<フィリピンのドゥテルテ大統領が麻薬犯罪の取り締まりを強化した結果、取引がインドネシアに移ってきた。ならばこちらもドゥテルテ同様の強硬手段を使わざるを得ない>

インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は7月21日、麻薬犯罪の取り締まりにあたる警察官、麻薬捜査局などの捜査官に対し「現場で抵抗する犯罪者には躊躇なく発砲し射殺せよ」との指示を出した。これを受けて翌22日にはティト・カルナフィアン国家警察長官も「インドネシアはフィリピンの次の新たな麻薬密売の市場になっている」と警告し、特に外国人麻薬犯罪者で抵抗する者に対しては容赦なく発砲するように改めて指示した。

大統領、国家警察長官が相次いで麻薬犯罪者への射殺を含む厳しい姿勢を表明した背景には、7月13日に首都ジャカルタの西方、バンテン州セラン県のアニェル海岸で摘発された覚せい剤密輸事件がある。これは同海岸で台湾人4人がゴムボートで沖合から上陸、車両に積み替えて建物に50個の箱を搬入しようとしていたところを張り込み中の捜査官が摘発、2人を逮捕、車で逃走を試み捜査官をひこうとした1人を射殺、1人が現場から逃走した事件だ。

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この時押収した50箱からは総重量1トンの覚せい剤メタンフェタミンの結晶が押収された。この量はインドネシア麻薬捜査史上どころか東南アジア史上でも1回の押収量としてはおそらく最大級という規模だった。

外国人が大量の覚せい剤、麻薬をインドネシアに密輸し、これが国内市場に流れるほか、インドネシアを経由して第3国に流れるケースも増えるなど近年インドネシアは国際的な麻薬密輸ルートの一端を担い、国内の麻薬犯罪も増大傾向にある。

厳罰主義も後を絶たない麻薬犯罪

その背景として東南アジアの一大麻薬密輸拠点だったフィリピンが昨年6月30日に就任したドゥテルテ大統領による「超法規的殺人も辞さない」という強硬な姿勢で麻薬犯罪撲滅に乗り出したことが大きく関係している。

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インドネシアの国家麻薬委員会(BNN)関係者によるとフィリピンに経由地として流入していた中国、香港、台湾からの麻薬がフィリピンでの摘発を警戒して直接マレーシアやインドネシア、タイに密輸されるケースが増えているという。とくに広大な群島国家で海路での密輸が容易なインドネシアが格好の標的となっていると指摘する。

BNNや国家警察のこれまでの捜査では1トンの覚せい剤は台湾、マレーシアを経由してインドネシアに到着した小型船(135トン)からアニェル海岸の沖で小型のエンジン付きゴムボートに積み替えられて海岸に深夜から未明にかけて密輸されたものという。



その後当局はシンガポールに近いインドネシア領バタム島沖に停泊している小型船を発見し、船を差し押さえるとともに船内にいた台湾人5人を逮捕した。台湾人は1人4億ルピア(約320万円)の報酬で運び屋を請け負ったと供述している。

インドネシアは麻薬犯罪には死刑を含む厳罰主義で臨んでおり、外国人を含む麻薬犯罪での死刑囚の死刑執行に国際社会や人権団体の反対を押し切ってジョコ政権はこれまでも死刑を執行してきている。

しかしながら麻薬犯罪は後を絶たず、7月15日には覚せい剤4キロを運んでいた主婦を含む4人がスマトラ島パレンバンで逮捕されている。4人はアチェ、メダンと運んだ覚せい剤を次の運び屋に渡す直前で逮捕されたが、覚せい剤は最終的にはバリ島に運ばれる予定だったとしている。

ジョコ大統領は「発砲をためらうな」とした演説の中で「インドネシアは今、麻薬非常事態にある。密輸に関係した外国人で抵抗する者に躊躇なく発砲せよ」と危機感をあらわにしている。

今回の1トンの覚せい剤摘発は約2か月前に台湾当局から「中国からインドネシアに麻薬が密輸される」との情報がもたらされ、内偵、情報収集を続け、当日待ち伏せして摘発に成功した。

今回の成果についてウィラント政治・法務・治安担当調整相は「約500万人を覚せい剤の被害から救ったことになる」と高く評価した。

刑務所も麻薬犯で超過密状態

ジャカルタ西郊のタンゲランにある女子刑務所に収監されている女性服役囚の約80%は麻薬関連犯罪で、終身刑や懲役15年以上が大半だ。南アフリカ人、タイ人、中国人という外国人女性服役囚も含まれている。

服役囚に1人に割り当てられたのはシングルベッド1個分のみ、一部屋に3人から4人が2段ベッドで収容され、部屋にトイレ兼シャワー設備がある。冷房がないため、部屋で過ごすより出入りが比較的自由で外気のある廊下や屋外で大半の服役囚は一日を過ごしているという。

この女子刑務所もそうだが、インドネシアの各刑務所はどこも過密状態で、過酷な環境から脱獄や騒動が後を絶たず、ジョコ政権は麻薬対策強化とともに刑務所設備の拡充という問題にも直面している。

こうした刑務所の過密状態、麻薬犯罪の主婦、学生、若年者への深刻な広がりを受けた結果という訳でもないが、今回フィリピンのドゥテルテ大統領の「超法規的殺人」を容認するような強硬な麻薬対策に近い「射殺を躊躇するな」という厳しい指示にインドネシアは踏み切ったこと。これはドゥテルテ大統領と同じようにジョコ大統領にとって、麻薬対策がテロとの戦いに勝るとも劣らない重要かつ喫緊の課題であることを内外に改めて印象付ける形となった。

[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



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大塚智彦(PanAsiaNews)