長崎市晴海台町の冷凍機会社代表、古川初義(はつよし)さん(73)が、今では無人島となっている古里、長崎県小値賀町・藪路木(やぶろぎ)島の方言をまとめた本を出版した。若くして島を飛び出した後悔と、島の存在を忘れられる不安から、方言を残すことを決意。島で過ごした日々を振り返りながら33年かけて約1万3千語をつむいだ。古川さんは「かつて島に住んでいた人は懐かしいだろう。方言の研究にも役立つはずだ」と話している。

 小値賀町や同町郷土誌によると、藪路木島は、小値賀島の西4・8キロに浮かび、島の周囲は3・65キロ。人口がピークの1961年には184人が暮らしていたが、72年4月に無人となった。

 古川さんは幼いころに父親を亡くし、町立小値賀中藪路木分校を卒業後、島で農業や漁業に従事していたが、68年2月、23歳で島を離れた。「当時(仕事や生活の面で)頼りにしていた親戚が亡くなった。島の人口もピークの半分近くに減っていて、このまま島にいてもしょうがない、と思った」

 その後、愛知県で会社勤めをした後、長崎市で冷凍機会社を起業。だが島が無人になったと知り「自分が島を出なければ、無人島になることもなかったのではないか」と思うようになった。そして40歳のころ、「このままだと島が忘れられてしまうのでは」と不安に思い、「なんとはなしに」島の方言を記録し始めた。常にメモ帳を持ち歩き、方言を思い出すたび書き留めた。

 古川さんは「島にいたころ、母親は家計を支えるため農作業など仕事が忙しかった。私は、実家と同じ敷地内の別棟に住んでいた祖父母と過ごす時間が多く、昔ながらの島の言葉はほかの同世代より詳しかった」と言う。

 出版した本はA5判、331ページで200部製作。方言は五十音順に整理し、その下に対応する共通語を記載。「ちょうちょ」は「チョチョバンバン」、「かぼちゃ」は「ボブラ」、「酔ってぐでんぐでんの状態」は「ジロベタロベ」など、ユニークな響きの方言も並ぶ。

 出版に協力した長崎大教育学部准教授で日本語学が専門の前田桂子さん(51)は「どの地方でも共通語化が進み、色濃い方言は減っているが、藪路木島は無人島なので、方言は消えていくだけ。実際の話者が自身の方言を書き留め、細かいニュアンスの差でも項目を立てたこの本は、価値が高い。他の方言との比較や日本語史の研究にも役立つだろう」と話している。

 本には、藪路木島と、近くにある有人の大島を比べて古川さんが詠んだ歌「藪路木と 大島の写真(え)を較(くら)べ見て 詫(わ)びて動けず 涙も拭(ふ)けず」など、古里への思いや島の生活、風情を表現したオリジナルの短歌20首も盛り込んだ。古川さんは「短歌は、藪路木島出身ではない人からも『感動した』と感想をもらった。島の言葉に思い入れがある人や興味のある人にぜひ手に取ってほしい」と話している。

 小値賀町立図書館や県立長崎図書館などに寄贈しており、閲覧できる。長崎市浜町の好文堂書店か古川さんから購入可能。1800円(税別)。