ちょっとひととき…懐かしい “昭和の長崎”を感じてみてください。
NBCライブラリーに残る映像で振り返ります。

日本にキリスト教が伝来して以来、初めて来日したローマ教皇はヨハネ・パウロ2世でした。

ヨハネ・パウロ2世の日本訪問は、1981(昭和56)年2月のことでした。
教皇は2月23日に特別機で羽田空港に到着。昭和天皇との会見や、後楽園球場での教皇ミサを終えた後、25日に広島へ移動。

日本語による「戦争は人間のしわざです」に始まる“平和アピール”を全世界に向けて発表し、夕方に広島空港を出発、雪の降る長崎空港に到着しました。

NBC

そして今から43年前の1981(昭和56)年2月26日に大規模な野外ミサが長崎市松山町の市営陸上競技場で開かれました。

NBC

長崎は豊臣秀吉のキリスト教禁止令による「二十六聖人殉教の地」であり、その後の「潜伏キリシタンの歴史」など、日本のカトリック信者にとっては重要な意味を持つ場所です。

NBC
NBC
NBC
NBC

教皇の来日を待ちわびた全国のカトリック信者が長崎に結集。夜行列車やフェリー、バスを乗り継いで全国から4万人を超す信者がやってきました。

NBC

この日の最低気温は、温暖な長崎としては異例のマイナス4度近くまで冷え込み、大雪となりました。

NBC
NBC
NBC

競技場のスタンドやフィールドを埋め尽くす信者らが見守る中、教皇が登場し、猛吹雪の中、オープンカーで場内を1周して、特設祭壇へと向かいました。

NBC
NBC
NBC
NBC

吹雪の中で教皇は、世界でも例のない長崎の殉教の歴史や、信仰を守った信者を称える説教をしました。

NBC
NBC
NBC

その後、教皇は、日本二十六聖人記念館や大浦天主堂などを訪問。「恵みの丘 長崎原爆ホームでは直接、被爆者に励ましの言葉をかけ、平和への祈りを捧げました。

そして、22時に日本航空の特別機で離日。教皇は日本を離れた後、同年5月にバチカンで銃撃による暗殺未遂事件に遭い、重傷を負いましたが、奇跡的に回復。
教皇として歴代2位の長期間にわたって在位し、2005年(平成17)年4月2日、84年の生涯を終えました。

それから38年後の2019(令和元)年、ローマ教皇フランシスコが長崎を訪れました。

放送局が撮影した 長崎の映像を配信している『ユウガク』より