○原発事故で論調は一変

私の違和感はともかくとして、大地震と津波のその後を伝えにきた彼らは、ハリケーン・カトリーナやハイチ地震の延長のつもりだったのでしょう。イラクやアフガニスタンの戦場取材を経験している百戦錬磨のベテラン記者もいました。けれどもその彼らにして、原発事故の恐怖はすさまじいものだったのでしょう。福島第一原発で状況が悪化するに伴い、CNNのアンダーソン・クーパーの表情が見るからに変わっていったと私は思います。カトリーナ取材で名を成した彼は、被災者の悲劇を世界に伝える為に来日したのでしょうが、その彼も被災地にいて、被曝の恐怖に怯えていたのではないかと私は思います。もちろんそれを責めるつもりなど、これっぽっちもありません。

そして13日ごろから英語メディアには「Chernobyl(チェルノブイリ)」や「Apocalypse(黙示録、世の終わり)」などの文字が飛び交うようになりました。「チェルノブイリを防ぐまで48時間しかない」という噂も。日本のスポーツ紙と同じで普段からどれだけハデで過剰な表現ができるかを競ってる部分もある大衆紙はもちろんのこと、私がふだんから観ているCNNでも上述のキュン・ラ記者が16日付で、東京から「mass exodus(大脱出)」が起きていると。

これは、フランス政府が在日フランス人に出国勧告を出したのを受けてのことでしたが、そんな「集団脱出、大脱出」と言えるほどの事態だったのかどうか。ちなみに「exodus」とは旧約聖書の「出エジプト記」のことで、ひとつの民族がまるごとごっそりひとつの国や地域を脱出したという含意があります。誤解のないように。私はこの時点で東京を出る・出ないの判断の是非を云々するつもりはありません(私にそれをする知識・能力はありません)。客観的事象の報告として「大脱出」という表現が適切だったかを、疑問視しているのです。

英大衆紙の代表格『The Sun』は17日付で東京を「city of ghosts(ゴーストタウン、幽霊の街)」と呼びました。東京にいてパニックしてしまった英国人女性の話をもとにした記事です。しかし私が知る限り、東京はゴーストタウンになっていないはずです。22日現在の今でも。

『サン』の記事をとやかく言うのもバカバカしいのと同じくらいにバカバカしいのは、米フォックスニュースのミスです。今年1月にはエジプトの位置を間違えて地図にしていたフォックスが、今度は「日本の原発地図」を作って放送したはいいが、そのなかに「Shibuya Eggman」の文字も含まれていたというていたらく(渋谷エッグマンは有名なライブハウス)。

それでもこの手の話は、「どうせサンだから」「どうせフォックスだから」と一笑に付せば済みます。影響力という意味で「どうせ」では済まないのではないかと思うのが、CNNのアンダーソン・クーパーの番組「AC360」でした。

番組では「MITの専門家」を毎日呼んで、福島第一原発の情勢について「専門家」としてコメントをさせていました。この人は時にかなり興奮した様子で「大変だ、これは大変なことだ」とまくしたてていたので、ドキドキしながら観ていた私自身も少なからずダメージを受けました。なのにしばらくして経歴を調べてみたら、この「MITの専門家」は原子力発電や原子物理学や放射線学の専門家ではなく、国際政治・米国政治で学位をとっている核戦略や核交渉の専門家だったことに気づき、私はまた別の意味でダメージを受けたものです。ネットでよく使われる「orz」の意味をご存知でしょうか? 「o」を人の頭だとすると、前に倒れ伏して脱力している人の姿に見えませんか? まさに気づいた時の私の姿です。この人の言っていた内容が間違いだったかどうかというより、それすら判断できない私のような素人視聴者に向かって、その分野の専門家でない人が「専門家」として発言しないでほしいという、正直な思いからです。

いずれにしても、そういう状態がCNNでも続き、そのせいもあってかアメリカでは(薬局で一般人が買えるため)ヨウ化カリウムのパニック買いが起き、同じCNNで今度は「アメリカへの影響はほとんどありませんから。いまアメリカでヨウ化カリウムを飲んでも役に立たないどころか副作用が懸念されます」と注意喚起し火消しに走る始末です。

つまり、これもやはりCNNで観たのですが、ハーバード大メディカル・スクールの放射線学教授ジェイムズ・スロール氏が「多くの人にとって放射能は神秘的なもので、よくわからないもの。それだけにパニックが起きやすい」と話していた、まさにその通りの現象です。パニックしているのは読者だけでも視聴者だけでもなく、テレビ局側も、そこに出演する分野違いの「専門家」もしかり。

Twitter上で見ていても、日本人もそう。外国人もそう。それぞれに必死に情報を集めて、さらに恐怖したり、少し安心したり、あるいは開き直ったり。これまで「知識人」とか「有識者」と思われていた影響力のある人の中にも、周章狼狽してデマを流しまくる人も(国を問わず)います。