英語メディアが伝える「JAPAN」なニュースをご紹介するこのコラム、今週は「冗談のせいで辞任」した日本の大臣についてです。これについて日本の報道は「国会軽視とも受け取れる発言が問題視されていた」などの真面目で重々しい調子が主流ですが、イギリスのメディアは「下手なジョークがすべってしまい」というニュアンスです。ただし面白がっているわけではなく、この騒ぎは日本固有の欠点が原因だという厳しい指摘もあります。(gooニュース 加藤祐子)

○冗談が下手と言われる辛さはともかく

最初におことわりですが、英語メディアは柳田稔法相の失言と辞任を大きく扱っているわけではありません。英語メディアがこのところ大きく扱っているニュースは、主にアイルランド危機、アメリカでは空港の全身スキャンと身体検査、そして今朝はカンボジア水祭りの大惨事など。英語メディアにすれば「またか」感のある日本の閣僚辞任は、決して大きい扱いではありません。

その上で。閣僚たるもの己を律し、発言に気をつかい、そして笑いのセンスがあまりないなら下手に冗談など言うべきではない、とは思います。アメリカのジョー・バイデン副大統領が日本の政治家なら、「失言(gaffe)」扱いされてしまう下手な冗談のせいで、何度も辞任しているはず(選挙中にオバマ氏のことを「初の言語明瞭でクリーンでかっこいいアフリカ系候補」と呼んだり。議員が政治集会で車椅子に座っていることを忘れて「立ちなさいよ」と言ったり)。ブッシュ前大統領も(貧乏だから人殺しになる訳じゃないと言ったり)。

まあブッシュ氏の諸々は主に失言というよりは「迷言」の部類でしたから(メキシコではメキシコ語を話してる、とか)、ちょっと性質が違います。柳田氏の発言とバイデン副大統領に共通するのは、悪意はないがケアレス、悪意はないが冗談が下手、下手な冗談は時に悪意よりタチが悪い——というところでしょうか。もっとも柳田氏が全国民的というか世界的に「あんたにはユーモア感覚がない」と批判されているのを見るにつけ、自分なら大臣の職を失うよりも「笑いのセンスがない」と言われる方がはるかに辛いと、いささか同情もしています。

複数の報道によると、柳田氏が広島市で開かれた法相就任を祝う会合で口にした「国会軽視の問題発言」は、「法相とはいいですね。二つ覚えておけばいいんですから。『個別の事案についてはお答えを差し控えます』と。(中略)分からなかったらこれを言う(中略)『法と証拠に基づいて、適切にやっております』。この二つなんですよ。何回使ったことか(中略)法相が法を犯してしゃべることはできないという当たり前の話。法を守って私は答弁している」というものでした。

法相が法を犯して話すことはできないのは正に当たり前の話ですが、その前のくだりが、まあ何てケアレスな発言でしょうか。さらに前段には菅首相に任命されて「えーっ、何で俺がと(中略)私はこの20年近い間、実は法務関係は1回も触れたことはない」という、正直すぎるお話もあるだけに、身内の会合だからとつい軽口を叩いた、おそらく自虐ネタで笑いを取りにいったのだろうなあと思わせられる発言内容です。はなはだ不見識だし、キツイことを言えばまったく面白くないですが(ああキツイ……)。

なにより野党に攻撃のスキを与えてしまったのが閣僚として最大の失点だと思います。なので辞任(もしくは事実上の更迭)の是非をここで云々するつもりはありません。ここぞとばかりに攻撃する自民党は、かつて自分たちが民主党から浴びていた失言批判のお返しをしているようで、なんだかイジメや虐待の連鎖を見るようで不快でしたが。それにどう見ても不見識でつまらない冗談に過ぎないものを過剰に重々しく受け止めたり、過剰に糾弾するのは何だか野暮だなあ、と。

なので英『フィナンシャル・タイムズ』紙のミュア・ディッキー東京特派員が、「日本の法相は不見識な冗談を口にしたせいで辞任した。与党・民主党が率いる政権の人気衰退を浮き彫りにする政治余興で最後に笑ったのは、野党だった」と書き、柳田発言は「joke(冗談)」で「自嘲的なユーモア(self-deprecating humour) のつもりだったのは明らか」だったと評しているのが、程よいスタンスだと思います。柳田氏自身が冗談のつもりだったと言ったのは別に言い逃れではなく、本当にそうだったのだろうと私も思うので(繰り返しますが「でも、つまらないよ」と言われる方が、よほどキツイと私は思いますし)。

ディッキー記者はさらに、当初は法相辞任の声に抵抗していた民主党幹部が結局は辞任やむなしと態度を変えたのは、「支持率低下を民主党が深刻に受け止めるようになっていることの反映だ」と書きます。まさにその通りだと私も思います。この「political sideshow(政治余興)」で大事なのは、柳田氏の発言内容ではなく、民主党の支持率低下です。支持率低下は常に、統治能力低下とセットですから。

○国会軽視>女性蔑視?

記事はさらに、柳田発言は辞任するほどのものではないと民主党が当初は軽視していたのは過去の事例と関係があると指摘。自民政権時代の柳沢伯夫厚労相が「産む機械」発言で物議をかもしても辞任せずに済んだ事例や、中山義活経産政務官が「日本の女性は家庭で 働くことを喜びとしている」と発言しても辞任しなかった事例を挙げています。

この失言の並びを、私は少し深読みしてしまいました。柳沢氏と中山氏は女性蔑視ともとれる失言をしても辞任しないで済んだが、柳田氏の「国会軽視」ともとれる失言は辞任につながったという対比が見えるので。ディッキー記者がそれを意図していたかはともかく。つまりは日本の政治家は、自分たちの活動の場である国会をバカにされたとなると、いきり立って辞任に追い込んだが、女性がバカにされてもそこまで騒がなかった、とも言えるのではないかと。私は別にガチガチのフェミニストではないつもりですが、こういうところは日本政界の相変わらずな不快な姿ではあります。

話を「冗談」に戻しますと、ディッキー記者の言う「self-deprecating humour(自嘲的ユーモア、自虐ユーモア)」はイギリス人のお家芸です。だからでしょうか、多くのイギリスメディアは柳田発言を「下手な冗談」という位置づけにしています。

FTと同じイギリスの『ガーディアン』紙では、ジャスティン・マッカリー特派員がやはり柳田発言を「joke」だったと書いています。そして答弁では二つの決まり文句を使い回せばいいというその冗談はむしろ正直だし、「大臣答弁がいかに様式的なものか見たことがあれば、誰も(その内容には)驚かない」と。

やはりイギリスの『エコノミスト』誌も、「The joke that fell flat」という見出しで柳田発言を「下手な冗談」扱いです。「冗談がすべる」ことを英語では「the joke fell flat」と言うのです(「flat」には「気が抜けた」という意味もあります)。