<国内外で標的にされてきた歴史とトラウマが生んだ、「金王朝」と平壌を守る鉄壁の護衛を破れるのか>

1968年、韓国の仁川沖の実尾島(シルミド)で31人の特殊部隊が極秘に訓練を受けていた。使命は北朝鮮に侵入して金日成(キム・イルソン)主席を暗殺すること。しかし、彼らが平壌にたどり着くことはなかった。

暗殺部隊として創設された空軍2325戦隊209派遣隊の訓練は苛酷を極め、貧困者や犯罪者も含む兵士は虐待に等しい扱いを受けた。ゲリラ戦の演習では見張り役に足を撃たれ、上官の意に沿う成果を出さなければ棍棒で殴られた。6人が不服従で処刑され、1人が溺死した。

韓国の軍事政権が北朝鮮の最高指導者の暗殺を計画したのは、68年1月に朝鮮人民軍の部隊が韓国の首都ソウルに侵入し、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領の暗殺を試みたことへの報復だ。同年4月には部隊が結成され訓練が始まったが、71年に暗殺計画は撤回された。

しかし、島に取り残された部隊の戦意は失われていなかった。その年の8月に兵士24人が蜂起。鍛え上げられたスキルで18人の見張り役を殺害し、船を盗んで仁川に渡り、バス2台を乗っ取ってソウルに向かった――自分たちを殺人兵器にしろと命じた人物を殺害するために。

だが、彼らは大統領官邸にたどり着くことはできなかった。ソウル市内の路上で銃撃戦となり、手榴弾で自爆する者も。生き残った兵士も死刑に処された。

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もっとも、彼らが平壌を目指したとしても、結果は同じだっただろう。暗殺作戦を実行しても生きて帰れる可能性がほとんどないことは、上官たちも分かり切っていた。

北朝鮮が侵入者を寄せ付けないことは周知の事実だった。機密解除されたCIAの文書によると、60年代後半に韓国の情報機関は、北朝鮮領内で諜報活動を行っても「人員を失うだけの可能性が高く、成果はゼロかゼロに等しい」ため「真剣には努力しなかった」。

あれから半世紀近く。今なお北朝鮮に君臨する金一族に対し、再び暗殺計画がうごめいている。北朝鮮の弾道ミサイルと核兵器の開発は加速しており、ジェームズ・マティス米国防長官も、地域の最大の脅威で、アメリカの直接的な脅威だとしている。

北朝鮮の核開発を食い止めるための政治的な選択肢は、あまり希望が持てない。米国防総省は軍事的な選択肢も検討しており、16年の米韓合同軍事演習には、北朝鮮首脳部を襲撃する任務を帯びた部隊が参加したという見方もある。

韓国は、軍事独裁政権の過去も、個人的な報復から敵将の暗殺を試みた過去も忘れようとしている。しかし、核の脅威が高まり、度重なる示威行動にいら立つ韓国政府は、戦争が始まれば直ちに金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長を殺害するとの計画を隠そうとしなくなった。



命を賭して将軍を守る

もっとも、金一族にとって暗殺の恐怖は、現実でも想像上でも長い歴史がある。弾道ミサイルに点火するはるか前の、日本の植民地下にあった30年代から共産主義圏が崩壊する90年代まで、さまざまな暗殺計画が企てられてきた。

しかし、国内外の勢力から追い詰められても、彼らは生き延びてきた。それは持ち前の生存本能や、不十分な暗殺計画のおかげであり、護衛団と秘密警察と情報機関の緻密なネットワークの成果でもある。

金一族が初めて命を脅かされたのは30年代後半のこと。中国共産党が率いる抗日パルチザン運動に参加した金日成は、満州と朝鮮でのゲリラ活動で名を知られるようになった。日本の憲兵は彼を標的に「特殊活動部隊」を結成し、恩赦を餌にゲリラ兵を寝返らせた。

彼らは日本側と内通していた情報提供者と共に、自分たちの指揮官だった人物を狙った。この裏切りの教訓を、金日成は生涯、忘れることがなかった。

ゲリラ時代に金日成を守った護衛団の中には、後に最初の妻となり、金正日(キム・ジョンイル)総書記を生んだ金正淑(キム・ジョンスク)もいたとされる。彼女は金日成の盾となり、葦の茂みに潜む敵兵をライフルで撃ち殺したという。ほとんど伝説の域だが、命を賭して最高指導者を守るというプロパガンダとして語り継がれている。

第二次大戦後の最初の暗殺計画として確認されているのは、46年3月1日に平壌駅前の広場で起きた未遂事件だ。

朝鮮の独立運動記念日の集会で演壇に立った金日成を目がけて、南朝鮮が送り込んだとされる暗殺犯が手製の手榴弾を投げた。列席する要人の護衛に当たっていたソ連兵のヤコフ・ノビチェンコが身を投げ出して弾を遮り、右手を失った。

事件は、金日成とノビチェンコの間に生涯にわたる友情を生んだ。80年代半ばには、ソ連と北朝鮮の「友情」を描く陳腐な伝記映画の題材にもなった。

ちなみに事件の真相について、ソ連軍特別プロパガンダ部門の副責任者で、北朝鮮指導部と協力関係にあったレオニード・バシンは後に、より懐疑的な見方を記している。その主張によれば、手榴弾は金日成から約30メートル離れた地点に着弾したため、大した脅威ではなかったという。



40年代に金日成の身を守った護衛団を基に、北朝鮮は世界で最も抑圧的な警察国家の1つ、金一族の利益のために存在する国家へと変貌していく。抑圧のために構築されたシステムの内部には、幾重もの層から成る警備体制が出来上がった。

その中核は通称「第6局」から選抜される5〜6人のエリートだ。第6局は最高指導者の護衛を担う部署。アメリカのシークレットサービスに相当するが、人員の規模は約20倍に及ぶ。

金一族をはじめとする上層部の身辺警護を担当するのは、兵力約10万の護衛司令部。そのうち、長年にわたって忠誠心を示し続けた高官のみが金一族の身辺を警護する。

この中心層を囲むのが、護衛司令部のほかのメンバーから成る層だ。彼らは金正恩の行事出席や公的訪問の際に周辺を警護するほか、各地にある最高指導者の邸宅の警備を行う。

首都防衛を担うのは、平壌防衛司令部と平壌防空司令部だ。戦争勃発、あるいはクーデター発生時に市内で戦闘などの任に当たる。そして最後にして最も重装備の層を構成するのが、北朝鮮人民軍第3軍団。西部の港湾都市・南浦から平壌に至る地域を警備している。

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体制離反やクーデターの動きを早期に察知すべく、監視機関も設置されている。国家安全保衛部が密告者ネットワークを通じて市民の日常生活を監視する一方、朝鮮労働党幹部の監視は組織指導部が実施。軍内部では、保衛司令部が軍人担当の秘密警察として機能している。

これら対内諜報・治安機関の任務遂行を助けているのが、最高指導者への個人崇拝の徹底だ。この国では、金一族は神に等しい「信仰」の対象。その殺害をもくろむのは、多くの国民にとって単なる裏切りどころか冒瀆行為だ。皇帝支配時代の中国と同様、「逆賊」は一門そろって処罰されるという恐怖が浸透し、暗殺計画の防止に役立っている。

存在を消された第6軍団

最高指導者の護衛体制が最大の試練にさらされたのは90年代、金日成から金正日への世代交代期だ。当時、89年のベルリンの壁崩壊と91年のソ連崩壊で東側諸国がドミノ倒しになり、北朝鮮も後に続くのではないかという声は多かった。

地政学的な変動だけではない。金正日が後継者となることへの不満が国内に漂い、北朝鮮から漏れ聞こえるクーデター計画や暗殺未遂事件の噂が日本や韓国のメディアを騒がせた。



90年代前半にはアン・チャンホ上級大将ら、ソ連のフルンゼ陸軍士官学校への留学経験がある軍人30〜40人による暗殺計画の存在が報じられ始めた。彼らは、92年4月の朝鮮人民軍創建60周年記念軍事パレードの最中に、戦車砲で金父子を殺害する計画だったという。

「アンが解任・逮捕されたこと、ソ連や東欧の軍事大学卒業者が捜査対象になったことは、メディアの報道や脱北者の発言など多くの材料によって裏付けられている」。ジョンズ・ホプキンズ大学米韓研究所の客員研究員で、北朝鮮を専門とするマイケル・マッデンはそう指摘する。「だが、アンが実際に計画に加担したかどうかは別の話だ」

さらに金日成が死去した翌年の95年には、北東部の咸鏡北道を拠点とする北朝鮮人民軍第6軍団がクーデターに向けて動いたとされる。

「クーデター計画は治安機関が察知したのでなく第6軍団内部から漏れた」と、米海軍分析センター国際情勢グループ責任者で、北朝鮮治安機関に詳しいケネス・ゴーズは言う。「第6軍団長(だった大物軍人の金永春〔キム・ヨンチュン〕)が国家安全保衛部長に密告した」

本当にクーデターが企図されたのか、それとも(ゴースが指摘するように)実は資産の獲得争いが起きていたのか、疑問の余地は残る。いずれにしてもこの一件は、「完全な支配」を建前とする体制にとって憂慮すべき出来事だった。

第6軍団は過酷な処分を受けた。「最も信頼できる話によれば、上級指揮官を縛り上げて兵舎に残し、建物に火を放った」と、マッデンは話す。現在、第6軍団の存在は北朝鮮の公的記録から抹消されている。

金正日は激動の90年代を乗り越えて権力基盤を固め、息子の正恩への世襲を確実にした。しかし核開発の進展で北朝鮮による核攻撃の可能性が高まり、先制攻撃における北朝鮮の指揮系統の攪乱が新たな急務となっている。

「これは珍しいことではない。皆が話題にし、大騒ぎしているが、北朝鮮には標的になる指導部の施設がいくらでもある」と元米特殊部隊将校で在韓特殊作戦軍にいたデービッド・マクスウェル陸軍大佐は言う。

「指揮統制施設、平壌からの移転施設、戦争中に金正恩が使用するかもしれない別荘――以上は全て少なくとも監視対象に、極端な場合はその場に居合わせた人々も標的になる可能性がある」

戦争において敵将を倒すというのは目新しい考え方ではないが、韓国軍は近年、北朝鮮トップを暗殺する能力を従来以上に声高にアピールしている。韓国陸軍の特殊戦司令部は昨年、先制攻撃が必要となった場合に金正恩らを暗殺する特殊部隊を創設すると発表。一方、北朝鮮は米韓の新奇な企てを「北朝鮮に対する生物化学兵器を使った国家ぐるみのテロ」と非難した。

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イラク侵攻の二の舞いに?

だが韓国の特殊部隊が標的の金正恩に近づく道のりは険しい。まず北朝鮮に侵入するのに、米空軍特殊作戦司令部か米陸軍の特殊司令部の精鋭ヘリ部隊である第160航空連隊の力が必要になる。黄海にある韓国と北朝鮮の軍事境界線、北方限界線(NLL)を越えたら、北朝鮮人民軍の第3軍団が海からの侵入者を平壌に入れまいと待ち受けている。

「第3軍団と第4軍団の守りが突破されたら、敵は首都を区画ごとに防衛して時間を稼ぎ、その間に金正恩と護衛司令部が指導部を北朝鮮中北部に移す構えだ」と、北朝鮮軍に詳しいジョセフ・バーミューデスは言う。



米軍特殊部隊は9.11同時多発テロ以降、その手の奇襲攻撃をパキスタンやソマリアやリビアで何度も実施し、逃走中のテロ組織幹部を拘束・殺害してきた。だが、重武装の国家を相手に同じことをやろうとしても勝算はかなり低い。「映画の題材にはいいだろうが、現実には一筋縄ではいかない」と、マクスウェルは言う。

最も現実的なのは、アメリカか韓国が集中砲火を浴びせることかもしれない。昨年9月、北朝鮮による核実験を受けて、韓国は「大量反撃報復」計画を発表。核攻撃の兆候があれば金正恩ら指導部に関係のある区域を弾道ミサイルや巡航ミサイルで壊滅させる構えだ。その4年前には巡航ミサイル「玄武3」などの公開試験を実施。平壌の錦繍山記念宮殿を模した標的にミサイルをぶち込んだ。

しかし指導者のいる場所にたどり着くための情報がなければ、ミサイルも特殊部隊も無意味だ。北朝鮮のような手ごわい標的について、その手の機密情報を入手しようとするのは無謀とも思えるが、韓国側は強気だと、ミドルベリー国際大学院東アジア不拡散プログラムのディレクターであるジェフリー・ルイスは言う。

「本当の意味で成功したためしはないのに、軍や政治の指導者は指導者暗殺作戦に引き寄せられる」

似たような例としてルイスは03年のアメリカによるイラク侵攻を挙げる。米軍は当時スパイからの情報を基に、バンカーバスター(地中貫通爆弾)と巡航ミサイルを搭載したステルス機をサダム・フセインが潜伏していると思われる場所に派遣した。しかし実際には独裁者の姿も幹部用の塹壕も見当たらず、フセインが拘束されたのはそれから8カ月後だった。

仮にアメリカか韓国が金正恩に対する先制攻撃に成功したとしても、北朝鮮は通常兵器を使って韓国と在韓米軍(2万5000人)に壊滅的な打撃を与えることができる。金の死後、北朝鮮人民軍が武装解除に応じるかどうかも定かではない。マティス国防長官はアメリカが北朝鮮との戦争に勝ったとしても「人命被害は朝鮮戦争以降最も深刻になる」はずだと語った。

金正恩が死んでも北朝鮮の問題は終わりはしない。金一族が代々受け継いできたのは政権だけではないからだ。北朝鮮の「王家」は数十年に及ぶ暴政と国民の窮乏という形で北朝鮮社会に深く根を下ろしてきた。

国が今後の紛争の痛手からすぐに立ち直り、よりよい社会を築ける見込みは薄い。結局、北朝鮮の人々は金一族の最後の1人が権力の座を追われた後も、長い間、最高指導者たちの亡霊に苦しめられることになるだろう。

金一族最後の1人の抹殺作戦が血なまぐさいものになるのは必至。だが本当に大変なのはそれからかもしれない。

From Foreign Policy Magazine

[2017.7.18号掲載]
アダム・ロンズリー(ジャーナリスト)