■本日の言葉「common ground」(共通認識、利害の一致)■


国際ニュースで使われた英語表現をご紹介するこの月曜コラム、今週は「イスラムとアメリカの関係を変える」かと期待されている、オバマ米大統領のカイロ演説についてです。何かと「歴史的」と言われることの多いオバマ氏ですが、この演説によって欧米世界とイスラム世界はいよいよ「共通の地」を見つけることができるのか。(gooニュース 加藤祐子)

○オバマ氏だからイスラムに言えること

オバマ大統領は6月4日、エジプト・カイロを訪れ「私はアメリカと、世界中のイスラム教徒との間に新しい関係を見いだすため、ここへやってきました。お互いの利益になり、お互いを尊敬しあうことを基礎とする新しい関係。アメリカとイスラムはお互いに相容れない存在ではなく、アメリカとイスラムはしのぎを削り合わなくてもいいのだという、そういう真実を基礎とした新しい関係です」と演説しました。

「(アメリカとイスラム世界は)常に絶え間なくお互いの言葉に耳を傾け、お互いから学び合い、お互いを敬い、そして共通認識(common ground)を見いださなくてはなりません」

「(アメリカとイスラム)の関係が、お互いの違いにばかり注目することで成り立っている限り、平和よりも憎しみの種をまく連中に加勢するばかりです。誰もが正義と繁栄を実現できるようにする協力を促進するのではなく、対立や敵対ばかりを促進する連中に加勢するばかりです。こんな不信と不和の悪循環は終わらせなくてはなりません」

まさにオバマ演説です。オバマ的言葉、オバマ的な表現です。

ほとんどの英語メディアがこの演説を高く評価し、英語メディアが紹介するイスラム諸国の反応もおおむね好意的でした(なかには「アメリカの大統領がイスラム世界にこれほど朗々と、思いやりと理解と共感をこめて語りかけたことはなかった」と絶賛するムスリムの識者も)。ワシントン・ポスト紙もカイロで「アメリカの大統領があんな風に語るのを初めて聞いた」という地元の声を拾っています。

そして「歴史的(historic)」という表現入りの記事も、たくさん飛び交いました。

○何回目の歴史的か

昨年初頭、米大統領予備選の最中に「あのオバマっていうのはなんかやたらと演説の名手らしい」という評判が立ち始めたころ、私の大好きな政治コメディ番組「The Daily Show」で司会のジョン・スチュワートが、「さて、話題のオバマは今週もまた、彼の政治家人生において最重要で歴史に残る名演説をしてくれましたよ。では最新の歴史的演説をどうぞ」とからかっていました。ひとりの政治家がその人生においていったい何回「歴史的な名演説」をできるものなのか分かりませんが、米メディアの形容を信じるならばもうオバマ氏はもう何十回となく「一世一代」の歴史的名演説をしたことになります。

……というちょっと斜めな見方はさておいて、やはり今回も「歴史的」と評されたオバマ大統領のカイロ演説。欧米や中東の多くの人(メディアも、メディアで発言している一般人たちも)がそこに「アメリカと中東の新たな歴史の始まり」を期待しています。それは、オバマ氏の演説の内容もさることながら、(1)新しい関係性が必要だという期待感・渇望感に加えて、 (2)オバマなら友好的で感動的でまともなことを言うはずだという刷り込みがあるから。「演説の中身+『オバマ』というイメージ」が組み合わさって、大きな期待や高い評価という相乗効果を生んでいるのだと思うのです。

ブッシュ前大統領を擁護する気持ちはこれっぽっちもありませんが、(オバマ政権嫌いの)ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が論説で、今回のオバマ演説の内容は、ブッシュ政権後期の中東政策とそんなに大差はないのに、と指摘。「オバマ政権の利点のひとつは、本人の生い立ちを説得材料に使うことで、ブッシュ政権の安全保障政策や外交政策をあらかた焼き直し、ブランド名を付け直す(rebranding) ことで正当化してくれるところだ」と強烈な皮肉を飛ばしています。オバマ氏のカイロ演説の内容は、ブッシュ大統領が自由と民主主義拡大のために掲げた計画を、巧みにパッケージし直した(repackaged) ものだった、と。しかもWSJは、オバマ氏の言説は実はブッシュ外交政策と内容は同じなのだから「私たちはむしろ褒めているのだ」と容赦ありません。

一方でブッシュ批判で有名なリベラル系の論客デビッド・コーンも「オバマが語った内容は、ジョージ・W・ブッシュが語ったとしても全くおかしくないものだった」と認めつつ、しかし大事なのはその言葉を「誰が語っているか」だったと指摘。

私自身このカイロ演説は、演説を実際に聞くより先に「歴史的」だの「米中東政策の転換点」だの、「ブッシュとは大違いだ」的論評を先に読んでいたので、実際に演説内容を読んだときは、「……そんなにブッシュ時代と内容が激しく違うかなあ?」と少し首をかしげました(グアンタナモ閉鎖やイラク戦争批判のくだりは別にして)。けれども次に映像でオバマ演説を見たときには、「ああなるほど、これはオバマ・マジックだったのだ」と納得。オバマ氏が語るからこそ、意味を持つ言葉というのは、確かにあるのです。

つまりほかの米大統領(たとえばブッシュ氏)に「アメリカはイスラム文明を尊敬し尊重し、イスラムの人々の幸せを願っている」と言われても、「ふーん……」としか反応できないし、ほかの米大統領に「イスラム諸国は国内を民主化しなくてはならない。罪のない人々を巻き添えに殺してはならない」と言われても「お前が言うな」と、上から目線の説教節に反発するだけだったものが、同じ内容を言う人が違うだけで「こんなことをアメリカの大統領から言ってもらったのは初めてだ」と歓迎されるわけです。

○言葉よりも行いなのだけれども

つまり目先の言葉よりも日頃からの行ないが大事、日頃からの行いが「彼はこういう人」という前提認識を作り出すのだから――ということなのでしょう。けれどもバラク・オバマという人の興味深さは、その「彼はこういう人」という前提認識を作り出してきたのが、行動の積み重ねと言うよりは巧みな言説の積み重ねだったこと(自伝という言葉によって世界に周知した、彼の生い立ちの物語も然り)。

それはイスラム諸国の人たちも、もちろん承知。BBCがイスラム系の人たちのブログやSNSやTwitterの反応をまとめたこの記事によると、たとえばエジプトのエマン・イブラヒムさんは「素晴らしい演説だった。ぜひとも行動を(actions please)!!!!!!!」と書いているわけです。

CNNなど米メディアが大注目していたように、イスラム世界に対する演説で米大統領が「テロ」という言葉を使わなかった。それは実に重要なことです。「バスに乗っているお年寄りの女性を爆弾で吹き飛ばすなど、勇気でも力でもない」と(「テロ」という言葉は巧みに避けつつ)自爆テロを非難したのは、もちろん大事なことです。

しかし米大統領としてそこにとどまらず、「アメリカはイスラエルの友人であってこれは変わらない」と言いつつも、「しかしイスラエルは入植政策を止めなくてはならない(It is time for these settlements to stop)」と言明したのは、確かにこれはイスラム世界にとって「よくぞ言ってくれた!」的な発言でした。アメリカがイスラエルを擁護し続ける限り、アメリカが仲介する中東和平には出口がなく、よって中東の安定化も、イスラムの名をかたったテロの根絶も望めない――そんな悪循環に陥りがちな中東和平のプロセスにとって、これは必要な断言だったでしょう。

さらに、イスラエルとパレスチナの双方に向かって「眠っている子供たちにロケット砲を打ち込むのは、勇気でも力でもない(It is a sign neither of courage nor power to shoot rockets at sleeping children)」と強い調子で批判して、「お前が言うな」と嘲笑されずに済むのも、これを言うのがブッシュ氏ではなくオバマ氏だから。それに尽きます。

本日の言葉に選んだ「common ground」は意訳すると「利害の一致」や「共通認識」ですが、直訳すれば「共通の土地」です。戦後の歴代米大統領が(ブッシュ氏でさえもが政権末期に)、「中東和平実現の立役者」として歴史に名を残したいと取り組んでは挫折してきたパレスチナ問題。オバマ大統領がこの「聖地(Holy Land)」に宗派を問わない「共通の土地(common ground)」をもたらすことができたら、「フセイン」というミドルネームを持つクリスチャンの彼がイスラエル国家とパレスチナ国家の共存共栄実現の立役者になれたら、あるいはせめてその道筋を作ることができたら、その時こそオバマ氏は真に「歴史的な大統領」だったことになるのでしょう。言葉だけではなく、行動によって。


◇本日の言葉いろいろ
common ground=共通認識、利害の一致、見解の一致
Holy Land=聖地
historic=歴史的
rebranding=ブランド再生、ブランド名の付け直し
repackaging=パッケージし直し
action=行動
settlement=和解、定住、入植地
courage=勇気


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◇筆者について…加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。米大統領選コラム、「オバマのアメリカ」コラムフィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。