■本日の言葉「bend the rules」(ルールを曲げる、決まりを曲げる)■

英語メディアが伝える「JAPAN」をご紹介する水曜コラム、今週は天皇陛下と中国国家副主席の会見についてです。中国メディアの英語記事は、日本で物議をかもしていることを伝えたり伝えなかったり。そして英語メディアは「小沢一郎氏の影響力の証」という扱い。加えて「お辞儀がなかったよ!」とオバマ米大統領との比較をしたりしています。(gooニュース 加藤祐子)

○要するに剛腕・小沢氏だと

天皇陛下と習近平(シー・チンピン)副主席の会談は、民主党の働きかけによって、宮内庁のルールを外れた異例の形で実現したと報道されています。そしてそれを批判した羽毛田信吾・宮内庁長官の発言を、小沢一郎・民主党幹事長が「宮内庁の役人がつくったから金科玉条で絶対だなんて、馬鹿な話があるか」「内閣の一部局の一役人が内閣の方針についてどうだこうだ言うのは憲法の理念、民主主義を理解していない。反対なら辞表を提出した後に言うべきだ」と批判。それを受けてさらに色々な人が色々と百家争鳴。

これについて実は英語メディアの報道はそんなに多くはありません。英フィナンシャル・タイムズは「Japan bends rules for China(日本が中国のためにルールを曲げる)」という見出しで、東京特派員と北京特派員の連名記事を載せました。記事は「この決定には、与党内でも反対の声が上がった」と指摘。天皇の「政治利用(political exploitation)」を懸念する声が宮内庁長官から上がったことも説明。「民主党は中国などアジア諸国との関係改善を外交目標に掲げている」という背景も説明した上で、鳩山首相の「柔軟な姿勢は中国政府では賞賛された(won praise)」一方で、やはり鳩山氏は小沢氏の影響下にあるままだという意見が「再燃」するだろうとも。

フィナンシャル・タイムズいわく「小沢氏の政治的影響力(political clout)は先週の訪中で、改めて強調された。小沢氏を先頭にする600人超の訪中団には、民主党議員が約140人も同行したのだ。天皇の特例会見を認めようという鳩山氏の決断は、小沢氏が中国首脳と会談した直後のことだった」と。要するにそういうことなんだよ、と言わんばかりの書き方です(ついでに言えば「影響力」と訳した「clout」は本来「殴る、殴る力」という意味なので、まさに「剛腕・小沢一郎」を想起させる表現です)。

AP通信は「Palace politics(宮廷政治)」という表現を見出しに使い、さらに「Royal audience stirs controversy(天皇謁見が物議をかもす)」と。「Royal」は通常「王、王室」に付く形容詞なので、「国王(king)」と「皇帝、天皇(emperor)」の違いとかその手の表現にこだわる人は「Imperial」と使っただろうと思うのですが。いずれにしてもこの記事は「critics are fuming(批判勢力はいきりたっている)」という書き出しで、「政府が期限ギリギリでアキヒトと習の会見を決断したことは(中略)中国政府相手に外交得点を上げようとする新政権が、政治と宮廷の間の一線を超えてしまった行為だと見られている」と(記事は多くの英語記事同様、天皇陛下を「Akihito」と表現しています)。

記事はさらに「いきりたっている」人のひとりとして、安倍晋三元首相の「強い憤りを感じる」という発言を紹介し、その次に谷垣禎一・自民党総裁の発言を「政治と宮廷の関係は非常にデリケートだ。バランスを保つにはきわめて慎重でなくてはならない」と訳して紹介。自民党総裁の発言が元首相の発言よりも下に来るあたりが、いかにも政権交代の影響です。

○中国メディアは物議を伝えたり伝えなかったり

対して英語メディアとは違うと思うのですが、中国の英字メディアはたくさん記事を書いています。ネット上でざっと見ただけですが、英字紙「中国日報(China Daily)」は「VP's audience with Japan emperor 'set to boost ties'(副主席と日本天皇の会見『つながりを強める』と)」という見出し。「VP」というとアメリカでは「Vice-President」で副大統領のことですが、中国の「国家主席」も英語では「President」なので、「副主席」となればやはり「Vice-President=VP」なのですね。

そしてこちらの記事では「この会見は、宮内庁(palace=宮廷、という言葉を原文は使っています)の何十年も続くルールを破った」ため日本国内で「議論が紛糾」し、皇居前には抗議行動が展開した。一方で「中国の専門家たちは、中国政府は今回の民主党の努力を意に留めており、両国関係は今後より緊密になるだろうと見ている」という見解も紹介しています。

こうして中国日報は、副主席の天皇会見が日本で物議をかもしていることに触れています。けれども国営・新華社通信は、少なくとも私が見た限りの英語記事では、副主席が天皇に会った、日本政府要人に会った、経済界要人に会ったとは書いているのですが、論争になっている、物議をかもしている、「controversy」があるという言及は見つかりませんでした。

○「オバマよ見ろ」と?

さらに、フィナンシャル・タイムズの前中国特派員で今の東京支局長ミュア・ディッキー記者は、FT上のブログ記事で「うわあお辞儀がない、オバマ後に来た中国の後継者は背筋を伸ばして」と題し、「バラク・オバマに批判的な人々は当然これを、象徴的な出来事として見るだろう。先日訪日した米大統領は、明仁天皇の前であまりに低くお辞儀をしたので、皇居の塵ひとつない床の上に100円玉でも見つけたのだろうかとからかわれるほどだった。それとはくっきり対照的に、中国副首相で中国共産党の次期指導者と見なされる習近平は昨日、陛下を前にほんのわずかにうなずいただけだった」と。

ディッキー支局長はさらに、アメリカではオバマ氏のお辞儀批判に対して「あれは長身のオバマが、現地の慣習に敬意を表したらああいう姿勢になったまでのこと」と反論しているが、習副主席も相当長身なのに握手とわずかな会釈という、一般的な挨拶で済ませたと指摘。「しかし習はオバマのやり方をまねた方がよかったのかもしれない。中国政府が規則通りの1カ月前までに会見を要請していないのに、民主党の新政権がいかに中国の要求を、頭を下げて受け入れたか(bow to request)、それを巡る物議で地元報道は一杯だからだ。中国政府が特別扱いをゴリ押しして求めて、特別扱いをしてもらったという感覚は、台頭する中国に民主党が親しくしすぎていると懸念する日本内外の勢力にとって、かっこうの攻撃材料になる。アジア地域における中国の態度が最近大きすぎると感じてる人々にとっても、これはかっこうの攻撃材料になるだろう」と。

(アジアにおける日米中のデリケートな三角関係については、同じフィナンシャル・タイムズのこちらの記事が参考になります。日本語訳してあります)

○もう少し伝わるといいのに

ここから先は、あくまでも私個人の意見です。日中関係のためにルールを曲げて、天皇陛下に会見いただいた。それを国事行為の「政治利用」だというなら、確かに政治利用でしょう。ただ日本国の象徴として日本の友好親善のために外国要人と会見していただくという行為は、相手国が日本にとって何らかの戦略的(政治戦略・防衛戦略・経済政略)意味を持つ国ならば、友好親善のための行為も戦略上の行為の一環になります。それは外交や国際関係において当たり前のことだと、私は思います。そういう意味においては天皇陛下の「政治利用」は戦後常になされてきたわけです。だとすると今回、特異的に問題になっているのは「1カ月ルール」が曲げられたこと。宮内庁が作ったこのルールを守ることの是非と、時の政権が外交政策のためにルールを曲げることの是非。議論の焦点はそこにあったはずが、そこに「天皇の政治利用」云々の議論を潜り込ませると、不必要に議論がイデオロギーや感情論にまみれてしまうので、いかがなものかと思います。

そして私が今回のことで一番気になったのは相も変わらず、天皇陛下ご自身がどう思っていらっしゃるか全く伝わらないまま、官僚や政治家や外野ばかりが「陛下のご健康を」とか「陛下のお気持ちが」とか、天皇をよりどころに自分の話を進めていること。極論すればこの姿こそが、戦前・戦中の「天皇の政治利用」と本質的に変わっていないものなのではないかと。激しく大げさに言うならば、天皇陛下がそのことについてどう思っているか全くわからないまま、ただ外野が「統帥権干犯」と騒いで政治利用したのと、問題の根っこは変わらないのではないかと、そんなことを思います。

報道による宮内庁発表によると、陛下は会見冒頭で「今回の訪日によって、両国間の理解と友好関係が一層、増進されることを希望しております。胡錦濤国家主席はお元気ですか」と言われたとか。けれども宮内庁サイトを見ると、これまでの外国要人との会見で陛下がどういうことをおっしゃったか、全く掲載されていないのですね。それこそ公表できない、国家機密に関わるような内容を公表しろというのではなく(というか、そんな内容のやり取りがあったらそれこそ「天皇による政治行為」ですし)、差し障りのない部分だけでも、陛下の色々な発言内容がもう少し速やかに表に出るようになるといいのに、と思います。天皇自身の思いとは無関係に天皇という存在を「政治利用」するのが、日本史の基本ルールかもしれません。これまでずっと。けれどもそれももっと変わっていけばいいのに、と。
 


◇本日の言葉いろいろ

bend the rules = ルールを曲げる、決まりを曲げる
exploitation = 利用、搾取
win praise = 評価を得る、賞賛される
clout = 殴る力、影響力
fume = 煙が出る、いきりたつ
controversy = 論争、物議
audience  =謁見
bow to request = 要請に応じる

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◇筆者について…
加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。