ニュースな英語の話題を取り上げるこのコラム、すっかり不定期というか、蜃気楼のようなものになり果てていますが、お久しぶりです。ほかにも大事なニュースは色々あるのは百も承知ですが、今回はアカデミー賞授賞式でのジョークを取り上げます。今年の授賞式は、視聴者数を伸ばしたものの評論家や多くの人から「不謹慎だ!」と非難ごうごうの嵐なので。そこからなんとなく、アメリカ人の価値基準のようなものが透けて見えると思うのです。(gooニュース 加藤祐子)

2月24日夜(日本時間25日)に行なわれた今年のオスカー授賞式、司会はセス・マクファーレンでした。俳優、声優、アニメ作家、コメディアン、人気コメディシリーズの製作者、歌手。最近ではお下劣なクマのぬいぐるみがやりたい放題な映画「Ted」の監督・脚本・製作・出演。そして、「スター・トレック」ファン。

彼はアニメシリーズ「Family Guy」の製作者で、アメリカの若者の間では大人気です。主にお下品お下劣でくっだらないバカバカしい笑いが大好きな人たちに(私も大好きです)。そしてここ数日は「おっぱいソング」をアカデミー賞授賞式でやらかした司会者としてますます話題になり、かつ悪名を高めています。

彼のユーモアはよく「frat humor」とか「frat house humor」と呼ばれます。「fraternity humor」や「fraternity house humor」の略で、要するにアメリカの大学でおばかな若者たちが、大麻を一発決めて飲んだくれながら、げらげら馬鹿笑いするたぐいのユーモアというか。そういう「frat humor」を好む層は20〜40代の「野郎ども」だと、愛情を込めて乱暴にくくるとして、それはまさに今回ABCテレビが狙って取りにいった客層だったと報道されています

セス・マクファーレンを司会にしたからか、それとも今年の候補作にはヒット作や話題作が多かったからか、複数報道によると、ABCテレビの授賞式中継の米国内視聴者数は前年比3%増の4030万人で過去3年間で最多。特にスポンサー各社が求める18〜48歳の視聴者数は11%増。、なかでも18〜34歳男性の視聴者数は、34%増だったとか。今までアカデミー賞を見ていなかった20〜30代男性を新規獲得しようという番組側のねらいは、見事に的中したのでした。

○批判されるのは毎年のことだが

オスカー授賞式というのはある意味で紅白歌合戦のようなもので、「つまらない」「くだらない」「長すぎる」の批判がつきもの。その司会も「つまらない」「くだらない」「さいてーだ」と批判されるのが年中行事です。そして今年のセス・マクファーレンもご多聞に漏れず「つまらない」「くだらない」と一部から批判されています。おまけに彼の場合、「sexist」だと。

sexist」(セクシスト)とは「性差別する人」。あるいは「そもそも女は男より根本的に劣っているという世界観の、偏った人」のこと。「男は女より劣っているという世界観の、偏った人」という意味で使われることもあります。

差別というのは、「人を生まれながらの属性で判断し決めつけ見下し排斥する、卑しい愚行」だと思うのですが、差別する基準が性別の場合、それをする人は「sexist」と呼ばれます。人種(race)の場合は「racist」です。「〜ist」は「〜をする人」という意味になることが多いので。「ピアノを弾く人」が「piano+ist = pianist」、「バイオリンを弾く人」が「violin+ist = violinist」、「経済を専門にする人」が「economy+ist = economist」、「物理を専門にする人」が「physics+ist = physicist」であるように(ほかにも例はたくさん)。

そして司会者セスは多くの女性から「sexist」と呼ばれてしまっている。映画「テッド」を観た人なら、「ああ、あれね」と分かるかもしれません。ただし、そもそもセスはTPOギリギリのギャグを飛ばして観る側の反応を引き出すタイプのエンターテイナーです。それに私は彼は差別主義者じゃないはずだと思っています。社会正義に熱心で、たとえば同性愛者や同性結婚の権利を擁護する言動で、ハーバード大から「ヒューマニスト賞」を受賞していたりします。

その彼の授賞式最初のジョークはこれでした。「トミー・リー・ジョーンズを笑わせる探求の旅は今ここで始まります」。ゴールデングローブ賞でのしかめっつらが実に印象的だったトミーは、ここですぐに破顔してしまい、会場も大喜び。こういうノリでずっと進行するなら、何の物議もかもさなかったでしょう。でもそれで、ABCテレビが呼び込みたかったセス好きの「野郎ども」が見続けたかは疑問です。またそういう「野郎ども」の間でセスの「名誉」が保たれたかも疑問です。

立て続けにセスは、「何十億人もの人が見るオスカーの司会に選んでもらって……。ほかのみんなが断ったから僕にお鉢が回ってきたってのが、すごく光栄です」。「アルゴが描いた作戦はあまりに極秘で、だから誰が監督だったのかアカデミーは知らないんです(だからベン・アフレックがノミネートされなかったと)。アカデミーのヘマだったってみんな知ってるよ」。「今年は映画にとって素晴らしい年でした。国内興行収入は記録を塗り替えたし。だけど儲けはゼロだったって見せかけるため、会計士たちは苦労してました」などなど。

こうやって最初のうちはまあ、ちょっとクスッニヤッとするけれどもたいして毒にも薬にもならない、いつもの授賞式オープニングでした。ですが次第に雲行きが怪しくなっていきます。

「『ジャンゴ 繋がれざる者』! あれは激しい話だった。ひどい暴力を受けている愛する女性を救い出す男の物語。リアーナとクリス・ブラウンは、これをデート映画って呼ぶだろうけど」。

これには会場から低い「おお……」という非難めいた声。なぜかというと、クリス・ブラウンは恋人リアーナに対する家庭内暴力で有罪となっているので。暴力事件をネタにするのかと眉をひそめる会場の反応を見てセス、「ああやっぱりこいつはそういうことを言うのかと思ったでしょ。でも安心して。このくらいにするから。これよりひどいことは言わないから。本当に」と真顔で。真顔もネタですが。

真顔もネタなので、ここで収まるはずもなく……。

ペラペラと喋り続けるセスを遮って上から下りて来たのは……あああ、「スター・トレック」のキャプテン・カークの格好をしたウィリアム・シャトナー(の映像)でした。「スター・トレック」のキャプテン・カークの格好をした、ウィリアム・シャトナー。なぜ回りくどい言い方を2度もしたか。それは私が長年の「スター・トレック」ファンだからです。

ここのくだりはつまり——

1. セスが、オスカー授賞式のTPOをわきまえずに下品で不謹慎なジョークを飛ばしまくったので、オスカーがめちゃくちゃになってしまった。
2. そこでキャプテン・カークがを未来から乗り込んできて、セスに待ったをかけた。
3.  カークがセスに「お前のジョークは悪趣味で不適切だ。お前がこれからやろうとしてる演目のせいで、アカデミー賞はめちゃくちゃになってしまう。明日の朝刊見出しはこうだ」と見せる。「セス・マクファーレン、史上最悪のオスカー司会者」という見出しを。
4. だからもっとまともな歌と踊りをやりなさいと色々ダメ出し。「きちんとした」出し物をやってみせるごとに、翌日の新聞見出しが少しずつましになる。

——という展開のものでした。

「こんなひどい演目」というのがまさに「おっぱいソング」だったわけですが、それを説明する前にまず「スター・トレック」おたくとしていくつか。
1. ビル・シャトナーがカークの扮装をした姿を見るのは久しぶりだから、それは嬉しい。
2. けれどもその態度や喋り方は、それはカークではない。それはビル・シャトナーが演じる「ビル・シャトナー」だ。
3. そもそもカークが過去の歴史を修正に来るとしても、そんなに堂々と正体を明かすわけがない。

……いや、最後のはちょっとあまりにもオタクすぎて、現実とフィクションがごっちゃですが……。いずれにしても、ここのくだりはネタをネタでくるんで仕立てている、かなり捻った作りになっていました。

「そんなにひどいの?」と尋ねるセスに、「いかにひどいか自分で見なさい」とカークが見せたのが、「We Saw Your Boobs」(おっぱい見たよ)という"見事な”歌と踊り。歌詞を全部訳すのはバカバカしすぎるのですが、要は「おっぱい見たよ。映画を観てたら、おっばい見たよ。メリル・ストリープ、『シルクウッド』で見ましたよ。ナオミ・ワッツ、『マルホランド・ドライブ』で見たよ」という調子で軽快に足踏みしながら、アンジェリーナ・ジョリー、アン・ハサウェイ、ジョディ・フォスター、ハリー・ベリー、ニコール・キッドマン、シャーリーズ・セロン、ヘレン・ハント、ジェシカ・チャステイン、ヒラリー・スワンク、ペネロペ・クルスと女優の名前と出演作を次々と……。

ちなみにこの歌と踊りのくだりは全て、授賞式とは別に事前録画されたものです。客席の女優たちの反応が映るのですが、着ている衣裳が違うので「仕込み」だと分かる。つまり彼女たちの反応は全部、「ネタ」。そしてネタとして、「おっぱい見たよ」と名指しされたナオミ・ワッツは呆然と怒り、シャーリーズは頭を抱え、「ジェニファー・ローレンスのおっぱいはまだ全然見てない」と男性陣が歌うと、ジェニファーはカメラ目線で「Yes!」と親指を立てながらフィストパンプするという具合。すべて仕込みです。

さらに歌は続き、「スカーレット・ヨハンソンのおっぱいはみんな、iPhoneで見たよ」(つまり流出したと)、「ケイト・ウインスレットは『乙女の祈り』と『ジュード』と『ハムレット』と『タイタニック』と『アイリス』と『リトル・チルドレン』と『愛を読むひと』と、それから何だかわかんないけど今撮ってるやつで見たよ!」と早口になって、そして最後に朗々たる男性合唱と一緒に「おっぱい〜み〜たよ〜〜♪」と終わる。そういうものをやってしまうからオスカーがめちゃくちゃになる、だからお前を止めに来たんだ、と「カーク」。

そして「下品で不謹慎なおっぱいソング」の代わりに「もっとまともな出し物を」ということで、セスがシャーリーズをはじめ複数のスターと次々にちゃんとしたソング&ダンス。少しずつ翌朝の新聞見出しが「セス司会、まあまあ」とかに改善されていき、遂には「過去最高のオスカーと各紙絶賛。Entertainment Weekly以外は」という見出しになるという流れでした。

けれども私の目には、ここがだれて。セスは歌も踊りもうまいし、実にハリウッド的なダンスナンバーが次々と続いて、実に豪華で……そして、つまらなくて。なので私はこのくだりについては「不謹慎だ!」と怒るのではなく、「つまんない……早く次に進んで」とあくびをしていたのですが。ところが蓋を開けてみたらその前の「おっぱい見たよ」が大問題になってしまった女性蔑視で不謹慎だと。

「女性蔑視で不謹慎なセス」をセス自身がネタにしているのですが、女性の裸をいっときでも笑いの対象にした以上、不謹慎だと。特に、「見て元気になったよ」と歌うヌード場面には、レイプ場面も含まれていたので、なおさらとんでもないと。すべてがレイプ場面ではなく、入浴とか水泳とか楽しくドライブしている場面もあったのですが、それでもたくさんの人がネットやメディアで「sexist」だと怒っていて(たとえばジェーン・フォンダが)。

その怒りは正当かもしれないのですが、「おっぱい見たよ」と言われた女優たちが画面上で怒っていたのは「仕込み」だと理解しないまま、「言われた女優たちはあんなに怒ってたじゃないか!」と真顔で書くニュース記事が多いのには、驚きました。コメディアンが仕掛けた笑いの「枠」がどう設定されているか、どこからどこまでが「ネタ」か、つまり文脈を理解していないプロによる批判は、あまり有用とは思えません。

さらに、数字さえ良ければ内容がどんなにひどくても良いなどと私は絶対に言いませんが、その一方でコメディアンが安全に「常識」ばかり守っていてもどうしようもない。どの程度のギリギリならギリギリ許されて笑えるのか、その境界に挑戦しないコメディアンなどつまらないと思うわけです。そういう笑いの境界線への挑戦をなにもオスカーでやらなくたっていいじゃないか、という意見があるのはよく分かります。けれどもABCテレビはそもそもオスカーに新しい視聴者を呼び込もうとしていたわけで、そのためにセスを選んで……と、話がぐるぐる回ってしまいます。

ちなみにこの授賞式でもっともsexistだったジョークはセスのではなく、「ボンド映画50周年」を紹介するハリー・ベリーが言わされた台詞だったと私は思います。「音楽はボンド映画と切っても切れないもの。ドライマーティニや派手な車と同じくらい。そしてPussy Galoreと同じくらい」という。「Pussy Galore」とはフレミングの原作に出てくる女性の名前ですが、同時に「pussy」は女性器の隠語ですし、「galore」は「たくさん、わんさか」というような意味です。そもそもがすさまじく「sexist」な名前で、口にするハリーが少し微苦笑気味だったのに私は同情しました。