○「エダーノ・ニロ」と

話がそれました。いずれにしても原発事故への恐怖からか、リビア情勢の深刻化からか、理由はともかくとして、米テレビ各局のスター記者たちは週半ばから次々と帰国しはじめ、多国籍軍によるリビア空爆開始と合わせて英米メディアの第一の関心はリビア情勢に移りました。

一方でこの間、事態の深刻化と裏腹に(あるいは深刻化するからこそ)Twitter発で多いに盛り上がった「#edano_nero」の話題も、外国メディアは相次いで取り上げました。「Please, Edano, go to bed(枝野さん、お願いだから寝て下さい)」と。あげくには英『テレグラフ』紙が官房長官を「ジャック・バウアー」と呼ぶ始末。CNNでも「いま日本のTwitterで一番トレンドしてるのは、エダーノ・ニロです」とアナウンサーが紹介したので、観ていた私はつい静かに微笑んでしまいました。

いったい何のことかというと、あまりに連日連夜タフに記者会見する枝野官房長官について、Twitterを使う人たちが「枝野、寝ろ(edano nero)」と言い出して、それを共通の合い言葉とし始めた。それを外国メディアまでが伝えたという話です。これはその後、「#sleepforjapan_edano」「#edano_netekure」「#edano_go_to_bed」、「#listen_to_edanono_neiki」、「#we_are_the_edano」、「#edano_my_angel」などとあれこれ進化を遂げ、つい先ほど見た最新版は「#no_edano_no_life」でした……。

さらには第一原発の現場で決死の作業を続ける人たちを、多くの英語メディアが「Fukushima 50」と呼び、英雄だと称えているのは、これは多くの日本語メディアが紹介している通りです。もっとも毎日新聞のこちらの優れた記事によると、現場で作業しているのは50人だけでなく、「多くの作業員が交代で危機回避に取り組んでいる」状態で、作業をしている人たちは「『残っている人がずっと放射線を浴びながら作業していると思われるかもしれないが、実際は法にのっとった管理で人を入れ替えながら作業を進めているので、英雄でも何でもないと思います』と冷静だ」とのこと。この辺も、事実を取材しきれずにイメージが先行してしまいがちな報道の問題をあらわにしていると思います。

とは言うものの、『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』などの情報は、米政府や米専門機関の見解を知るにはとても有意義でした。英語圏のクオリティ活字メディアは、米政府や英政府それぞれの発表と併せて(たとえば半径80キロ圏の退避勧告など)、日本政府の発表を客観視するための、重要な役割を果たしてくれています。政府や東京電力の対応を批判し、東京電力の見通しの甘さや隠蔽体質を批判し、電力会社と規制当局の親密すぎる関係を批判する『フィナンシャル・タイムズ』や『ニューヨーク・タイムズ』などの指摘には、鋭く有意義なものがたくさんありました。経産省と東京電力の密接な関係は、日本の取材陣にはあまりに既知というか大前提で、その密接さはプラスに働くこともマイナスに働くこともあるのですが、そもそも「業界と規制当局が密接だ」という社会の基本的なありかたを、米『ニューズウィーク』誌など外国のクオリティ媒体が指摘するのを見て、これは改めて広く周知する必要があるのだと痛感しました。また米英新聞各紙のサイトは、被災地の写真を大きくたくさん、ギャラリーにしていたので、アメリカやイギリスに住む私の友人たちにも悲劇の規模がより鮮明に伝わったようです。全ての外国メディア報道が混乱しきっていて不正確だったなどと言っているわけでは、もちろんありません(この辺について、また各紙が書いた経済への影響については、また別途まとめます)。

しかしその一方で、国中に何百・何千人と記者をおいている日本の新聞と違って、定常的に日本を取材しているのは良くて数人という海外メディアの情報は、それはそういうものと割りきって見る必要があります。「Fukushima 50」の扱いもそうです。加えて、原発事故について「日本政府や東京電力はきちんと説明していない」という指摘については、もちろん私も東京電力の説明が十分だったなどと言うつもりはこれっぽっちもありませんし、様々な対応のまずさや安全確保に対する姿勢の問題点が今後次々と指摘されていくでしょう。だからといって日本政府がこの危機に際して国民に必要な情報を何も公表していない、あらかた隠しているなどと断定するのは、性急すぎるのではないかと思います(そう断定していた、とある記者に根拠を尋ねたら、すでに政府が公表しているデータを知らなかっただけということもありました)。

それに震災取材をしている海外メディアの場合、上述したような(初めて日本に来た)スター記者たちを筆頭に、まずその記者が、1)日本語が分かるのか、2)日本語が分かるとしても、日本の役所や日本の大企業に特有の記者会見スタイルに慣れているのか、日本での取材経験はどれくらいあるのか——などが、その人の情勢把握能力に大きく影響すると思います。定常的に政府や企業を深く取材し有力なネタ元をたくさんもつ敏腕記者は、日本の外国メディアにも勿論います。その一方で日本人だって、霞ヶ関をあまり取材したことのない記者は、中央官庁の会見スタイルやそこで使われる表現に最初は戸惑うものです(たとえばその昔の私)。中央官庁や大企業による情報の出し方が優れているなどと言うつもりはありません。けれども提供されている情報を受け取って適切に消化できるかどうかには、個々の取材技術の問題も関係してくる。まして取材する側の知識や冷静さも大きく問われてくる。ひいては個人としての人間性も問われてくる。(日本人記者に時折みられる)記者会見で発表する側を罵倒したり嘲笑したりするなど、最低の姿勢です。

けれども、ともかくも不安だからでしょうか、Twitterで見かける一部の日本の人の間には、日本政府は信じられないがフランス政府やアメリカ政府やイギリス政府なら信じるという傾向があるようです。また日本のマスコミは信じないが、CNNやBBCは礼賛するという傾向も一部にはあるようです。外国メディアだから優れているわけではないと私は思うのですが。外国メディアのどの媒体か、どの記者による記事か、あるいは誰がそれを言っているのかを見極めなければ、その情報がどれだけ有用なのか判断はできないはずです。CNNだから正しい、BBCだから正しいわけではありません。

なぜ外国政府の見解が、あるいは外国メディアの情報が、こんなに求められたのか。推測でしかありませんが、もしかしたら「大本営発表」とそれに加担した報道機関に対する根本的な不信感が、敗戦から60年以上を経てなお、私たち日本人の間に根強くあるのでしょうか。「アメリカ政府は隠し事をしない」だなんて、たぶん普段なら夢にも思わない人でも、こういう時になるとつい頼りたくなってしまうのか。外国メディアにもつい頼りたくなるのか。外国メディアは日本の新聞やNHKよりはるかに少ない人数で、場合によっては日本をよく知らず日本語ができない人を送り込んでいることもあるのだけれど。情勢判断や大局的な分析はその人の経験値や見識や世界観をより所にできたとしても、これほど規模の大きい事態についての情報収集は地元メディアにかなうはずがない。米大統領選報道で日本の新聞が米大手にかなうわけがないのと同じです。

○英語話者から英語報道に批判が

現に日本在住が長い英語話者の間では、一部の外国メディア報道に対する「ふざけるな」的批判が起きています。たとえば日本在住の英語話者を中心に、「Journalist Wall of Shame(ジャーナリストの恥の壁)」という情報共有サイトが立ち上がっているくらいです。「これはひどい誤報だ、煽りだ」と思った記事と筆者を記録しておこうというものです。報道萎縮につながるという批判もありますが、東京を「ゴーストタウン」と書いたり、「日本政府は何も発表しない、日本人はだまされている」などと書き飛ばしてそれでよしとされる状況への抑止効果が期待されています。リストを見ると、やはり多く上げられているのは、The Sunなどの大衆紙。残念ながらCNNもなんどか指摘されています。フジテレビの記者たちが首相会見で「笑えてきた」「ふざけんな」などと私語した音声が放送されてしまった件も、会話の内容が(英訳されて)ここに記録されています(とはいえ、このリストの指摘がすべて正しいわけでもなく、いやその内容合ってるからという記事も書き込まれています。読者もまた、混乱しているのです)。

米『サンフランシスコ・クロニクル』紙には、「アメリカのジャーナリストの準備不足が露呈」という批判記事も載りました。いわく、CNNの記者は15日の時点で被災者に「How scary has this been for you?(どのくらい怖かったですか?)」と質問するしか能がないのか、とか。あるいはCNBCは日本の被災者より株価が心配なのか、とか。日本の大震災について「アメリカ人にとってもっとも有益なテレビ報道は、NHKの英語放送やBBCやアルジャジーラだった」とまで。『ニューヨーク・タイムズ』など活字メディアは読み応えのある分析記事を掲載しているが、こういう世界的な大惨事の英語報道の筆頭はどうしてもCNNになる。そのCNNが準備不足で、感情をあまり表に出さない日本人被災者の取材に苦労しており、同じ映像を繰り返し繰り返し流す始末だ、と。そして原発事故が悪化するや、伝える側は「メルトダウン」とか「放射能」とか「カタストロフィ(大惨事)」という言葉を不用意に繰り返し、「まるでそうなるのを待っているかのような印象だった」とも。

そしてイギリスの『チャンネル4』テレビでは、『ガーディアン』紙コラムニストで人気テレビパーソナリティのチャーリー・ブルッカーが、英米の報道ぶりを辛辣に罵倒していました。

いわく、たとえば英SkyTVが被災地画像をつなぎあわせてドラマチックなBGMをかぶせて、まるで映画の予告編みたいな自社CMを作っているのはダメだろうと。ましてそのCMの後に続いたファンタジードラマと何の違和感もないのは、ひどすぎるだろうと。あるいは、日本から太平洋を渡ってカリフォルニアに到達した(比較的小規模な)津波を大騒ぎして「わあ、すごい映像だねえ」と放送するCBSニュースを嘲笑。上述したような大衆紙の見出しも、馬鹿にして批判しています。「とても心配な事態だが、情報を得ようと思ってテレビを見ればみるほど、よく分からなくなる。伝えてる側も、よく分かってないからだ。なんたって先週までケイト・ミドルトンの服の色をちゃんと説明できなかった連中が、先端原子理論を説明してるんだから、何よりそれが一番怖い」とも。