「東京」というスタートアップをご存知だろうか?

2017年に設立した同社は、広告などの情報掲示や防犯カメラ機能を備えたエレベータホール向けサイネージ「東京エレビGO」を開発し、現在、東京都のオフィスビルを中心にエレベーター向けメディア事業を展開する。

2019年11月には三菱地所とのジョイントベンチャーである「spacemotion」を設立。プロジェクターの映像をエレベーターのドアに投影するプロジェクション型メディア「エレシネマ」を新たに開発し、BtoB企業向けに新たな広告機会を提供している。

コロナ禍で、従来のような対面でのセールスが難しくなった今、「初回訪問の代替手段」として活用され始めているエレベーター広告の利点や国内外での利用動向について、東京 代表取締役の羅 悠鴻(ら ゆうほん)氏に聞いた。

プロフィール
東京大学理学部にて「はやぶさ2」グループリーダーの杉田教授に師事。卒業後、同大学院の関根研究室に進学し、宇宙生物学を専攻。「地球外生命体を太陽系で見つける」という夢の実現のため、惑星への渡航・調査費用1500億円を自ら稼ぐべく、2017年2月に起業。現在はエレベーター空間の課題解決を起点に、あらゆる情報を取得できるスマートディスプレーを街中に整備して、スマートフォンを持ち歩かなくてよい「手ぶらな世界を作る」というビジョンを掲げて事業を展開する。

--創業のきっかけを教えてください

羅氏:東京大学在学中に見た、エレベーターの「英語の貼り紙」がきっかけです。当時、駒場キャンパスのエレベーターにはセミナーのお知らせなどの貼り紙が掲示されていました。最初は私も、「英語で書かれているし、こんな場所の貼り紙は誰も読まないだろ」と思っていたのですが、ある日、教授とエレベーターで鉢合わせたとき、「実験の進捗状況を聞かれたくないなぁ」と思い、貼り紙に目を移しました。その後も、毎日のようにエレベーターを使う中で、意外と貼り紙に目を向けている自分に気づいたんです。

人がある程度の時間立ち止まっていて、特に何もすることがないからどこかを見てしまう。そんなエレベーター空間の可能性を感じました。グローバルの事例やシェアを調べ、中国の状況を知る中で、事業の成長性を確信し起業を決めました。

コロナ禍でも2倍の反応、問い合わせ件数も増加

--コロナ禍でエレベーター広告の利用に変化はありましたか

羅氏:新型コロナウイルスの感染が日本でも広まっていった2020年は、さまざまな事業への影響も不透明で、徐々にオフィスビルへの出社制限も検討されていったので、利用が伸びませんでした。
それでも、効果を期待して出稿し続けてくれたある企業から、「コロナ前より効果が良かった」という反響をいただいたのです。

当時、東京都発表の都内企業のテレワーク実施状況が約50%だったので、「エレベーター広告の視聴率も半分になるだろう」と考えていたのですが、「これまでより2倍ぐらい反応がある」「問い合わせ件数が増えた」といった反応が、その後複数社からありました。

出稿企業やオフィスビルのオーナーなどに直接話を聞いたところ、オフィスの入居企業では社員の出社は制限するものの、社長を含む役員クラスと総務・経理関連部署は出社しているという実態がわかりました。BtoB向けのサービスや製品を提供する企業からすれば、そうした経営層や部署の人たちこそリーチしたいターゲットです。

届いてほしいターゲットに広告が届いていた。そして、コロナ禍で今後の事業方針や働き方などを考え直さなければいけない中で、エレベーター内でBtoB向けのサービスの広告に目が向いたなど、複数の要因が重なったことで広告の効果が伸びたと考えています。

--エレベーター広告を利用する企業のねらいは何でしょう

羅氏:セールスにおける、「初回訪問の代替手段」として活用いただいている企業が多いと感じます。

対面にせよリモートにせよ、初回訪問(対面)では自社の説明やサービスの概要紹介で終わりがちですが、営業をかけたい企業の入居ビルに広告を流しておくことで、「御社が入居されているビルのエレベーターで流れているサービスです」の一言で、紹介と相互認識が済んで、具体的な商談からスタートできると考えます。

また、BtoB向けのサービスを導入する際、役員クラスの方と現場の方との間で共通の認知を得られていると稟議や社内説明がスムーズになるので、その点を期待して広告出稿を検討する企業もいます。


排熱・気流の仕組みを研究し、プロジェクターを独自開発

--そもそも、エレベーターにプロジェクターを設置してうるさくないのでしょうか

羅氏:オフィスの会議室などで利用される、筐体がプラスチック製のプロジェクターでは排熱ファンの音がうるさく感じられるでしょう。当社では、エレベーターという狭い空間にあってもビルの利用者の気分を害さないよう、独自で開発した明るさと静音性を両立するプロジェクターを特注で製造しています。

例えば、ボディ全体を金属製にしたり、排熱ファンの表面積を増やしたりと排熱の仕組みを工夫することで、排熱ファンを多く回転させなくて済むようにしました。プロジェクター運転中に発生する音は、排熱ファンのモーター音だけでなく、空気が動くことによる音もあります。そのため、モーターのパーツや設計を工夫し、気流のシミュレーションを繰り返すことで、空気が筐体の角にぶつからず、空気の渦が発生しない構造にしました。

--他にも技術上の工夫はありますか

羅氏:当社が設置を進めるプロジェクターは、エレベーターのドアの開閉に合わせて映像の投影を調整する仕組みになっているのですが、ドアの開閉はマグネットセンサーで感知する方式を採用しています。具体的には、ドアの内側に取り付けたマグネットが規定の位置にあるセンサーと重なると映像が投影されます。

また、ドア内側の映像が投影されるスペースには、CDの裏面構造を応用した特殊な構造の専用シートを貼り付けています。このシートが入射光と反射光をズラすことで、エレベーター内を暗くせずとも、見やすい映像を映し出せるようにしています。

中国・BATも参戦するエレベーターメディア

--中国のエレベーターメディア・広告の市場はどんな様子ですか

羅氏:中国ではエレベーターホールのディスプレイやプロジェクターはメジャーな存在です。メディアや広告の視聴率などを調査しているCTRの資料によれば、中国ではコロナ以前でもすでに15万台ほどエレベーターに搭載するプロジェクターが普及していました。また、広告の市場規模も2017年、2018年の時点で、エレベーターホールのモニターやエレベーター内ポスターはインターネットを超えており、今もその傾向が続いています。

エレベーター広告事業を展開する企業は複数ありますが、現状はFocus Mediaのほぼ独占状態と言えます。広告の市場規模拡大を追うように、2018年、2019年ごろからはBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)などのプラットフォーマーもエレベーター広告事業に参戦。出資や買収、ディスプレイやプロジェクターを使った自社サービスの立ち上げなど、さまざまな方法でエレベーターをはじめとしたオフラインスペース広告への投資合戦を繰り広げている状況です。

中国プラットフォーマーがオンラインだけでなくオフラインにも進出する理由は、OMO(Online Merges with Offline)で語られるオンラインとオフラインの融合、あるいはオンラインの拡張としてのオフライン活用のためです。彼らは基本的に、建物内にいる人の属性がわかって、ターゲティングしやすいオフィスとマンションのエレベーターにディスプレーやプロジェクターを設置しているのですが、ある製品の広告をAとB、2種類流して、「どちらの広告のQRコードが読み込まれたか」「ECショップ経由での販売が伸びたか」などをリサーチし自社のサービス展開に活用しています。

--今後の目標について教えてください

羅氏:BtoBの世界では営業に力を入れるのが当たり前で、広告はそれほど注目されていなかったように思います。そこにタクシー広告が現れて人気になりましたが、エレベーター広告もそれ以上に活用される革新的なメディアにしたいです。

将来的にはエレベーターのサイネージやプロジェクターをインタラクティブなメディアにしたいです。ソニーの「Xperia Touch」というプロジェクターでは、投影した映像に触れて、映像をタッチパネルのように直観的に操作できるのですが、エレベーター広告にも、同様の技術を応用して、今までにない体験を作り出せると考えています。

例えば、BtoC向けのアイデアではありますが、エレベーター内に映した映像に「今日のおすすめ商品」を表示させてタッチすると、カメラと組み合わせた顔認証機能で選択した商品の決済まで行える。そうした映像を介したサテライトコンビニのような使い方もできると思います。