■本日の言葉「authority figure」(権威的存在)■

いつものゆるいネタの金曜コラムではなく、今週はかなり重いテーマを扱います。英語ともあまり関係ないです。表題のように、人間のあっさりした残酷性についてなので。フランスの国営テレビ局がクイズ番組を装い、一般参加者に「この回答者が答えを間違ったら電気ショックを与えてください」と指示したところ、「回答者(実は俳優)」がどんなにもがき苦しみ悲鳴をあげても、善良なる一般参加者たちは言われるがままに強烈な電気ショックを与え続けたという話です。(gooニュース 加藤祐子)

○間違えたら電気ショック!

少し話がややこしいのですが、フランス国営テレビ「フランス2」が最初から最後まで意図したのは、ドキュメンタリー番組の製作でした。テーマは「人間の残酷性とテレビの危険性」。それを検証する心理学実験の一部始終を、ドキュメンタリーとして記録して番組にしたというものです。この心理実験が大学の研究室内で、被験者の了承を得た上で行われたものなら何も問題はなかったのでしょうが、製作者クリストフ・ニックは、偽のクイズ番組を仕立てて実験環境とした。被験者は、それが偽物の新番組で、かつ目的は心理学実験だと知らされていない一般参加者。

ドキュメンタリー番組のタイトルは『Le Jeu de la Mort(死のゲーム)』。実験の目的は「テレビ番組の中なら人間は何でもするのか。テレビ番組の中なら、他人を拷問さえできるか」実証すること。そのために一般人が出場する偽の新クイズ番組『La Zone Xtrême(超絶領域、とでも訳しますか)』を捏造し、電気椅子に座らされた回答者(実は俳優)がクイズに誤回答するたびに「みなさんは罰として電気ショックを与えるレバーを押してください」と一般出場者に指示。番組サイトの映像を一目見ればお分かりのように、いかにも『クイズ$ミリオネア』的なクイズ番組のセットに見えます。表向きは。

そして『クイズ$ミリオネア』にはありませんが、ほかのバラエティ番組でなら日本でもよくありますよね。回答者が間違えると座席にビリビリっと電気ショックが走り、タレントや芸人が「うわっ!」と叫んで飛び上がる様子をみんなで笑うという(少なくとも、そういう演出がされている)。あるいは顔の間近で風船が大きくなって終いには破裂したり、滑り台の傾斜がきつくなったり。(最近はあまり見ないけど)熱湯に飛び込んだり。あと最近よくあるのは、体にいいのか悪いのか分からない謎の液体を飲まされたり(本当はどういう味なのか分からないけど、少なくともすごくまずいという演出がされている)。でもそれを、芸能人が芸能人相手にではなく、一般人が一般人相手にやるよう指示されたというわけです。しかも電気ショックというのはこの場合、肩こりに効いてあー気持ちいいというレベルの微弱電気ではなく、数百ボルト単位のもの。最大460ボルトもの電気ショックを「罰」としてクイズ番組の回答者に与えたのだそうです。一般人が。

○「死んだの?」と一般人は訊いた

こちらのBBC記事に貼られた動画で見られるように、回答者(しつこいですが、実は俳優)は電気ショックを罰として加えられるたび、「出してくれ! 帰りたい!」と悲鳴を上げてもがき苦しむ(演技をする)。一般参加者たちにその姿は見えないが、悲鳴は聞こえる。演技だと知らない一般参加者たちは、有名美人司会者に指示されるまま、そして大声で「罰だ! 罰だ!」と騒ぐ観客に煽られるまま、回答者に次々と「電気ショック」の罰を与え続ける。最後にこの回答者がぐったり動かなくなると、参加者のひとりがやっと「……死んだの?」と訊くという。

番組によると、「偽のクイズ番組で電気ショックなど実は何もなく、もがき苦しむ回答者は実は俳優」と何も知らされていない一般参加者80人の内、実に80%にもなる64人が、番組の一環として「致死的」なレベルの電気ショックを与えることに同意したのだそうです。

こういうドキュメンタリー番組を「フランス2」が作ったというニュースはまず2月下旬、単なる番組紹介記事として英語メディアに登場。本当にただ単に「こういう変わった実験を記録したドキュメンタリー番組がフランスで製作された」という紹介だけです。けれども3月17日に番組が放送される直前からフランスで大論争となり、「フランスで騒ぎになっている」と伝える形で、英語メディアでも一般ニュースとして注目されています。

論争のポイントは概ね3つ。
(1) そもそも被験者を騙してこんなクイズ番組仕立ての実験をして、それをドキュメンタリー番組にすることの倫理性。
(2) テレビカメラの前に立つと人間は何でもしてしまうのかという、いわゆる素人参加型「リアリティー番組」批判。
(3) そしてさらにもっと深いところで、人間というのは本当に、一定の条件下でそんなにあっさりと残酷性を発揮できる生き物なのかと言う、自分たちの人間性そのものに対する根本的な不安。

私個人は、(1)の番組の倫理性については、 番組単体としての倫理性よりも高次元の倫理命題に応えることが目的だったのだから、結果として一般参加者を騙したという行為の非倫理性はある程度は軽減されるのではないかと思っています。意図せずしてモルモットにされた一般参加者たちの精神的苦痛とか(もしかしたらあるかもしれない)社会的制裁がこれからどうなるかまだ分からないので、これは軽々に比較衡量できる話ではもちろんありませんが。

そして(2)と(3)について言うと、目の前で回答者がどんなに悲鳴をあげて苦しんでいても電圧を加え続けた一般人たちは、演技だと知らされていないし電気も本物ではないとは知らされていないが、「どうせこれはテレビなんだし、どうせ本物じゃないんだろうな、そうだよね、だってまさか、本当にこんなことさせるはずないじゃん、演出でしょ演出、だってテレビだもの、そうだよね、そうに決まってる、そうだって言ってよ、言ってくれるよね、そうだよね」と無意識にでも自問自答していたのではないか、そうだといいな、そうだって言ってよ、だって人間だもの——とつい頭の中がグルグルしてしまいます。