シンガポール動物園を訪ねた。日本人になじみの深い動物に会うためだ。

 その動物は「ツンドラの凍った大地」と名づけられた展示館にいるという。大きなプールがある入り口手前の展示スペースでは、ホッキョクグマが水浴びをしている。建物に入る。涼しくて心地いい。外の気温は30℃を超えていたが、館内は年間を通して16〜17℃に保たれている。

 入ってすぐ、ガラス張りの広々とした展示室があった。幅は約20メートル、奥行きは5メートルほどだろうか。水場や岩場、砂場などがあり、照明は薄暗い。いたいた。ずんぐりとした体で、忙しそうに歩き回っている。タヌキだ。

 ここでは雄1匹と雌4匹が飼育されている。4年前に動物交換プログラムで石川県能美市のいしかわ動物園からやって来た。シンガポール側からは、世界三大珍獣として知られるコビトカバのオス1匹が送られた。数が違うとはいえ、タヌキが希少な動物と同等の価値を認められたとは、何とも不思議な気もする。しかし、世界的に見れば、タヌキは日本を含む東アジアの一角だけに生息する珍しい動物なのだ。

日本産動物の世界デビュー

 日本の動物が科学的な研究や展示を目的として、海を渡るようになったのはいつ頃からだろう。鍵を握る人物がいる。1823年8月にオランダ商館の医師として来日し、長崎の出島を拠点に日本の文化や自然について研究したフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトだ。

 シーボルトは日本地図などの禁制品を国外に持ち出そうとしたかどで1829年末に国外追放になるが、その際、大量の資料や動植物の標本とともに、ニホンザルやイヌ、オオサンショウウオなどを生きたまま連れ帰った。そして、オランダに戻ると、日本に関する研究を精力的に発表していく。その一つが、1833〜50年に刊行した『日本動物誌』だ。甲殻類編、哺乳類編、鳥類編、爬虫類編、魚類編から成り、800種を超す動物が美しい図版とともに紹介された。

 当時、ヨーロッパでは、教育や科学研究を目的とする動物園が次々と開園していた。その草分けとされるロンドン動物園は、1860年からの約20年間にオオサンショウウオやニホンジカ、ツキノワグマ、イノシシ、ニホンアナグマ、ヒグマ、タヌキ、ニホンザルなどの日本産動物を入手している。1878年にニホンオオカミの雌1匹が寄贈されたとの記録も残る。日本が鎖国を解いて開国したのが1854年のこと。世界に扉を開いたばかりの東洋の島国への興味は、そこに生きる動物にも及んだのだろう。

「何これ、かわいいね」。突然、日本語の会話が聞こえてきた。日本人の若い女性二人がタヌキを見て思わず声を上げたのだ。「アライグマかな? 何だろう?」

 名前がわからないまま、二人は興味深そうにその動物を眺めた後、解説板の「タヌキ」の文字を見つけた。「タヌキって、こんなにかわいいんだ。知らなかった」。その通りだなと、私は心の中でうなずいた。

※ナショナル ジオグラフィック8月号特集「海を渡った日本の動物たち」では、海外の動物園などで暮らす魅力的な日本の動物たちを紹介します。