【大恵陽子=コラム『ちょっと馬ニアックな世界』】

 園田・姫路競馬初のジーワン制覇を! と期待が寄せられたイグナイター。今年、黒船賞とかきつばた記念でJRA馬相手に連勝した4歳牡馬は、地元の思いを一身に背負い、JBCスプリントに挑みましたが5着。前走の南部杯に続き、悔しさを味わうこととなりました。

 どうやったら勝てるのか――夜も眠れぬほど考えたのは新子雅司調教師。そして田中学騎手も「今日は勝つつもりで来ました」と、普段は滅多に言葉にしない願望を口にしました。

 JBCで戦ったイグナイター陣営の「ちょっと馬ニアックな世界」を覗いてみましょう。

◆「経験の差が出たかな」猛者が揃うスプリント戦を前に無念

 前走・南部杯に続いて盛岡競馬場にやって来たイグナイター。

 兵庫県の園田競馬場からは13時間を超える長距離輸送となります。南部杯は10月10日に行われましたから、1カ月の間に2度の長距離輸送となりましたが、レースまでの間に輸送の疲れを回復できるよう、前日のお昼前にという早めの時間に着くように逆算して出発しました。

 レースに至るまでの調教でも、初のスプリント戦に向けて「上がり800mでハミを噛む感じで乗りました」と新子調教師。

 ダートグレード競走を連勝したときと比べ、さらにスピードが求められる一戦に向けて前進気勢をしっかり作り、最終追い切りはしっかりと追われたのでした。

 こういった調整過程から「装鞍所で鞍を置いた時に、毛ヅヤもハリも良くて、さすが新子調教師だな、という仕上げをしてくれたと思います」と田中騎手。

 新子調教師も「仕上がりは今までで一番いいと思います」と胸を張りました。

 しかし、結果は5着。

 前走の南部杯と同じく、先行していい位置につけ、直線では見ていて「行けーっ! 」と何度も叫ぶシーンがありましたが、結果的に内で伸びずバテずという内容でした。

 レース後、田中騎手は開口一番に「今日は勝つ気で来ましたが、そんなに甘くないですね」と肩を落としました。

 この10年ほど、田中騎手の取材をしてきましたが、どんな場面でも感情的にならず、人気馬で敗れた時でさえ「競馬だからこういうケースもある」と冷静に分析することが多かったのが、「勝つ気で来ました」という強気な言葉が出たことにとても驚きました。

 それだけイグナイターとの一戦に懸ける強い思いがあったのだろうと想像します。

 続けてレースをこう振り返りました。

「外に出したかったですが、手応えのわりには伸びきれませんでした。外に出られる手応えがなく、最内へ行って、前走と同じ内容になったことに悔いが残ります。

 これまで折り合いに注意するところがあって、序盤からそこまで出して行ったことがなかったのが敗因の一つかなと思います。1回でも1200mを使っていれば、結果も変わったかなと思います」

 新子調教師も「経験の差がここにきて出たかな、と思います」と話し、初のスプリント戦への対応が鍵となったようでした。

 一方で、「今後につながるレースはできたと思います」と新子調教師前を向きましたが、その夜は「どうすれば勝てるのだろう……」と考え、眠れなかったといいます。

◆無念の戦死を遂げたタガノジンガロのたてがみを肌身離さず

 ところで、時は遡り2015年のJBCスプリント。

 前年のかきつばた記念覇者・タガノジンガロは、前哨戦の東京盃で初の1200mながら5着に健闘すると、本番のこのレースでも3〜4番手に先行するスピードを見せました。

 絶好の手応えで4コーナーを迎えた時には「もしかして、好勝負になるんじゃないか」と胸が高鳴りましたが、直線に向いて追い出されたタガノジンガロはそれまでに見せていた手応えとは裏腹にズルズル後退。

 木村健騎手も「よっしゃ、いける! と思って追い出したのに、全然手応えがなくて……」と首を傾げ意気消沈しました。

 その直後でした。

「タガノジンガロが倒れた」

 と、洗い場に通じる道から職員が息を切らしながら走ってきました。

 その場にいた多くの方が全力を尽くしてくださったと聞きます。しかし急性心不全のため、ジンガロは帰らぬ馬となったのでした。

 以降、同馬のたてがみを胸ポケットに入れ、管理馬の出走時はいつもジンガロと一緒に見守っていたのが新子調教師。

 自ら調教に跨っていたジンガロが亡くなった直後は、管理馬をビッシリ仕上げてレースに臨むことに一抹の怖さを抱いた時期もあったといいます。

 しかし、それでは懸命に走る馬たちに失礼だと、ジンガロの死を乗り越え、数年が経った頃には「いつまでもコイツに頼っていたらダメやな」と胸ポケットのたてがみをそっと取り出したのでした。

 その後に出会ったのがイグナイター。

 そして、ジンガロ以来となるJBCスプリントへの出走となったのでした。

 馬も違えば、オーナーも違う2頭の物語を交錯させるのは失礼と承知しつつも、ダート競馬の祭典へ挑む地方馬の関係者の必死な思いは同じ。

 いつか、西日本からもJBCを優勝する馬が誕生してほしいと願います。

 さて、イグナイターはこの後、地元・園田競馬場で12月に行われる兵庫ゴールドトロフィーで3つめのダートグレードタイトルを目指します。そして来年はスプリント路線を中心に歩められれば、とのこと。

 この夢は、来年に託したいと思います。

(文=大恵陽子)

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