第2次安倍政権で、内閣官房副長官補、国家安全保障局次長を務めた、同志社大学特別客員教授の兼原信克が9月26日(月)、ニッポン放送『飯田浩司のOK! Cozy up!』に出演。安倍元総理の外交・安全保障の功績について語った。

2016年8月27日、TICAD VI開会セッションで基調演説をする安倍総理(当時)〜出典:首相官邸HPより (https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10992693/www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201608/27ticad.html)

兼原は、安倍元総理の功績として「開かれたインド太平洋」を挙げ「アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ASEAN、オーストラリア、全てがインド太平洋と言い始める流れを作った。世界史に名前が残ると思う」とコメント。冷戦が終わり、これからというタイミングで「自分がリーダーだと出てきたのが安倍元総理だった」と語った。

また、2015年の「戦後70年歴史談話」に触れ「安倍総理も悩んでいた」と回帰。「戦前の日本が全て正しいわけではなかったが、何が良くて、何が悪かったのかをはっきりさせないと、未来の子供たちは永遠に謝罪することになる、との思いが安倍元総理にはあった」と語った。

そして「日本はアジアを侵略したと言われるが、もともとはヨーロッパの植民地だった。日本の敗戦後にはそれらの国が再征服のために戻ってきた。日本は悪くて、彼らは正しいのか。何が正義だったのか」と、安倍元総理が自問したことを話し、その結論として「日本も彼らもみんな負けたじゃないか。正義はアジアの独立と人種差別の撤廃にあり、そうして生まれたのが、今の自由主義的な国際秩序だ」との考えに至ったと語った。そして安倍元総理が「自分がその秩序を守ると考えられた」と当時のことを振り返った。

兼原は「安倍元総理はよく『世界史全体は100年のスパンで見ないとだめだよ』と言っていた。戦後の冷戦の分断を終えて、新しい日本を残さないといけないと考えていた」と故人を偲んで語った。