<つい最近までタブーだった「EU残留」が、イギリスで公然と語られ始めた。EU離脱に伴う痛みが明らかになるにつれて国民の間にはブレグジットに対する疑いが広がっている>

イギリスのテリーザ・メイ政権は今週、ブレグジット(イギリスのEU離脱)に向けた本格交渉を開始した。もっとも、交渉によってどんな結果を求めているのか、イギリスで知る者は誰一人としていない。

ブレグジットをめぐってメイ政権が混乱に陥り、閣僚たちの内紛が勃発する中、結局イギリスはEUに残留すべきだし、きっと可能だ、と信じる声が一部で高まっている。

残留に言及することは、つい最近まで政治的社会的タブーだったのが嘘のようだ。昨年6月の国民投票で52%対48%の僅差でEU離脱派が勝利した後、離脱はイギリス全体が従うべき「国民の意思」で、反対や逸脱は一切許されないと国全体が信じ込まされた。

それが今では、一部の政治家たちがブレグジットをやめる、つまりEUに残留する可能性を公然と語り始めている。親EUの少数野党、自由民主党の新党首で人気の高いビンス・ケーブル下院議員や、非常に人気のないトニー・ブレア元首相などがその例だ。

EU離脱「間違い」が初めて上回る

そもそも今更イギリスがEUに残留することは可能なのかを問いかける記事も出始めた。「ブレグジットを阻止する運動が加速している」と、英紙フィナンシャル・タイムズのコラムニスト、ゴードン・ラックマンはと書く。

イギリス世論が残留に傾いたとする決定的な世論調査はまだないが、世論の風向きが変化してきたのは確かだ。英世論調査会社YouGovが6月に実施した世論調査では、イギリスのEU離脱が間違いだと回答した割合が、45%対44%という僅差とはいえ、初めて正しいという回答を上回った。

【参考記事】「ブレグジット後悔」論のまやかし

ほんの1年前、メイは「ブレグジットはブレグジットだ」と宣言し、英首相に就任した。そのスローガンは、何があっても国民投票の結果を実行するという確固たる決意を表していた。

【参考記事】ブレグジット後も、イギリスは核で大国の地位を守る

今年1月には「悪いディールを結ぶくらいならノーディール(合意なし)の方がいい」と言ってEU単一市場へのアクセスも断念する「ハードブレグジット」路線を打ち出し、3月にはEUに対し2年後の離脱を正式に通告した。

その後、すべてがくるい出した。メイはやらなくてもよかった解散・総選挙を6月9日に前倒しして実施すると発表。ブレグジット交渉を始めるにあたり政権基盤を盤石にしようと狙ったからだが、賭けは裏目に出た。与党・保守党は過半数割れの惨敗となり、メイはたった10議席のために北アイルランドの保守政党「民主統一党(DUP)」と連立を組まざるを得なくなった。



メイは求心力を強めるどころか、ほぼすべての権威を失った。それでも首相の座に留まるのは、与党・保守党が後任争いで分裂しかねないのと、さらなる総選挙を何としても避けたいからだ。

政権内の対立は激しさを増すばかりだ。フィリップ・ハモンド財務相は、EUの27カ国と親密な関係を維持しようと企て、「ブレグジットを妨害」しようとしていると非難されている。

こうした衝突や混乱には3つの理由がある。

第1に、昨年の国民投票は、EU離脱という選択で将来のイギリスとEUの関係がどう変わるのかを一切示さなかった。

国民投票で残留か離脱かの議論は一旦収まったが、ハードブレグジットかソフトブレグジットか、ノルウェー型かスイス型か、という議論はそこから始まった。

第2に、残留派の一部が離脱派の勝利後すぐにも起きると予測した経済の崩壊は現実にならなかったものの、離脱の影響は少しずつ目に見え始めた。

【参考記事】「ブレグジット後」の経済予想が外れまくった理由は?

法律上はおそらく可能

英通貨ポンドは下落し、成長率は鈍り、投資は減速、物価も上昇し始めた。EUからの移民が大挙して本国に戻るにつれ、熟練労働者も不足する。

第3に、メイが総選挙で大敗を喫したことで、国民はもはやハードブレグジットを求めていないことがはっきりした。そこに、他の様々な離脱の選択肢が出てくる余地ができた。

しかし、多様な選択肢とそれに伴う困難を知れば知るほど、ブレグジットそのものへの疑問も強まっている。

保守党ほどではないが、最大野党の労働党も党内の意見が分裂している。ブレグジットに必要な膨大な数の法律を通過させるのは、途方もない悪夢になることが明白になってきた。

ブレグジットの撤回は、少なくともイギリスがEUを離脱する期限とされる2019年3月までなら、恐らく手続き上も法律的にも可能と思われる。

だが、現時点では撤回を訴える政治家はわずか数人。問題は、ブレグジットがもたらす試練が、離脱の期限までに世論を残留へと心変わりさせるのに十分な影響力を持つかどうかだ。

(翻訳:河原里香)

This article first appeared on the Atlantic Council site.


レジナルド・デール(米大西洋評議会シニアフェロー)