員がバヌーシーの馬を応援する、そういった体験をみんなで実現したい。それは、当歳馬から見守ってきた可愛い可愛い馬だからこそ、実現できるものだと思っています」(野本氏)

○競馬育成ゲームとリアルの結びつき

野本氏はインタビュー後、競馬育成ゲームと比較して価値について説いた。スマートフォンのサービスは月額数百円のサブスクリプションモデルや、ガチャ課金などさまざまな課金形態があるが、仮に1万円を出資したとして、これらの課金総額と大差ないというものだ。

DMMバヌーシーの競走馬の生活は、2歳後半から4歳、5歳まで、当歳から出資していれば5年程度楽しめるコンテンツになる。1万円の投資で5年間、年単位2000円で1頭の競走馬の現役生活を追い続け、追加の投資なく、場合によってはリターンも得られる。エンターテインメントとして楽しめることも加味すれば、よりフランクに競馬に接することができるわけだ。

もちろん、ギャンブルとしての側面が競馬にはあることを忘れてはならないが、野本氏は競馬産業に対して誠実に向き合い、バヌーシーのサービス化にこぎ着けた。「感動のシェア」は、馬が持つ「動物」としての親しみと、その成長と血統が織り成す「ドラマ」があるからこそ生まれる。疑似体験でしかなかった既存のゲームからリアルへ昇華することで、その感動の価値はより大きなものとなるはずだ。

野本氏が前回の記事で語った「DMMバヌーシーのダービー馬誕生」という結果にたどり着くことが、競馬界における「感動の総量」の最大化に繋がるのではないか。そう感じたインタビューだった。