■本日の言葉「common sense」(常識)■

アメリカ東部時間21日夜(日本時間22日午前)、アメリカで「常識が勝利」し、「普通の国」に向かって、歴史的な一歩を踏み出しました。ここで言う「普通」とは、国民の健康を国が守るという先進国としては当たり前の状態を意味します。日本で生まれ育った私が当たり前のものと思っていた国民医療保険がいよいよアメリカでも実現するのです。これぞ「オバマのアメリカ」です。そしてそれを可能にしたのは他でもない、ヒラリー方式でした。(gooニュース 加藤祐子)

○「Yes, we can」 から「Yes, we did」に

今日22日のコラムはお休みする予定で、前回わざわざ告知までしたのですが、「まさか」と思っていたことがあれよあれよと実現したので、書かずにはいられません。「反対していた民主党の下院議員をオバマが説得したらしい」というニュースをあちこちで目にしてからというもの、今日は朝からCNNとBBCに釘付けでした。これが実現すれば、無保険状態にある3200万人ものアメリカ人が救われるのですから。そして100年近くかかった議論が、やっと一里塚を超えるのですから。

米下院は21日夜、医療保険制度改革の関連法案を219対212の賛成多数で可決しました。民主党議員たちが「Yes, we can!」と唱える中で。諸手続きとオバマ大統領の署名を経て、3月中には医療改革法案が医療改革法として成立します。オバマ大統領はこれを「This is what change looks like(変化というのはこういうものなんだよ)」と「勝利宣言」し、「victory for common sense(常識にとっての勝利)」だと呼びました。

「オバマ候補」が大統領選でアメリカ国民に公約した最大・最重要の「CHANGE」が、実現する。この意味の大きさは、いくら強調しすぎても強調しきれません。「Yes, we can」の約束がようやく「Yes, we did」に変わったのです。「そうだ、できる」から「そうだ、やった」に。

オバマ大統領は当選した瞬間から、「歴史的な大統領」と呼ばれていました。「初の黒人大統領」だと(母親も、彼を育てた祖父母も白人なのに)。しかし国民全員に医療保険を提供するという100年越しのこの改革法案可決によって、オバマ大統領は初めて「歴史的」な業績を形にした歴史的な大統領になったと言えます。

そしてそこに至るまでの対立の激しさも、強調しすぎるということはありません。医療保険改革をめぐる論争が去年の夏、アメリカでどれだけ大騒ぎになったかは何度か書きました。「219対212」という票差と、共和党議員全員に加えて民主党議員も34人が反対したという数字は、この対立が今でも、そして今後も、続くことを示しています。

○日本のお手本になるか

対立の焦点は概ね三つ。
(1) 政府は小さくあるべきだ、大きい政府反対。自分や自分の家族が病気になったらどうすべきか国が決めるなんて、そんなのは社会主義だ、ファシズムだ。保険料を上げるな。税金を上げるな。
(2) 政府は小さくあるべきだ。財政赤字をこれ以上、悪化させるつもりか。税金を上げるな。
(3) 中絶に連邦予算を使うな。

——という三つです。ここに、あらゆる冷静な論議も感情的な論議も巻き付いて、渾然一体となって、訳が分からなくなっていたのを、オバマ政権と上下両院は議論をひとつひとつ切り離して、細かく譲歩を重ねて行った。

その結果、オバマ大統領が選挙中から公約していた公的医療保険制度の創設は見送られました。なので、「アメリカに国民医療保険が実現した」と言っても、日本の国民健康保険のようなものが出来るわけではありません。代わりに、国民全員が民間保険に加入できるように、(i) 加入条件を緩和し、(ii) 必要に応じて加入を政府が補助し、そして (iii) 既往症のある人の保険加入を認めず、加入後に病気になった人を除外し、必要な治療に支払いを渋る民間保険会社に対して監督を強化する——ことになりました(強大な保険業界のロビイストを屈服させたというだけでも、その偉業に私は呆然とします)。

アメリカで100年近く議論され続けてきた国民医療保険が、あくまでも民間を使って実現する。これはいかにもアメリカ的な、民主党と共和党の譲歩の産物です。リベラルな福祉を、自由主義経済と市場原理と小さい政府主義で実現しようとする。福祉は国にやらせようという欧州型の社会民主主義とはあまりに違う。もしこの方式で国民全員が本当にきちんと医療保険を使えるようになるなら、疲弊する医療保険制度を抱えて苦しむ国(たとえば日本)にとっても、興味深いお手本になり得るのかもしれません。日本にも、保険料が払えないなどの理由から国民健康保険が使えなくなる人たちがいるのですから(こちらによると、2007年時点で35万人)。

もっとも、この譲歩案に共和党は全員反対したのですが。