■本日の言葉「grain of salt」(塩ひとつまみ=眉に唾 )■


英語メディアが日本をどう伝えているかご紹介するこの水曜コラム、今週は「東京は世界一、大阪は世界二、生活費が高い街」という調査結果についてです。ただし先週のこの水曜コラムに引き続き、「それはいったいどういう生活ぶりをした場合のことですか?」という複雑な思いもつきまとうわけです。(gooニュース 加藤祐子)

○東京は世界一高い…?
 
 コンサルティング会社マーサーが、世界主要都市の生活費ランキングを今年も発表しました。それを受けて英BBCにも英ガーディアンにも、英タイムズにも、米ブルームバーグにも「外国人にとって世界で一番高い都市(most expensive city)は東京」という見出しが載りました。

調査結果によると、昨年2位だった東京がモスクワを抜いて1位に(Tokyo has knocked Moscow off the top spot)。そして2位は大阪だそうです。ただしそれは、東京庶民や大阪庶民の生活がではなく、東京や大阪に暮らす(主に多国籍企業から派遣されている)外国人にとって。つまり先週のこのコラムに続き、今週も「expat Tokyo」が話題です。

マーサー社が世界143の都市の物価を比較するこの統計は毎年恒例のもの。ニューヨークの物価を基準値「100」として、各都市の住宅費、交通費、食費、衣類、生活必需品、娯楽費など200項目を比較。ニューヨークの「100」に対して東京は「143.7」だそうで。おまけに、昨年11位だった大阪がいきなり2位に急上昇したそうです(対ニューヨークは「119.2」)。

ガーディアン紙がまとめてくれた一覧を見ると、昨年のトップ5は、モスクワ、東京、ロンドン、オスロ、ソウルでした。そして今年のトップ5は、東京、大阪、モスクワ、ジュネーブ、香港。

この順位変動の最大原因は、ペトロダラー下落によるルーブルの下落と、ポンド安ユーロ安、そして円高です。日本国内ではデフレの懸念が…とか言われているにもかかわらず。ドルやポンドや円のそれぞれの国内での実際の購買力とかけ離れた形で、1ドル100円を切る円高のせいで、外から見ると日本がやたらと物価高な国ということになってしまうわけです。
 
○デフレ、とか言われてるのに
 
 皮肉なことに、ちょうど一週間前、日本の路線価が全国的に下落したと報道されたばかりです。そして先週のコラムでご紹介したように、都内の高級賃貸マンションもかなり値崩れを起こしているそうで(つまりは、円高のせいで日本のものがドル建て・ユーロ建てでは割高なので買われなくなり、すると日本企業の業績が悪化し、モノが売れないので値段がどんどん安くなりデフレが……という悪循環)。
 

値崩れしているのに「東京は世界一高い街」という統計結果は、かなり皮肉な為替レートのマジックです。そしてもうひとつ、どういうライフスタイルを想定しているかによっても、東京の物価はかなり違うはず。

先週のコラムで書いたように、実に皮肉なことに、欧米の投資銀行やヘッジファンドなどファイナンス関係者が(ある意味)作り出したとも言える昨年来の経済危機のあおりを受けて、主に欧米から東京に来ているファイナンス関係者が、月100万円とか200万円とかの住宅手当を会社からもらえなくなり、あるいはそういうファイナンス関係者がずいぶんと解雇されてしまい、よってそういう限定的な意味での「東京の空洞化」が進んでいるというわけです。

しつこいようですが、港区とか渋谷区で月の家賃100万円〜200万円の物件に住み、家政婦さんやベビーシッターさんを当然のように使い、その他もろもろ何かと物入りな生活をしていた(主に白人の)ファイナンス関係者が、かなりいなくなっていると。

そしてマーサー社の調査はこういう「expat」を対象にしたもの(「expat」とは「外国人居住者」の意味ですが、ここでは主に、大企業の駐在員を意味します)。

調査は、東京庶民の生活ぶりを数値化したものでは決してなく、多国籍企業や各国の外交使節がどうやって各国に人員を配置し、必要な住宅手当や経費や「困難な任地」手当をどう計算するか検討するための、その参考資料としてのデータをまとめているわけです。

だから住宅費といってもそこに含まれるデータは、そういう駐在員や外交官が東京で暮らした場合に想定される生活レベルと、それにかかる費用。とすると(しつこいですが)港区や渋谷区の広さ200平方メートル以上の物件の家賃が計上され、飲食費や交際費といっても港区や中央区のあの店やこの店のお値段が計上されているはず。同じ居酒屋でも、日本人サラリーマンなら誰でも知っているあのチェーンやこのチェーンではなく、西麻布とか南青山とかにあるお洒落なお店の値段で算定されているはずなのです。

 
○安心や安全を換算したら
 

ただ一方で、世界主要都市の「庶民な日常」を物価比較した場合、はたして東京が世界一ではないかと問われたら、そうじゃないとは言いきれませんが。それでも、生活実感として、東京に比べてニューヨークやロンドンがそんなに安いというのはちょっと納得がいかない。

生活実感とは常に乖離する為替レートとは関係なしに、自分の給料に対する家賃や生活費を比較すると、ニューヨークの生活費が100で東京が143.7というのは差がありすぎる。あるいは、東京での買い物が下手すぎる。もしくは、東京で浪費し過ぎているという感じです。

特に(これは短期滞在ではなく、東京に居着いた白人expatたちがよく言うことですが)、酔って帰宅する夜の道をさほど緊張せずに歩ける安心とか、安全とか、(たとえ営業用だったとしても)店員がにこやかなスマイルと丁重な物腰で対応してくれる快適さとか、公共交通機関が(基本的には)清潔で正確だと言う安定感とか、そういうものを全部、数字に換算していったなら、ニューヨーク100で東京143.7ということは決してあるまいよ、と。

だから毎年のことですが、私はこのマーサー調査を毎年、ちょっと眉に唾をつけて楽しみにしているのです。
 
○眉に唾は塩ひとつまみと共に
 
以下は英語蘊蓄です。日本人はこういうとき眉に唾をつけますが、英語圏の人はこういう場合、「ひとつまみの塩と共に受け止める(take it with a grain of salt/with a pinch of salt)」と言います。

眉に唾をつける」のは、そうすると狐や狸に化かされないから——だそうです。一方で「なんで塩と一緒に?」と分からなかったのでちょっと調べてみました。というか何のことはない、ただwikipediaで検索してみただけですが、すごいねwikipedia!

そもそもの語源には説が二つ。ひとつは、プリニウスの「博物誌」というごたいそうなもので、とある毒に対する解毒剤の処方に「塩」とあったので、その毒の効き目はまゆつばだと分かったという逸話。もうひとつの説はローマ時代、暗殺を避けるため毒に耐性を着けるため日頃から少量の毒を飲んでいた将軍が、飲みにくい毒を飲み干すために塩をひとつまみ加えていた、と。嚥下しにくいものを飲み込むためには塩がひとつまみ必要だ——がどこからか、眉唾な情報を聞く際には塩をひとつまみ……に変わっていったのだそうです。

(ちなみに、マーサー社の調査そのものが眉唾だと言っている訳ではありません。誤解のないように。ただ統計というのは往々にしてデータの取り方に前提条件があり、特にこうやって対象や目的が明確な統計にはそのためのバイアスがかかっているので、それを認識しておく必要があるという話です)

 
 

◇本日の言葉いろいろ

・most expensive=一番高い
knock 〜 off = 〜を追い落とす
expat(expatriate)=外国人居住者
・with a grain of salt=塩ひとつまみと一緒に(眉に唾をつけて)

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◇筆者について…加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。米大統領選コラム、「オバマのアメリカ」コラムフィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。