■本日の言葉「politicize」(政治問題でないことを政治問題にする)■

英語メディアが伝える「JAPAN」をご紹介する水曜コラム、今週は「天皇陛下へのお辞儀はどの程度が適切なのか?」についてです。「天皇へのお辞儀の角度」という、そもそも政治問題ではないはずのことを騒ぎ立てて政治問題にしようとしている米保守派が、「アメリカ合衆国の大統領たる者、床に額をこすりつけんばかりのあの卑屈な態度はけしからん!」「しかも日本人にまで恥をかかせた!」と騒ぎ立てています。(gooニュース 加藤祐子)

○オバマ氏のお辞儀は日本人にも恥ずかしい?

天皇陛下の前でお辞儀をする機会が自分にはないのですが、角度は何度くらいが適切なのでしょうか? 10度はさすがに浅すぎるでしょうし、90度は深すぎると思う。45度くらいが、日本人としては適切なのでしょうか? 何が正式かよく分かりませんが、たとえばこちらのページにあった小笠原流の礼法では、オバマ氏のあのお辞儀は(同時に握手していたことを除けば)、そんなに間違ってもいなさそうです。しかしお辞儀をする文化がない国では、45度でも深すぎると思えるのでしょう。ましてや世界唯一の超大国の大統領、民主世界の指導者がそんな!――と、米フォックス・ニュースをはじめとする保守系メディアやブログが例によって、ワーワー騒いでいます。

ちょっと伝言ゲームめいているのですが、まず、米ABCニュースのホワイトハウス担当記者が「日本通の友人からの手紙によると〜」として書いたこの記事があります。その記事中に、「あのお辞儀は低すぎて、日本人の目にも『弱い大統領』の印象を与えてしまった」というくだりがありました。これが「おお、日本通がそう言ってるらしい」という妙な重みを獲得してしまったらしく、(日本の習慣などおそらくほとんど何も知らない)あちこちの米メディアが引用しました。

そしてそれをショーン・ハニティーという、ある意味でとても有名なフォックスのキャスターが引用して、話をふくらませて、オバマ氏のお辞儀は「mortifying(ぞっとする、屈辱的な)」場面だったとぶちまけた。外国の元首に平身低頭する大統領の姿がアメリカ人にとって恥ずかしいというだけでなく、オバマ氏が天皇と「握手しながらあんなに深々とお辞儀したのは、日本人からしても間違いなので、日本人にも恥ずかしい思いをさせた(embarrassed the Japanese, too)」。そして日本だって、あんなに卑屈な米大統領の姿を望んでいない。だからオバマ大統領は同時に、アメリカ人にも日本人にも恥をかかせたのだと。そしてそういう論調を「ニューステレビ局の全米視聴者数1位!」だというフォックス・ニュースでガンガン流したと。

そうでしょうか? 日本人の私は別に、恥ずかしくも気まずくも何ともないですが。オバマ氏のあの姿を見て「恥だ!」とか「ああ、恥ずかしいなあもう!」と思った人は日本人はどれくらいいたのでしょうか? そしてABC記者の「日本通の友人」という人の、「あの姿勢は日本人の目にも『弱い大統領』という印象を与えた」という説明に、日本人として「そうかなあ?」と首をかしげてしまいます。日本人はそんな単純やおまへんでえと、つい絡みたくなるというか。

確かに、握手しながらお辞儀するのはおかしいかもしれませんが、欧米人と握手しながらついつい癖で頭を下げてしまうのは日本人もよくやるミスです。お辞儀をするというのは、玄関で靴を脱ぐのと同じくらい、日本人のDNAに組み込まれている習慣なのかもしれません(欧米で長年生活しても、自宅では靴を玄関口で脱ぐという日本人のどれほど多いことか)。それに、頭を下げずに「なんだこいつ」と思われるよりは、下げておいて「はは、間違っちゃったのね」と思われる方が、人間関係は良好じゃないですか。特に、単なる見せかけだけの挨拶ではなく、相手に本当にきちんと敬意を払いたい時は。

なので、オバマ大統領が天皇・皇后両陛下に好意を抱いているらしい様子は、あの短い映像からも伝わりましたし、お辞儀が浅すぎるよりは深すぎる方がいいとは思います(こちらにある、チェイニー副大統領(当時)の、0.1度くらいしか前傾していない姿勢は、いくら世界に冠たる超大国の副大統領とは言え、お辞儀していなさすぎだと日本人の私は思います。チェイニー氏らしいと言えばものすごくらしいですが。一方で同じ共和党でも、こちらのニクソン大統領(当時)のは、まあ許容範囲でしょうか。ずいぶんにこやかですし)

○「カウチポテト保守」とまで言われて

しかしフォックスに限らず保守系のメディアやブログは案の定、オバマ氏のお辞儀を「grovelling(卑屈)」とか「how low can he go(どこまで低く下げるんだ⇒どこまで堕ちるんだ、の意味にも)」とか「なぜオバマはお辞儀ばっかりするんだ」とか。「『本物のアメリカ人』は誰にもお辞儀などしない」とか(これが『カナダ・フリー・プレス」というサイトに掲載されているのがおかしい)。政治専門ニュースサイト「Politico」で政権スタッフが、「こういうことを政治問題(politicize)にしようとする連中は、本当にどうしようもなくズレていると思う。大統領は儀礼 に従ったまでだ」と反論すると、またこれに保守系ブロガーたちが「あれは儀礼上でも正しくない」とか「ものには限度があるだろう」とかワーワーと。

こういう保守系言論の反応に、リベラル派は「あ〜あ」という様子で、「くだらない」と保守系の言い分を一蹴。外国の元首にお辞儀をするのは当たり前なのに、と。「armchair patriots(肘掛け椅子に座ったまま机上の空論ばかり言う愛国者)たち」がまた「集団引きつけを起こしている」とバカにした論調。この表現は、推理小説好きならピンと来ると思うのですが、「armchair detective(肘掛け椅子探偵=椅子に座ったまま難問を解決してしまう素人探偵の意味)」という言葉のもじりです。要するに何の行動もせずただテレビやパソコンの前にどっかり座ってあーだこーだ文句言っているだけの愛国者という意味ですが、基になっている「armchair detective」の言葉のイメージがけっこうカッコイイので、まだ救いがある。これに対して、「couch potato conservatives(カウチポテトな保守派)」という表現もあって、これは救いようがないですね。言い得て妙だとは思いますが。

そしてそういう「カウチポテト保守」とは違い、オバマ氏のお辞儀を日本人の私は特に恥ずかしいと思わなかったのですが(むしろ演説で「アウンサンスーチー」とすんなり読めなかったことの方がドキドキしました)、でも中継映像を見ながら、「わー、またこれでフォックスやフォックス的な諸々が騒ぐなあ……」と思ったのも事実。というのもオバマ氏には(というかアメリカの保守派には)「前歴」があるからです。だから今回も「またお辞儀したぞ!」と各紙が騒いだわけです。今年4月にロンドンのG20サミットでオバマ氏が、サウジアラビアのアブドラ国王にやはり深々とお辞儀をしたことが、やはり当時もアメリカでは大騒ぎになったので。「本当にお辞儀したのか?」「いや、足下に金が落ちてたんじゃないか?」と議論(?)が飛び交うほど。サウジアラビアの風習を私はよく知らないので、アブドラ国王にどの程度お辞儀するのが適切なのか分からないのですが、腰から90度近く曲げたように見えたオバマ氏の姿に、ちょっとびっくりしたのも事実です。アメリカ人はともかく、お辞儀をする習慣がないので。

またこの同じロンドン訪問の際には、オバマ氏がエリザベス女王とフィリップ殿下にほんのちょっとだけ頭を傾けたのが「不敬だ!」と怒る人も出たり。女王と会うのにミシェル夫人がカーディガンを着ていたのも「不敬!」と怒られたり。ミシェル夫人がエリザベス女王の肩を抱くようにしたのも物議を呼び、「女王に馴れ馴れしい!」派と「親しみがこもってていいじゃないか」派が大議論。実に、だったらどうすりゃいいのよ状態。

ただ今改めてロンドンの映像を見ても私は、深々とお辞儀をする習慣のないイギリスでは、エリザベス女王夫妻にしたようなあの程度の軽い会釈と恭しい握手が適切だったと思います。一方で「お辞儀」という風習を重視する日本では、握手しながらのお辞儀は確かにおかしいけれども、天皇・皇后両陛下の前で少ししか頭を下げなかったらもっと変(そうしたら日本の保守系メディアやブログが非難囂々だったでしょう)。それに身長180センチ以上のオバマ氏が天皇陛下の前で45度くらいお辞儀をしようとしたら、頭があれだけ下がってしまうので、なんだかものすごく頭を下げたように見えるのも、理解できます。

○「ペイリンだったらウィンクしたかも」

そんなこんなで色々な保守系ブログや記事を見ていて辟易していたところ、ロサンゼルス・タイムズのこちらを読んで、くすくす笑いました。同紙読者から寄せられたコメントのベスト10だそうです。続くカッコ内は私のコメントです。

1. オバマは日本の天皇に「靴を磨きましょうか、ダンナ様」と言った。
(⇒これはものすごい人種差別的な発言なのですが、それをあっさり1位扱いして載せる同紙もいかがかと。なぜなら「靴磨き=黒人少年、靴磨きされる側=白人」というステレオタイプな構図があるので)

2. オバマはお辞儀してたんじゃない。地面に日本円が落ちているのを見て、拾おうとしたんだ。だって日本円の方がドルよりずっと価値が高いから。

3. あれはオバマが第二次世界大戦のことを謝った前なのか後なのか。

4. ペイリンだったら天皇にウィンクして、「You Betcha!(もちろんよ!)」と言っただろうね。
(⇒まざまざと想像できるだけに、恐ろしい……)

5. むしろcurtsey(膝を曲げてする女性のお辞儀)しなかったのに驚いた。

6. 共和党がホワイトハウスにいた昔が懐かしい。共和党の大統領ならすかさず、外国要人に向かってゲロしてくれたのに。
(⇒これは父ブッシュ大統領が1992年の来日時、晩餐会で体調を崩し、当時の宮沢首相の隣で嘔吐してしまったことへの言及です)

7. アメリカ初の黒人大統領がラッパーだったら、もうちょっとイカス奴だったのに。

8. ミスター・ミヤギいわく「ルック・アイ! いつも目! いつも目みて!」。
(⇒多くのアメリカ若者に「日本」や「日本人」という国の印象を決定づけた映画「ベスト・キッド」より)

9. 床が埃っぽいわね。どうしてもっとちゃんと掃除しなかったのかしら。そうすれば、もう少しいい写真になってたのに。

10. 要するにね、オバマはムスリムじゃないんだ。オバマは神道の信者なんだよ。
(⇒なるほど。なんでも神前や仏前でお辞儀する場合は90度くらいが適切だそうなので、つまりオバマ氏は現人神であらせられる……いやいや止めておきましょう。こういう下手な冗談、カウチポテト保守には通じないと思うので)

19日追記:ジョン・スチュワートの「The Daily Show」がこのお辞儀を取り上げないはずがないと期待していたところ、期待に違わず、米東部時間17日夜放送分できっちり、これで騒ぐメディアと保守派をからかう内容を放送してくれました。「共和党の大統領を見ろよ、外国要人にお辞儀なんかしないで、えばりまくってアメリカの偉大さを思い知らせてきたおかげで、アメリカ外交はうわあ…うまくいったなあ……」という調子です。


◇本日の言葉いろいろ

politicize= 政治問題ではないものを政治問題にする
mortify =ぞっとさせる、屈辱を与える
embarrass = 恥をかかせる、恥ずかしがらせる
grovelling=卑屈、平身低頭
armchair= 肘掛け椅子
patriot= 愛国者
couch potato= カウチポテト、椅子に座ってポテトチップスをバリバリ食べながらテレビばかり見ている人
conservative = 保守派
curtsey= 女性が膝を曲げてお辞儀をすること、スカートをそっと持ち上げることもある

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◇筆者について…
加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。米大統領選コラム、「オバマのアメリカ」コラムフィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。