国際ニュースの話題をご紹介するこのコラム、今週は国際ニュースとしての鳩山由紀夫首相辞任についてです。くるくる回る「回転ドア」のように総理大臣が変わる日本でまたしても……と書く英語メディアは、「鳩山辞任」は鳩山氏自身の欠点や民主党の失政によるものだけでなく、米オバマ政権にも責任の一端があるのではないかと伝えています。(gooニュース 加藤祐子)

○回る回るよ回転ドア

"Another year, another Japanese prime minister." 英『フィナンシャル・タイムズ』社説のこの言葉が、全てを言い切っていると私は思います。こちらでは読み易さのために「今年もまた、日本の総理大臣が変わった」と訳しましたが、ゴツゴツに直訳すれば「また年が1年、また日本の総理大臣が1人」くらいでしょうか。

ワシントン・ポスト』紙も社説を「日本では4年で4人の総理大臣(Four years, four prime ministers in Japan)」と題し、「日本はその政治リーダーがどうであれ、それにも関わらず、なんとかやっていくようだ。もうずっとそうだった。中曽根康弘や小泉純一郎といった一部の例外をのぞいて、日本の総理大臣というのは、忘れても無理のない人ばかりで、日本の外では実際にあっという間に忘れ去られてきた。しかしその日本水準に照らしても尚、近年の記録は悲惨だ」と耳が痛いことを書いています。日本は政治がダメな分を「官僚や経済界リーダーや勤勉な市民が補うのが当たり前の」国なのかもしれないが、いくらそれでも、4年で総理大臣が4人も変わるのはさすがに「良いはずがない」と。

『フィナンシャル・タイムズ』の別の記事は「日本で回転ドアが回り続ける」という見出しで、相次ぐ政権の短命ぶりを紹介。短命な理由は醜聞や失政や支持率低下など様々だが、と書いた上で、日本では「常に世論調査の結果を強調しすぎるマスコミも、首相を早期退陣に追い込んでいる。マスコミが政権凋落の予言をすることで予言を実現させている」として、「マスコミは、総理大臣がいつ辞任するか予測ばかりしている。その害はとても大きい」というカレル・ヴァン・ウォルフレン氏のコメントを紹介しています。

これは私もそう思います。「どうせすぐ辞める」とか、「辞めてもいいんだ、辞めさせてもいいんだ」という先入観で、私たち日本人の多くは、総理大臣という存在を見ていないか。総理大臣がいくら変わっても自民党政権は変わらないという連続性の中、トップは変わってもかまわない、どうせ誰がやっても変わらないという考え方がしみついていないか。ウォルフレン氏が『日本/権力構造の謎』で書いた責任欠如の構造と似た話ですが、ある意味で日本は大昔からずっと「天皇」とか「徳川幕府」とか「自民党」という連続性のオブラートに自らを包んで、その中でコロコロと名目上の権力者を交換してきた。なので「日本とはそうした国なのだから」と諦めるしかないのかもしれませんが、それにしても、相次ぐ4人の首相が1年前後で辞任というのはいくらなんでもひどすぎる。総理大臣がバタバタ変わっていくこの異常性は、政権が50年以上も変わらない異常性に勝るとも劣らない。

辞任すれば、それで筋が通るのか。そこまで大事に思うことなら、世論の集中砲火を浴びながらでも泥をかぶってでも歯を食いしばってでも、何としてでもやり遂げようとする気概はないのか。「日本人はすぐ政権を放り出す」と外国から思われてしまっていることに、切歯扼腕する思いです。

○オバマ氏のせいでもあるのか

では「鳩山政権」は悪いことばかりだったのか。ワシントン・ポスト社説は「いくらか好感できる部分もある」と。鳩山政権が中国に接近することで対米関係のバランスをとろうとしたのは「delusional(妄想のよう)」だったが、日米同盟の重要性を再認識し、外交政策を実務者だけに任せるのではなく政府の重要課題としたのは、良かったと。さらに、今回は失敗したが、日本で「二大政党制がしっかり固まるのは、日本にとっても日本の友好国にとっても健康なことだ」と。

そして『ニューヨーク・タイムズ』紙は「米国との関係が日本首相の失墜に一役」という見出しの記事で、鳩山政権が短命に終わった責任の一端はアメリカ政府にあるのではないかと指摘しています。「日本人の多くがこの政権の決定的な欠点だと思っていた、首相自身の優柔不断」を最も凝縮した形であらわにしたのが、基地問題の対応だったと。

その基地問題の対応にはアメリカという相手がいたわけですが、同紙のこの記事によると、オバマ政権は鳩山氏がいなくなっても特に残念ではない(would not miss Mr. Hatoyama much)という反応だったと。ホワイトハウスの公式声明は「pointedly(あからさまに、当てつけのように)」鳩山氏に感謝もしなければ賞賛もせず、誰が首相だろうと日米同盟は「強化し続ける」と言うばかり。「政権幹部は(鳩山氏の)政策決定の仕方にしばしば苛立つ様子だったし、オバマ大統領はついに(鳩山氏と)意気投合することはなかった」そうです。

同記事はさらに、「ワシントンでは、鳩山氏の失墜にはオバマ氏も一役買っているとさえ論じるアナリストもいる。オバマ氏が鳩山氏によそよそしく、飛行場問題で譲歩しなかったせいで、鳩山氏の立場が損なわれたというのだ」と書いています。オバマ政権関係者は、そんなことない、鳩山政権とは協力してきたと主張しているそうなのですが。

外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』の発行元で、影響力の強い米シンクタンク「外交問題評議会」の日本研究担当、シーラ・A・スミス氏は同紙に対して、米政権が日本の新政権に最初のころは充分な忍耐力を示さなかったことが問題だと指摘。鳩山政権が短命に終わってしまった「責任は(日米)双方にあった」と発言しています。

もうひとり、スタンフォード大学アジア太平洋研究所の研究者、ダニエル・スナイダー氏も、アメリカ側の責任を指摘。『ワシントン・ポスト』が運営するオピニオン・サイト『Slate』に「米政府が日本の総理大臣を失墜させたのか?」と寄稿し、「日本の世論は今のところ、鳩山と民主党が日米同盟の扱いで失敗したのだと批判している。日本のマスコミがもう何カ月も、そういう文脈で主張を展開してきたからだ。そこには一縷の真実もある。しかし、すぐにではなくてもいずれ、日本の国民は気づくだろう。最大の同盟国アメリカが直接的にではないとしても間接的に、日本の総理大臣の失墜に密接に関係していたことを」と書いています。

スナイダー氏も、「沖縄問題が長引けば、鳩山前首相だけでなく、米政府にも同じくらいこの危機に責任があるのだと、大勢の日本人に示す羽目になる。鳩山に対する日本人の怒りと失望が薄れた後、日本人は米政府に目を向けて、疑問に思うようになるだろう。これが同盟国が同盟相手に対する態度かと。それは当を得た疑問だ」とアメリカ政府に釘を刺しているのです。

英語の表現で「It takes two to tango」という慣用句があります。「タンゴを踊るには二人要る」、つまり「相手あっての物種」「相手がいてこそ」という意味です。タンゴを踊るのも相手がいてこそ、同盟を結ぶのも相手がいてこそ。同盟を挟んで喧嘩をするのも、相手がいてこそ。その相手が望まない交渉ごとを一方的にふっかけて、勝手に自分に締め切りを課して失敗するという鳩山政権の交渉下手は目を覆わんばかりでしたが、「同盟国に対してふさわしい振る舞いというものがあるでしょう」という批判がアメリカ政府に対して、アメリカの専門家の間で出ていることに、少し救われる思いがしました。

もっとも、「あいつとはもう踊らない、別のパートナーを見つけた」と言われてしまう、そんなことになったらダンスはおしまいなのですが……。

(木曜コラムのはずが、今週は遅れて金曜になってしまいました。申し訳ありません)


◇本日の言葉いろいろ

delusional = 妄想のような、欺瞞的な
pointedly = あからさまに、当てつけるように
miss 誰それ = 誰それがいなくて寂しい
・It takes two to tango = タンゴを踊るには二人要る

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◇筆者について…加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊や爆笑問題と同い年。実は奥田民生とも。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学修士課程修了。全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。米大統領選コラム、「オバマのアメリカ」コラムフィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。