話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、大相撲110年ぶりの新入幕優勝で大きな話題を呼んだ尊富士(たけるふじ)関と、最後まで優勝を争ったライバル・大の里関にまつわるエピソードを紹介する。

【大相撲三月場所】10日目 〇尊富士(押し出し)大の里×=2024年3月19日 エディオンアリーナ大阪(撮影・斉藤友也) 写真提供:産経新聞社

【大相撲三月場所】10日目 〇尊富士(押し出し)大の里×=2024年3月19日 エディオンアリーナ大阪(撮影・斉藤友也) 写真提供:産経新聞社

『2人とも全く申し分のない相撲で、正々堂々と正面からぶつかっている。この2人が(ライバルの)竜虎として競い合う姿を期待したい。その上で、上位力士たちはどうなるのかが最大の関心事』

〜『デイリースポーツonline』2024年3月25日配信記事 より(大相撲春場所千秋楽終了後、横綱審議委員会・山内昌之委員長のコメント)

横綱・照ノ富士が連敗して途中休場するなど、序盤から“荒れる春場所”を予感させた3月の大阪場所。優勝争いは新大関・琴ノ若をはじめとする4大関を中心に展開するかと思いきや、主役になったのは若き平幕の2人、新入幕の尊富士(24)と、春場所が幕内2場所目の大の里(23)でした。横審の委員長が「竜虎として競い合う姿を期待したい」とまで激賞するぐらいですから、まさに2人は角界の救世主でした。

今回“時の人”になった尊富士は、幕内デビュー初日から負けなしで突っ走り、気付けば11連勝。11日目の相手は、本来新入幕力士は当たらないはずの大関・琴ノ若でした。大関陣のなかで相撲内容が最も安定している琴ノ若だけに、さすがにここは“壁”になるかと思いきや、立ち合いで低く当たると、琴ノ若の胸に飛び込んで一気に寄り切り快勝! 初対戦の大関を吹き飛ばし「新入幕の場所で初日から11連勝」という歴代トップタイの偉業を達成しました。

1場所15日制が定着して以降、この記録を達成したのは1960年の大鵬と尊富士の2人だけ。12日目は大関・豊昇龍に敗れ、大鵬の記録更新はなりませんでしたが、昭和を代表する大横綱とアッサリ肩を並べてしまったところに尊富士の底知れない強さを感じます。

この記録もさることながら、11連勝した時点でもう1つの大偉業ががぜん現実味を帯びてきました。「110年ぶりの新入幕優勝」です。前の達成者が1914年5月場所の両国で、当時は現在と環境もシステムもまったく違う大正時代。実質的に“史上初”と言っていいでしょう。

尊富士が11連勝を飾った時点で1敗の力士は消え、2敗は大の里のみ。関脇・大関陣は全員3敗以上を喫していたため、上位陣が残り4日間で星3つの差を逆転するのは困難な状況になりました。このあたりから相撲関連以外のマスコミも「大相撲がとんでもないことになってるぞ」と騒ぎ始めます。

ところが、ここでアクシデントが発生。14日目に勝てばV決定だった尊富士は、朝乃山戦で敗れて2敗となった上に、右足首のじん帯を負傷して車いすで退場するというまさかの展開に……。千秋楽の土俵に上がれるかどうかも微妙になりました。一方、3敗の大の里は勝って星1つの差に迫ります。もう1人の3敗力士、大関・豊昇龍は敗れて4敗に後退したため、この時点で優勝は尊富士か大の里のどちらかに絞られました。

注目の千秋楽、尊富士は休場しても大の里が負ければ“不戦敗優勝”。大の里が勝った場合は2人が3敗で並び、尊富士は決定戦が取れないので大の里が逆転V、となるところでした。

どう転んでも前代未聞のVになることが確定していましたが、ご存じのとおり、尊富士は同じ伊勢ヶ浜部屋の横綱・照ノ富士の激励を受けて、まさかの強行出場に踏み切ります。じん帯が伸び、本当なら相撲が取れない状態のはずでしたが、豪ノ山を押し倒しで破って110年ぶりの大偉業を達成しました。

尊富士は賜杯と同時に、殊勲賞・敢闘賞・技能賞と三賞も独占。これも琴光喜以来24年ぶり、史上6人目の快挙で、新入幕力士のトリプル受賞は大錦以来51年ぶりのことでした。どの記録も長らく達成者が出ていないものばかりで、いかに尊富士がもの凄いことをやってのけたのか、おわかりいただけるでしょう。

今回の尊富士の活躍は、文句の付けようがなく素晴らしいもので、ニュースター誕生を待ちわびていた相撲ファンはみな快哉を叫んだと思います。また、普段大相撲を観ないけれど、11日目以降「どれどれ」と中継をご覧になって、結局千秋楽まで毎日観てしまった、という方も多いのではないでしょうか。

ですが、ここで1つ忘れていただきたくないのは「大の里も十分すぎるくらい凄いことをやってのけた」ということです。尊富士の偉業ラッシュで霞んでしまった感はありますが、大の里も初場所で新入幕を果たしたばかりで、去年(2023年)の3月はまだ大学生でした。マゲも結えないザンバラ髪なのはそのためで、春場所は大相撲入りしてわずか6場所目。もし逆転優勝していたら初優勝までのスピード記録を大幅に更新していました(尊富士は10場所目での初優勝なので、大の里にはまだ3場所、記録更新のチャンスがあります)。

大の里にとって新入幕の場所だった初場所は、一時優勝争いのトップに立ち、今回の尊富士同様、本来なら対戦しない関脇・大関・横綱と当てられて3連敗。しかし、そこから3連勝して11勝4敗の星を挙げたのは立派でした。思うに、この3番が大の里を大きく成長させたような気がします。

番付が上がった春場所も11勝4敗。新入幕から2場所連続で優勝を争い、11番勝った事実はもっと讃えられるべきです。もし大の里が14日目に敗れていたら、千秋楽を待たずに尊富士の優勝が決まり、あのドラマもなかったのですから。

ほぼ同時期にこれだけの逸材が2人も現れることは、極めて稀なことです。そして尊富士と大の里には、共通点と対照的な点がいろいろあります。年齢は、尊富士が1999年4月9日生まれの24歳(もうすぐ25歳)。大の里は2000年6月7日生まれの23歳(今年24歳)と、尊富士のほうが1つ上です。

ともに学生相撲出身で、尊富士は日本大学、大の里は日本体育大学出身。大の里は学生横綱・アマチュア横綱のタイトルを獲得したので、大相撲入りにあたっては「幕下10枚目格付出」でのデビューとなりました。わずか5場所で入幕できたのはそのためです。一方、尊富士は学生時代に大きな個人タイトルが獲れなかったため前相撲からのスタートとなりました。序ノ口、序二段、三段目、十両はそれぞれ1場所で通過しましたが、幕下通過には4場所を要します。新入幕は、年下の大の里に1場所だけ先を越されてしまいました。

出身地は、尊富士が青森県五所川原市。青森は相撲どころで知られ、初代若乃花はじめ、昔から名力士を多数輩出しています。モンゴル勢の台頭もあって、しばらく幕内優勝力士が出ていませんでしたが、尊富士の快挙で1997年の貴ノ浪以来27年ぶりに青森出身力士が賜杯を手にしました。同郷の師匠・伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)も余計に嬉しかったことでしょう。

かたや大の里は、石川県河北郡津幡町の出身。元日の能登半島地震で大きな被害を受けた地域です。新入幕のめでたい場所が始まる直前に地元を襲った震災。正直、相撲どころではない心境だったでしょう。しかし大の里は、能登の人たちに少しでも喜んでもらおうと連日場内を沸かせる相撲を取り、優勝争いに絡む活躍を見せました。本当に頭が下がります。初場所は敢闘賞、春場所も技能賞・敢闘賞をダブル受賞。もし逆転優勝していれば殊勲賞も大の里に行き、こちらが三賞独占になっていました。初優勝は逃しましたが、新入幕から2場所連続三賞は立派すぎる勲章です。

さて、1つ違いでともに学生相撲出身ということで「学生時代の対戦成績は?」と気になった方も多いでしょう。実は高校・大学時代で両者は通算4回対戦。2勝2敗のイーブンと互角の成績です。2019年7月には、第9回全日本大学選抜相撲金沢大会の準決勝で対戦。このときは日大2年の尊富士が、日体大1年の大の里を突き落としで破って先輩の意地を見せています。

春場所でも10日目に、幕内で初めて対決。このとき尊富士が9戦全勝、大の里が8勝1敗。結果的にこの取組は、優勝の行方を左右する大一番になりました。結果は、わずか3秒ほどで尊富士が大の里を押し出し快勝。肩を落とす大の里を励ましてくれたのは、父親の知幸さんでした。

『優勝を争う中で、10日目に一学年上の尊富士戦で敗戦。息子が落ち込んだと察したのか父の知幸さんから、珍しく場所中に「最低を最高に変えろ」とLINEで激励の言葉が送られ、「響きました」と胸を打たれた』

〜『デイリースポーツonline』2024年3月25日配信記事 より

父親の言葉どおり「最低を最高に変え」、諦めずに千秋楽まで優勝を争った大の里にも惜しみない拍手を贈りたい……心からそう思います。場所を盛り上げてくれて、本当にありがとう。

いずれにせよ、ともに大銀杏が結えない力士2人が優勝を争ったことは、新時代の到来を予感させる出来事でした。欲を言えば、2人の優勝決定戦を観てみたかった気もしますが、それはたぶん、今後何度でも観られることでしょう。

ともあれ、千秋楽に無理をした尊富士はまず体を休め、故障の回復に全力を挙げて欲しいと思います。もし経過が思わしくないのであれば、夏場所は絶対に強行出場はしないでもらいたい。休場したっていいのです。相撲人生は長いのですから。

夏場所はともに番付が大きく上がり、大の里は三役昇進が濃厚です。両者とも来年(2025年)には大関になっていてもおかしくないですが、先輩の上位力士たちも「そう簡単に先を越されてたまるか」と必死になることでしょう。角界を活性化する“尊大時代”の到来が楽しみでなりません。