【取材・構成:大恵陽子=コラム『ノンフィクション・ファイル』】

 GI7勝を挙げ、獲得賞金JRA歴代1位を記録したキタサンブラック。レースでの主戦は名手・武豊騎手でしたが、調教で主戦を務めたのが黒岩悠騎手でした。当時、キタサンブラックの調教パートナーとして注目を集めましたが、それとは対照的に同馬の引退後も未勝利の年があるなど、ジョッキーとしてもがく日々は続いていました。

 しかし、ついに7月30日、新潟ジャンプステークスをホッコーメヴィウスで勝って重賞初制覇を果たしました。奇しくも同馬はキタサンブラックと同じ清水久詞厩舎の管理馬。「拍手で出迎えてくれました」という清水調教師と今週末は阪神ジャンプステークスに臨みます。

◆ゴールと逆算して「頼む、頼む!」

──新潟ジャンプステークスをホッコーメヴィウスで勝利、おめでとうございます。

黒岩 ありがとうございます。

──この馬とは重賞で2着3回と、悔しい思いをしてこられたのではないかなと思います。

黒岩 悔しいには悔しかったですけど、個人的なことよりも、勝つチャンスがあったのに勝たせきれなかった申し訳なさの方が大きかったです。馬に対してもそうですし、ずっとチャンスを与え続けてくださったオーナーや清水先生に申し訳なさを感じていました。

──そういった思いの中、レースを重ねながらどういうことを考えていたんですか?

黒岩 調教はいつもと同じで、コンタクトを取れるように心がけていました。すごくセンスのある馬なので、人間があまり型にはめすぎないように、と考えていました。レースでは逃げたいわけではないんですけど、いつもスタートが速いので、それを生かすために人間が不必要に触らないように乗っています。他馬の動きなどに左右される脚質ですけども、それでもあえて正攻法でいこうと思っています。

──逃げ・先行のイメージが強かったですけど、あくまでスタートの良さを生かしているだけなんですね。

黒岩 少し物見をする馬なので、本来なら僕は2〜3番手くらいから行きたいんです。でも、スタートを速く切ったのに番手で押さえ込むのはデメリットの方が大きい気がして、それだったらスピードに任せて最初にリードを取ろう、という気持ちです。

──新潟ジャンプSでも逃げる展開となりました。

黒岩 2周目向正面でも2番手以降があまりついてきていなくて、脚音がそれほど聞こえなかったので、3コーナーから4コーナーにかけてはちょっと馬に息を入れさせられれば、と思いながら乗っていました。

──リードを保ったまま最後の直線を迎えましたが、ゴール前は外からゼノヴァースも迫ってきました。

黒岩 残り1ハロンを切ったくらいから一完歩ごとに迫られているのがずっと見えていて、こっちももう結構アップアップだったので、ゴール板と逆算して「頼む、頼む!」って祈っていました。

──ゴール直後、チラッとゼノヴァースの方を見ていましたね。

黒岩 凌ぎきった、と思って。森一馬騎手からも「おめでとうございます」と言われました。

──デビュー21年目で待望の重賞初制覇でした。ゴールの瞬間はどんな気持ちでしたか?

黒岩 本当に、もうホッとしました。「嬉しい〜!」とか「やったー!」みたいな気持ちより、心底ホッとしました。

──そういえば、ガッツポーズとかはなかったですよね?

黒岩 ちょっと拳を握りました(笑)。でも、そんな派手に喜べるような成績の騎手ではないので。

──重賞初制覇を遂げて、騎手仲間や友人からの反応はどうでしたか?

黒岩 「調子に乗るなよ」って言われました(笑)。もう全然、微塵も調子に乗っていないです。

──なかなか手厳しい仲間たち(笑)。清水調教師とはレース後、どんな言葉を交わしましたか?

黒岩 レースから引き上げてくると、満面の笑みで拍手で迎えてくださいました。本当に嬉しかったです。「ありがとうございました」と、その一言以外、他に言葉が出なかったです。

──黒岩騎手と清水厩舎と言えば、キタサンブラックを思い出します。キタサンブラックでは調教担当でしたが、別の馬でこうして重賞を勝ちましたね。

黒岩 キタサンブラックには僕が乗せてもらっていた立場です。レースでは他にもたくさんいい馬に乗せていただいていましたけど、清水先生も「障害の重賞を勝ちたい」、「グランドジャンプを勝ちたい」とおっしゃっていたので、その第一歩を踏めたことが嬉しかったです。

◆重賞を勝っても「心情的には崖っぷち」

──今年は7勝を挙げて障害リーディング3位タイの勝ち星です。

黒岩 いい馬にずっと乗せていただいている結果で、本当にありがたいです。ですが、依頼される厩舎がたくさん増えているわけではないので、成績は良くても心情的には崖っぷちなのは変わらないです。今年がたまたまいいだけで、来年この成績を挙げられるかと言ったら、それは全く分からないですから。

──障害界には今春、小牧加矢太騎手が加わりました。何か変化はありましたか?

黒岩 馬術界ですごい活躍をしていて、馬の御し方やコンタクトの取り方は僕らより上手いと思います。ベースがしっかりしていて、加えて新人騎手の3kg減もありますから、これくらいの成績が出ても全く不思議ではないと感じています。かと言って負けていられません。レース経験は僕らの方が何百回何千回と多いわけですから、その部分で戦いたいです。また、障害ジョッキーが増えたことはみんな喜んでいます。強力なライバルですけど、教わることもいろいろとあります。

──話をホッコーメヴィウスに戻します。次走は阪神ジャンプステークスです。中京競馬場での開催となりますが、コースはどうですか?

黒岩 この馬は左回りの方が成績がいいんです。なぜ左回りの成績がいいのかな? とずっと考えていて、走っている時にバランスが片方に寄る癖があるからかな、と個人的には考えています。中京は左回りですし、障害の個数が多いですが飛びは上手いので、悪い要素ではないと思っています。コースとしては、最後の直線でも2つの障害があるので、飛越の上手さ+タフさが求められるという印象です。

──この後、ホッコーメヴィウスとどんな風に歩んでいきたいですか?

黒岩 この馬は元々、西浦勝一厩舎で難波剛健先輩のお手馬だったんです。難波先輩の乗り馬が重なった時に1回乗せてもらって、その後、西浦調教師の引退に伴って清水厩舎に転厩して、また乗せてもらって、という流れで依頼をいただいています。だから、常に代打という気持ちで臨んでいて、任せられたからにはしっかりいい結果を出せるように、ということだけを考えています。

 そういった中で、阪神ジャンプステークスでもいい結果が出せればと思っています。

(文中敬称略)

【関連記事】