■本日の言葉「dare I say it」(あえて言わせてもらうと)


英語メディアが日本をどう伝えているかご紹介するこの水曜コラム、本日は「アメ車」的価値観の象徴そのものだったゼネラル・モーターズ(GM)の破綻を横目に、ニューヨーク・タイムズ紙に載った日産キューブ評について。「キティちゃんのための車」「Wii的」「これぞ日本車」「これぞトーキョー・シック」だというその書きっぷりに、アメリカ人が「日本発」に何を求めているのか、「日本発」をどう類型化しているのか、あまりにはっきり見えて面白かったので。(gooニュース 加藤祐子)

○アメ車的なものの終わりか

デカイ。ともかくデカイ。ピカピカでイカす。一点の曇りもない。ともかく明るい。とんがったテールフィン。キャデラック。シボレー・コルベット……。アメリカが強くてカッコ良くてイカしてた、1950年代くらいまでのアメリカの象徴といえば、GMに代表される「アメ車」的な価値観でしょう。デカクてピカピカして派手で、そして悔しいくらいにカッコいいという。

そのデカくてピカピカで派手なものが、今となってはどうしようもなく非効率で無駄だらけで野暮ったい………にいつのまにか価値観が変わってしまい、その価値観の変遷に対応できなかったせいで、クライスラーに続いてGMもついに破綻してしまいました。非常に大まかに言うと。

そのGMの企業城下町に生まれ育ち、そのGMの「数年で壊れる車を海外の工場で安く作れば車はたくさん売れる」戦略による工場閉鎖のせいで故郷を破壊されたと憤る映画「ロジャー&ミー」をちょうど20年前に発表した映画監督がいます。その人がこのほどのGM破綻について「口をはばかるようなことだが、喜びで一杯だ……と、あえて言ってもいいだろうか(I find myself filled with -- dare I say it -- joy)」と書いているのを読んで、「形勢が逆転したものだなあ…」と思いました。

「もうずっと前から、日本やドイツの自動車作りを参考にしろと、もっと優れた製品を作らなければ競争に負けると、いくら言われても聞く耳をもたなかったGMが破綻したのだ。今や僕たち国民がGMの経営者となった。GMの60%は僕たち国民が所有しているのだから。僕たちのほうがGMをずっと良い会社にできるはずだ」と書いているこの映画監督は、GM告発映画を撮ったときはまだ無名に近く、GM幹部とのインタビューがとれずに突撃取材するしかなかったのですから。この監督というのはほかでもない、マイケル・ムーアのことですが。

○対する日本車的なものの奇妙な魅力

そんなGM的価値観の車があるなら、その対局には非GM的、非アメ車的な価値観の車があるわけで、そうしたものがギュッとつまった象徴的な車がたとえば日産キューブではないかなと思う、そんな記事がありました。

GM破綻の2日前、ニューヨーク・タイムズを眺めていてたまたま見つけたこの記事は、日産CUBEがアメリカに初上陸したことを、おもしろおかしく紹介しています。記事は特にGMに言及してませんが、GM破綻の直前に掲載されたというタイミングが面白い。それに見出しからして「Hello Kitty, your car is waiting(ハロー、キティちゃん、あなたのお車がお待ちですよ)」と、アメ車的カッコよさの対極にちょこんと座っていそうなキティちゃんが。茶化してるのか、と言いたくなるような。けれどもその「茶化してる」的な「軽い」感覚こそが、日本車や日本発のあらゆるグッズの魅力なんじゃないの?——というのです。

いわく、「アメリカ展開にあたって日産はキューブは『携帯端末』なんだと言っている。つまりアップルのiPodやiPhoneの延長線にある同類のものだと言いたいらしい。ただし問題は、アップル製品は得てしてセクシーで、他社の類似製品よりも割高で、つまりはステータスシンボルなのだが、それに対してキューブははっきりオフビートでお手頃感がある。iPhone的な自動車とはキューブではなくて、BMW 335iだ。キューブはむしろ任天堂Wiiに似ている。親しみやすくて面白くて、いかにも日本らしくてとことん奇妙だ(deeply strange in an authentic Japanese way)」と。

ここまではまあ、日本人の私も普通に「ふんふん、なるほど」と読み進みました。そして最後の「deeply strange in an authentic Japanese way」で、「くるぞくるぞー、『奇妙な日本人』論がくるぞー」とワクワク。

記事いわく、日本市場向けの「wacky(キテレツ)」な自動車を米国市場に持ってくるにあたっては、できるだけ「un-American(非アメリカ的、アメリカ的でない)」な状態のまま、現地化など極力しないで持ち込むべきだと。記者の言う「wacky」で「un-American」な状態とは「エビの香りのする消臭剤付きで、ボンネットにはホログラムな飾りが浮かび上がって、ほかの惑星の地図データも入ったGPSが搭載されてるほど」異文化な感じでひとつよろしくと。キューブのようないかにも日本的な車をわざわざアメリカに持ち込む意味とは、まさに「wacky」で「un-American」な「本物の異文化体験」ができるところにあるはずだ、と。

「この手の車はひたすらとことん日本的であるべきだ。それに乗っていると、ハローキティのバックパックを背負いたくなって、意味不明なクイズ番組を見たくなって、クジラを食べたくなる……じゃない、クジラを調査したくなる——っていうくらい」

「キューブはまぎれもないトーキョー・シック(Tokyo chic)そのもの。非対称な後部ウィンドウからダッシュボードのシャギーカーペットみたいなマット、ドアについたバンジーコードにいたるまで。ドアのバンジーコードは日産いわく『ドライブ・マスコットのぬいぐるみ』を固定するのに便利なのだそうだ」

「キューブに乗るのは、速い車に乗りたいからじゃない。クルマにこれといったこだわりのない人たちに(でなければ金を払うのはどうせ両親なので、発言権のない連中に)、日本のファンキーな魅力をありのままの形で届けるのが、キューブの目的だ」

この記者は自分は「近眼の洗濯機みたいに見える」クルマに乗りたいとは思わないけれども、それはどうせ自分が「31にもなった、いまだにCDを聴いているような、ダサいオトナ」だからでしょうと。キューブは、TwitterとiPhoneで常に仲間とつながっていたい今どきの若者のためのクルマなんでしょう、と。

そして好きにしろ嫌いにしろ、キューブは1万5000ドル(約150万円)のクルマには珍しく、好きか嫌いか反応せずにはいられない何かがある。その何かとはつまり「個性(personality)」なのだと。

○合い言葉はファンキーとワッキー

なるほど。クルマにもファッションにもさほど詳しくないのでウカツなことを言うのは危険ですが、キューブというのは渋カジ系というか裏原的というか無印良品的というか、東京で言えば原宿〜渋谷〜代官山〜下北沢あたりの匂いがぷんぷんするクルマだなあとは思っていました。メガネは主張の強いセルフレームでなくてはならない!みたいな。

そう言うオシャレっぽいスタイルというのは、日本では結局のところ「〜系」にくくれてしまう、類型という名の無個性だと私は思っているのですが(そしてそういう類型に属すのは別に悪いことではなく、どの類型を選ぶかが自己表現だと)、渋カジ系がそもそも存在しないアメリカ(少なくともクルマの世界では)にもっていくと、いきなり「個性的」と言ってもらえるのでしょうか。個性を主張するのがあまり得意でない日本人が、日本人として類型的であればあるほど外国では個性的になれる、留学生マジックみたいなものでしょうか。

話はズレますが、私の大のお気に入りの米コメディニュース番組に「The Daily Show with Jon Stewart」というのがあります。米大統領選とオバマ政権について書いているコラムでは何度となくご紹介した、アメリカの若者世論形成に多大な影響力をもつとされている番組です。主にアメリカの政治ニュースやおもしろニュースを茶化しながら伝えるコンセプトの番組ですが、たまーに「ところで日本からこんな面白い話題が」と紹介されると、内容は決まって「踊る二足歩行ロボット」「ポケモン的にかわいい日本発キャラクター」「ホットドッグ早食い!」「ゴジラ!」「キティちゃん!」、「キティちゃんかわいすぎて強すぎ」、「出場者が熱湯に飛び込む異様なゲーム番組」などについて。

つまりアメリカの若者向けテレビ番組でネタにされる日本というのは、得てしてそういう「奇妙で奇天烈でオモシロ変な国」というステレオタイプ。そのステレオタイプの延長線に、「Nissan Cube」は実にうまくのっかってる様子。つまりは(日本についてことさらに関心があるわけでもない大多数の)アメリカ人にとって、ジャパニーズ・カルチャーやジャパニーズ・グッズの価値というのは、あえて言ってしまえば(dare I say it)、「ファンキーでワッキー(wacky)」に尽きるのです……って、言わなきゃよかったかな。

○知らざあ言って……

ここから英語解説です。本日の言葉に選んだ「dare I say it」。直訳すると「言ってしまう勇気が自分にはあるだろうか」。それを噛み砕くと「あえて言ってしまうと」になります。「dare」はこの場合は「あえて」ですが、「挑む」とか「勇気を奮って」とか「無謀にも」などの意味も含みます。形容詞としての「daring」は「無謀」とか「勇敢」ですし。

日常会話ではあまり使う機会がないに越したことはないですが、映画などではよく使われるフレーズに、「I dare you to do なにそれ(なにそれをやってみろ、やってみやがれ)」などの挑戦・挑発があります。そしてやはり映画でよく使われる「How dare you! (よくもそんなことを! 何様のつもりだ!)」という憤慨表現。

あるいは「You wouldn't dare(お前にできるわけない).」「Yeah? Try me(そう思うか? 試してみろよ)」というやりとり。これは具体的に何で観たか思い出せないくらいあちこちに出てくる(気がする)、クリシェ(cliche)的な対決場面のステレオタイプです。

「知らざあ言って聞かせやしょう」((c) 弁天小僧菊之助)ほどではありませんが、どれもちょっと芝居がかった表現。毎日使う人はちょっと「wacky」かもしれませんが、時々つかうと効果的でファンキーかもしれません。ちょっと呆れた感じでクスッと笑ってもらえるでしょう。



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◇筆者について…加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。米大統領選コラム、「オバマのアメリカ」コラムフィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。