「報道部畑中デスクの独り言」(第302回)

ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、アルテミス計画について—

探査機「EQUULEUS」(東京大学提供)

宇宙開発の分野は現在“月への再挑戦”が注目されています。2年前に小欄でもお伝えした「アルテミス計画」が、本格的に始動します。

8月29日、9月4日(ともに日本時間)に設定されたロケットの打ち上げは延期が相次ぎ、実施は早くとも9月下旬以降とされています。アポロ計画以来の再挑戦、慎重を期しているとみられます。

アルテミス計画は人類が月を目指すというアメリカ主導の計画です。アルテミスとはギリシャ神話に出てくる女神の名前のこと。アポロンとは双子ということで、半世紀以上前に実施されたアポロ計画になぞらえたとみられます。

第1弾はSLSと呼ばれるロケット。試験機の位置づけになります。「ORION=オリオン、またはオライオン」と呼ばれる4人乗りの宇宙船が搭載され、まずは無人で月の周辺を回ります。船内には人間の代わりにマネキンが装着され、放射線量などを測定することになっています。2年前とは目標の時期が修正されていますが、計画では2024年に人間=宇宙飛行士4人を乗せて周回、2025年にはいよいよ人類が月面着陸というシナリオです。

そして、2040年ごろを境に、宇宙機関中心の開発から、徐々に民間企業も参加する形に移行していくことを想定。月に行くまでの中継地点として「ゲートウェイ」という新たな宇宙ステーションを建設することになっています。

今回のロケットの打ち上げでは、日本の宇宙機2台も搭載され、それぞれの役割を果たします。1つは超小型の月面着陸機「OMOTENASHI=オモテナシ」です。大きさは24cm×37cm×11cm、ほぼ学生カバンぐらいで、「世界最小の月着陸機」として月表面への着陸を目指します。宇宙を飛び交う放射線の測定も行うということです。

月着陸機「OMOTENASHI」(JAXA提供)

月への着陸はロケット打ち上げから4〜5日後、時速約180kmでの着陸となります。「セミハードランディング」と呼ばれ、着陸というより「衝突」という印象ですが、地上の重力の1万倍の衝撃が加わると予想。JAXAプロジェクトチームの橋本樹明チーム長は、その程度までは「(着陸機の)電子機器は壊れない」と話しています。しかし、着陸については大いなる挑戦となります。

「いろいろな誤差要因があって、全部クリアできないと着陸は成功しない。軌道決定の精度は100分の1秒程度の精度まで決まらないと。着陸成功確率はいろいろな仮定を置いて計算しても60%。2回やれば成功するだろう」(橋本チーム長)

60%の確率も打ち上げ延期で変わりそうです。着陸機からの電波が受信できれば、着陸成功と判断されますが、電波の受信はアマチュア無線家の助けも借りるそうです。

もう1つは探査機の「EQUULEUS=エクレウス」で、月周辺の領域に効率的な軌道操作ができるかどうかの技術実証。さらには、月周辺に飛ぶ隕石の観測も行います。目指す先はラグランジュ点と呼ばれる領域。ラグランジュ点とは、2つの天体……今回の場合は地球と月になりますが、地球と月それぞれの引力と宇宙機の公転による遠心力が釣り合う点のことを言います。

この位置は宇宙機が「平衡状態」でいられる場所。一度そこに止まれば、理論的には周りからほぼ力を受けることなく、また自身がほとんどエネルギーを使うことなく、そこに居続けることができます。つまり、この周辺が「ゲートウェイ」を建設するのに最適というわけです。

人間が滞在することも想定されていますから、安定した場所であることが求められます。また、安全でなくてはなりません。隕石などが飛んでこないかなど、周辺がどのような環境にあるかを知る……そんな目的もあるわけです。宇宙版の「環境アセスメント」といったところでしょうか。

探査機「EQUULEUS」(東京大学提供)

船瀬副チーム長は、今後の可能性について語りました。

「ゲートウェイができれば、大きな物流が発生する。超小型衛星がゲートウェイから小惑星に向かうことも可能になる」

ちなみに、2つの宇宙機にかかる費用ですが、オモテナシは7〜8億円、エクレウスは数億円。今風に言えば、合計で安倍元総理大臣の国葬にかかる費用よりは少し安いといった感じです。

その他、日本は今年度には「SLIM=スリム」と呼ばれる小型月着陸機の実証や、2025年にはインド宇宙研究機関と共同で、月面車を月の極域に降ろして水資源探査を目指します。さらに新型補給船「HTV-X」や、ゲートウェイへの機器提供、有人月面探査車の開発などでアルテミス計画に貢献したい意向です。

このうち、有人月面探査車はトヨタ自動車とJAXAが共同開発を検討しています。「ルナ・クルーザー」と名付けられた車両は、全長6000mm、全幅5200mm、全高3800mm。マイクロバス約2台分のサイズに2名が滞在でき、内部は4畳半のワンルームより少し小さいぐらいの大きさを想定しています。動力にはトヨタの“お家芸”燃料電池を搭載し、1万kmの月面走行を目指します。もちろん、地球の6分の1の重力、250度以上の寒暖差、宇宙放射線の影響などにどう対応するか、課題は少なくありません。

JAXAプロジェクトチーム・橋本樹明チーム長(オンライン画面から)

月面車に関しては日本の実験棟「きぼう」でも興味深い実験が行われます。それは細胞培養実験装置のなかにある遠心加速器を使って、月面車のギアボックスに使われるような油=潤滑オイルが、月面や火星の重力下でどのような挙動をするかのデータを収集するというもの。宇宙飛行士の若田光一さんが実験を担当するということです。若田さんは7月の記者会見で「優れた技術をさらに伸ばし、月面探査につなげられるように取り組む」と意気込みを語りました。

このような月面探査に向けた壮大な計画ですが、足元を見てみますと、国際社会の複雑な事情が見えます。そもそも月面・火星の有人探査計画は、アポロ11号月面着陸20周年の1989年、時のブッシュ政権が構想として示しましたが、膨大な費用などがネックとなり、浮かんでは消えました。アルテミス計画は2019年にトランプ前政権が決定したものですが、政治的・財政的な事情によって計画が今後、変更・修正される可能性が消えたわけではありません。

さらに、ロシアと中国はこのアメリカ主導の計画に難色を示し、参加していません。一方、中国は嫦娥4号で月の裏側への着陸、嫦娥5号で土のサンプル回収に成功。独自の宇宙開発を進めます。

さらに昨今のウクライナ情勢のなか、ロシアが国際宇宙ステーションからの2024年以降の撤退を表明しました。宇宙開発は各国の安全保障と直結する可能性があるだけに、各国のにらみ合いは今後激しくなりそうです。

JAXAプロジェクトチーム・船瀬龍副チーム長(オンライン画面から)

また、アルテミス計画では月で毎年50tの燃料を生産することを目標に掲げています。燃料については、月の南極にある水、または氷の存在が期待されています。南極の水を液体水素と液体酸素に電気分解し、これらを燃料にするというわけです。JAXA国際宇宙探査センターの佐藤直樹ユニット長は月面探査に関し、「水がキーポイント。人類の生命の起源である水を有効に利用しながら貢献する」と話します。

燃料となる水素を優先的に利用できれば、宇宙開発において圧倒的な優位に立てることから、この“水脈”を探し当てる「早いもん勝ち」の争奪戦も予想されます。

日本は2019年に計画への参加を表明しており、アメリカと歩調を合わせている状況です。宇宙開発と安全保障はもはや切っても切れない関係になりつつあり、各国の思惑が交錯するのは否めないところですが……まもなく5回目の宇宙滞在を控える若田光一さんはこのように語ります。

「宇宙飛行士が現場でできることは、国際宇宙ステーションの運用を安全・確実に進めて、利用成果を出していくことに尽きる。私たちができないことを考えるのではなく、できることに集中する。米ロの宇宙飛行士とステーションに行くが、同じ気持ちで有人宇宙活動の現場の者ができることをしっかりやっていきたい」

平和利用の理念を堅持しながら、なくてはならない技術で存在感を出す……現状、それが日本という国に与えられたミッションではないかと改めて感じます。(了)