19歳の時に被爆し、自叙伝などで平和への思いを訴え続けた被爆者の井黒キヨミさんが亡くなりました。97才でした。

井黒キヨミさんは看護師見習いだった19歳の時、爆心地からおよそ3.2キロの桜馬場町にあった住み込み先の小児科医院で被爆。

臨時の救護所となった伊良林国民学校で被爆者の救護にあたりました。
30代で結婚し、子供を授かりましたが流産。「原爆のせいだ」と言われるなど死を考えるほど辛い差別に苦しみました。

弟は県被爆者手帳友の会 前会長の井原東洋一さんで、井黒さんも80代になって国内外で被爆体験を語るようになり、95才になった2022年、書きためた日記を甥の井原和洋さんがまとめ “自叙伝”として出版するなど、辛い経験をもとに反核・平和を訴えました。

2013(平成25)年の長崎平和祈念式典  一番左が井黒キヨミさん

甥の和洋さんによりますと、井黒キヨミさんは27日朝、一人暮らしの自宅で急性心臓死のため亡くなっているのが見つかりました。25日の夜、亡くなったとみられるということです。

和洋さんは「過酷な人生だったが、最後まで明るく元気に生き切ったと思う」と話しています。

通夜は28日午後6時〜
告別式は29日午後1時〜
長崎市長崎市鶴見台の平安社南部斎場で執り行われます。