<ボスニアやルワンダでの大量虐殺の衝撃から1997年に設立された戦犯専門部局がアメリカ・ファーストの犠牲に>

レックス・ティラーソン米国務長官は、戦争犯罪との戦いから大きく退却しようとしている。複数の元米政府関係者によれば、米国務省で20年にわたり戦争犯罪の責任を追及してきた「戦犯局」が廃止される見通しだ。

この件に詳しい元米政府関係者によれば、国務省は最近グローバル刑事司法局(戦犯局)の戦犯特使、トッド・バックウォルドに、国務省内の法務局への異動を通達した。バックウォルドは、2015年12月から現在のポストに就いていた。

戦犯局の残りの職員は、同省内の民主主義・人権・労働局に配置転換する可能性があると、元米政府関係者はフォーリン・ポリシー誌に語った。

見張りから降りるアメリカ

ティラーソンは、国務省が優先課題に集中して取り組むよう組織の再編を試みている最中だった。ティラーソンが優先課題に据えるのはアメリカ企業のビジネスチャンスやアメリカの軍事力。そうした方針転換により、人権保護や貧困対策などの分野の予算は既に大幅に削減されている。

「これで間違いなく、戦争犯罪の責任追及は腰砕けになる」と、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの国際司法プログラム所長、リチャード・ディッカーは言う。戦犯特使が「国務省に所属していたからこそ、戦犯局に権威があった」という。

バックウォルドに取材を申し込んだが返答はなかった。国務省の報道官は廃止に関して否定も肯定もしなかった。

戦犯局は1997年、ビル・クリントン政権下のマデレーン・オルブライト米国務長官(当時)が設立した。米外交が大量虐殺の責任追及を重視するという姿勢を強く打ち出すため、戦犯特使のポストを新設。1990年代はボスニアやルワンダの大量虐殺の衝撃から、戦争犯罪を犯した個人を裁く機運が盛り上がった。戦犯局の設立はその流れを受けたものだ。

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戦犯追及の支持者たちは長年、戦犯特使の地位を高くすることこそが、アメリカの外交官僚に大量虐殺という難題と取り組ませる唯一の方法だと考えていた。

戦犯局は20年間、ルワンダや旧ユーゴスラビア、カンボジア、中央アフリカまで様々な国際戦犯法廷と協力し、国際刑事裁判所(ICC)への支持拡大を呼び掛ける原動力にもなった。

【参考記事】国際刑事裁判所(ICC)を脱退するアフリカの戦犯たち

「戦争犯罪の責任を軽んじるアメリカの動きは、世界にマイナスの影響を与えることになる」と、米ノースウェスタン大学法学部教授で初代戦犯特使を務めたデービッド・シェファーは言う。「大量虐殺の加害者に対し、アメリカはもう自分たちを見張っていないという合図を送ることになる」



今度の件は、戦犯局が初めて味わう大きな挫折だ。民主党政権下でも共和党政権下でも、嫌々ながらも支持され続け、ジョージ・W・ブッシュ政権下のネオコン(新保守主義)政治家「ジョン・ボルトン国連大使(当時)の下の暗黒の日々ですら生き延びてきた」のに、とディカーは言う。

もっとも、ドナルド・トランプ政権の発足前でさえ、戦犯局の将来は疑問視されていた。バラク・オバマ前米政権下でも、国務省は戦犯局を格下げして国際麻薬・法執行局へ統合することを検討していた。

国務省キャリア組の弁護士だったバックウォルドが戦犯局の官僚トップに抜擢され、特使の肩書と臨時大使級の権限が与えられたときも、臨時大使はそのまま失効。上院の承認も申請すらされずに終わった。

戦犯局は設立初期から、スーダンのオマル・ハッサン・アフメド・アル・バシル大統領やシリアのバシャル・アサド大統領など、大量虐殺の容疑者の訴追を支援してきた。戦争犯罪人の逮捕につながる情報に報奨金を出す基金の運営も担った。ICCから大量虐殺の容疑で逮捕状が発行されている唯一人の国家元首スーダンのバシルに圧力をかけて、米国連総会への出席を断念させたこともある。

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オバマ前政権下に国務省で人権を担当したマイケル・ポスナー元米国務次官補は、戦犯局が廃止されても、国務省内の別の部局が任務を引き継ぐ可能性は残ると指摘する。

だが独立した「戦犯局」の存在なくして、世界中の戦犯指導者に圧力をかけるのは難しいだろう。

(翻訳:河原里香)

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