メキシコの人口2万3000人の街、アエンデ市。牧畜で栄える静かなこの街が襲撃されたのは2011年3月のことだ。

 世界的に悪名高い麻薬密売組織、セタス・カルテルから送り込まれた殺し屋たちが、アエンデとその周辺の町を破壊した。拉致や殺害の犠牲者はおそらく数百人にも達するとみられている。

マルティン・マルケス(ホットドッグ売り):事件は夕方に始まった。武装した男たちが家を一軒一軒回って、裏切り者を探したんだ。夜の11時になると、通りから車も人も消えて、動くものは何一つなかったよ。

 メキシコで起きる襲撃事件の多くは、麻薬戦争に巻き込まれた結果だが、アエンデの場合、発端が国内ではなく、米国だったことがほかとは異なる。きっかけは、米国で麻薬取締局の捜査が予想外の成果を上げたことだ。セタス・カルテルの一員を説き伏せ、指名手配中の組織のリーダー、ミゲル・アンヘル・トレビーニョと弟オマールの携帯電話を追跡できるPIN番号(暗証番号)を入手したのだ。

 そこで麻薬取締局は賭けに出た。以前から情報の漏洩が後を絶たないメキシコ警察の捜査班にこの番号を教えたのだ。

リチャード・マルティネス(麻薬取締局捜査官):一か八か、試してみようという気持ちでした。私は最善を尽くしてPIN番号を手に入れ、次に委ねたんです。私自身がメキシコに乗り込んで捜査をするわけにはいきませんから。

ホセ・バスケス・ジュニア(起訴されたセタスの内通者):俺は全員のPIN番号を知っていた。盗聴するとは思ったが、まさかその番号をメキシコ側に知らせるつもりだったとは。やめろと言ってやったよ。大勢の人間が殺されることになるからだ。

 トレビーニョ兄弟はすぐに気づき、情報を漏らしたと思われる人間とその家族、遠縁までも対象に、報復に出た。しかし、アエンデが襲撃されたのは予想外だった。彼らはこの一帯を麻薬取引の拠点として月に数十億円相当の売買をしていたし、この街で暮らしてもいたからだ。

 メキシコ当局は事件の後、何年にもわたって中途半端な捜査を繰り返し、犠牲者の特定も完全に終わらないまま、街に慰霊碑を建てた。米国当局は、メキシコに協力して組織のリーダー、トレビーニョ兄弟の逮捕にこぎつけたが、情報の漏洩がこの惨劇を引き起こしたことは認めなかった。そして、住民たちはひたすら口を閉ざした。

 ナショナル ジオグラフィックは1年前、米国の非営利の報道機関「プロパブリカ」と協力し、事件の全容解明に乗り出した。襲撃の矛先となった住民や、命の危険にさらされた関係者に、自らの言葉で語ってもらうためだ。職務を放棄した役人、組織から脅された家族、米国の麻薬取締局に協力した構成員、この事件を担当した米国の検察官など、これまでほぼ公になっていない声を集めた。

※ナショナル ジオグラフィック8月号特集「メキシコ 虐殺事件の真相」で詳しく紹介します。