【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】

 まだやっているのかと思われるかもしれないが、資料の整理をつづけている。

 懐かしくて、面白いものがまた出てきた。5センチ×7センチほどの写真をアクリルプラスチックのフォトフレームに入れてキーホルダーにしたものだ。写真は1頭の馬がゴールするところ。他馬が写っていないので、おそらく勝ったときのものだろう。裏にはこうプリントされている。

TAKESAN
SPORTSMAN’S PARK
MARCH 27,1994

 そう、武豊騎手にちなんで「タケサン」と命名された馬の写真である。

 スポーツマンズパークはシカゴにあった競馬場で、ひとり乗りの二輪馬車を曳く繋駕(けいが=トロッター)のレースも行われていた。

 キーホルダーのタケサンに乗っているのは武騎手ではない。

 馬主はトム・ウィビーという私と同い年くらいのアメリカ人で、タケサンの前にヘイセイハナコという馬も所有していた。その馬名からわかるように、ビジネスパートナーにたくさんの日本人がいたことから大変な親日家だった。武騎手も、ヘイセイハナコに乗ってアーリントン国際競馬場(当時の名称)で1990年代初めに勝ち鞍を挙げたことがある。

 トムは非常にワイルドな男で、一度、「仲間とソフトボールをするので見に来ないか」と言われ、武騎手と見に行ったことがあった。トムはユニフォームに着替えるでもなく普段着のままだったので、草野球のソフトボール版だろうと思っていたら、バックホームのボールの速さやスライディングの激しさなど、レベルが高すぎて驚かされた。

 このキーホルダーは、よく覚えていないのだが、トムに会ったときにもらったか、送ってもらったのだと思う。

 100冊以上あったクリアファイルも、ようやく半分ほどになった。背に「199×年 馬の話題」「199×年 武豊騎手・外国人騎手」「199×年 騎手の話題」などとタイトルを書いた紙が入っており、新聞の切り抜きやコピーがびっしり差し込まれている。そのコピーがまた細かく、紙面の端に縦長に1行で書かれたアラカルト的な情報も切り取り、それらを何本か綺麗に並べ、ほかの記事と合わせてコピーし、保存してあった。これらを切り抜き、コピー機の上に並べ、上手くいかなかったらやり直すなどしていたら、とてつもなく時間がかかったはずだ。明らかに、ファイルを完成させること自体に没頭していたとわかる。

 今の私が見たら、「そんなことをする暇があるなら、本を読め。一冊でも、一章でも一節でも多く読んだほうが、物書きとしてプラスになるぞ」と注意していただろう。しかし、「うるせえなジジイ」と言われて終わっていたか。

 クリアファイルから切り抜きとコピーを抜き取って重ね、それらを紐で束ねる作業を機械的にこなしているうちに、「ディープインパクト05年」だとか「ウオッカとスカーレット07年」といったファイルも、半ば無意識のうちに解体していた。そのなかには、ディープやウオッカが走ったときの専門紙や、勝った翌日のスポーツ紙全紙も入っていた。

 作業をしながら、ふと思った。もし、会期未定、開催自体も未定の「島田明宏展」をやることになったら、これらは結構いい展示物になるのではないか、と。しかし、すでに抜き取って重ねた数百枚の紙を、元のファイルに戻す気力は残っていなかった。

 馬関係のファイルでは「スマイルジャック・08年クラシック世代」のものだけ残しておくことにした。

 膨大な手間隙をかけたこれらのファイルづくりも、処分するときあらためてざっと見直し、こうしてネタにしているのだから、すべてがムダだったわけではない──ということにしておこう。

 さて、アーモンドアイが顕彰馬に選出されなかったことが「サプライズ」のように報じられている。報じている新聞社の記者たちによる投票で決まるのに、なぜ自分たちで驚いているのだろう。個々の思いの集合体が必ずしも総意にはなるわけではない、ということか。

 今、JRAサイトの「2022年度顕彰馬選定記者投票の結果」から閲覧できる「投票記者一覧」を見ているのだが、知っている人もずいぶんいる。一体、どうしたことか。

 ひとりひとりはいい人なのに、その人たちのグループであったり、もっと大きな集団の国家であったりしたら、付き合いを遠慮したくなる例は珍しくない。人の意見は、集まると変質する、と思っておくべきなのだろう。

 EU離脱が決まったイギリス国民投票にしてもそうだが、多数決というのは、案外、恐ろしいものを孕んでいる。

 アーモンドアイが選出されなかった一方で、藤沢和雄元調教師が調教師としての顕彰者に選定された。もともと当確だったとはいえ、これは嬉しい。おめでとうございます!

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