習近平を国家主席にまで出世させたのは江沢民とその大番頭の曽慶紅である。政治人生最大の恩人で、政敵ではない。孫政才失脚を権力闘争と位置付けたのでは、中国の真相は見えない。歪曲した日本の中国報道を糾す。

胡錦濤政権「チャイナ・ナイン」の権力構造

筆者はかつて、胡錦濤時代の「中国共産党中央委員会(中共中央)政治局常務委員会委員9人」を「チャイナ・ナイン」と名付け、その権力構図と激しい権力闘争を描いた(『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』)。

それは胡錦濤政権(第二期:2007年〜2012年)であるにもかかわらず、チャイナ・ナインの中で胡錦濤(中共中央総書記、国家主席)の味方をしてくれる人は温家宝(国務院総理=首相)と李克強(国務院副総理=副首相)しかおらず、残りの6人はすべて江沢民派によって占められていたので、多数決議決をしても胡錦濤の提案は必ず否決されていたからだ。

このことを「政治は中南海を出ない」という言葉で中国人民は表現していた。

その前の江沢民政権(第二期:1997年〜2002年)のとき、中共中央政治局常務委員会委員は「7人」しかいなかった。

しかし、江沢民はどうしても胡錦濤に政権を譲り渡したくないために、強引に政治局常務委員を「7人」から「9人」に増やして自分の腹心を6人も胡錦濤政権の常務委員にねじ込み、多数決議決のときに「江沢民に有利な議決」が出るようにチャイナ・ナインを構成させたのである。

多数決議決は鄧小平が、毛沢東時代の独裁を是正するために絶対的原則としたもので、そのため常務委員の数は奇数になっている。

では、「江沢民に有利な議決」とは何か。

それは大きく分ければ二つある。

一つは江沢民の「既得権益を侵さないこと」で、もう一つは、実は「法輪功問題」だ。

「既得権益を侵さない」とは何を意味するかというと、江沢民はあらゆる権利を乱用して「腐敗の頂点に立っていた」ので、その「腐敗にメスを入れさせない」ことを指す。

江沢民時代(第二期)の国務院総理だった朱鎔基は、腐敗問題に厳しく、江沢民とその息子の腐敗を堂々と指摘してきた。江沢民の息子のことを「中国第一汚職王」と呼んだほどだ。江沢民は、このような反腐敗運動をする可能性のある者を排斥することに躍起になったのである。その結果、中国は手が付けられないほどの「腐敗大国」になっていった。

つぎに「法輪功問題」――。



実は筆者は『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』の中で、この問題には触れなかった。法輪功側にも問題がなかったとは言えず、この問題に触れることに躊躇した。これに触れ始めれば、別の本になってしまう可能性があるのを懸念した。ただ、この問題に目をつぶることは出来ず、重慶の薄熙来問題を描いた『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』では、触れざるを得ないために、多少だが、描いている。

ところで江沢民が常務委員を2名増やして「9人(チャイナ・ナイン)」とさせた、その2名の職位に注目して頂きたい。

増やした職位は「中央政法委員会書記」と「中央精神文明建設委員会主任」だ。

胡錦濤政権二期目(2007年〜2012年)で言うならば、前者は周永康で、後者は李長春である。二つとも、「法輪功対策」に関係した職位なのである。

江沢民は、朱鎔基の警告も聞かずに、法輪功信者の迫害に力を注いできた。

そのために周永康に公安関係の特権を与え迫害を正当化し、反対する者をすべて投獄してきた。法輪功は「精神性」という要素を持っているので、精神文明(イデオロギー)担当を増やし、李長春を当てた。

習近平政権「チャイナ・セブン」の権力構造

2012年11月、第18回党大会の時に、腐敗の温床になっている「中央政法委員会書記」の特権を奪うために、このポジションをチャイナ・ナインから無くし、「チャイナ・セブン」にした。その時点で、「周永康逮捕」は胡錦濤と習近平の間で合意されていた。

重慶市書記だった薄熙来の失脚は2012年3月なので、まだ胡錦濤政権だったが、次期政権は習近平政権になることは既定路線だったので、このとき既にチャイナ・ナインになっていた習近平(国家副主席)は、「薄熙来逮捕」に賛同していたし、薄熙来の後釜に孫政才を送り込むことにも賛同していた。

薄熙来が狙ったのは「習近平の座」だったので、習近平は胡錦濤の決断に感謝した。

一方、胡錦濤は反腐敗運動の指示を出しても江沢民派によって阻止され、10年間、屈辱の政権運営を強いられてきたことに懲りていたので、2012年11月の第18回党大会に於いて、全ての権限を習近平に渡し、その代わりに「反腐敗運動に徹底してくれ」と約束させたのである。

だから2012年11月8日、胡錦濤は中共中央総書記としての最後のスピーチに於いて「腐敗問題を解決しなければ党が滅び、国が滅ぶ」という名文句を残した。

そして新しい総書記に選出された習近平は11月15日、総書記としての最初のスピーチで「腐敗問題を解決しなければ党が滅び、国が滅ぶ」と、胡錦濤とピッタリ同じ言葉を述べて、胡錦濤との約束を果たそうとした。



習近平が反腐敗運動を展開するために有利となる条件でありさえすれば、胡錦濤はすべて譲歩した。それを優先して、チャイナ・セブンを選んだのである。

ただし、チャイナ・ナインにあった「国家副主席」の職位を外し、「精神文明(イデオロギー)」に関する職位を残すことにしている。これは「法輪功問題」のためでなく、「中国共産党の一党支配体制が危うくなっている」ことへの懸念からである。その証拠に、習近平政権になってからの言論弾圧は、尋常ではない。

これが習近平政権「チャイナ・セブン」の基本中の基本だ。

習近平はなぜ法輪功弾圧組織を格下げしたのか

法輪功弾圧組織としての中共中央政法委員会を格下げしたのは、そのトップにいる江沢民が数多い国において提訴されているからである。中国がグローバル化すればするほど、その事実は中国という国家に重くのしかかってくる。そのため1999年6月10日に法輪功弾圧のために江沢民が設置した「610弁公室」の責任者・李東生を、習近平は政権が始まって間もない2013年12月に拘束、逮捕し、この弁公室を撤廃した。

江沢民と曽慶紅がいなければ、こんにちの習近平はいない

日本の中国報道は、どうしても全てを「権力闘争」と結び付けないと日本国民の目を惹きつけることができない(新聞が売れない、テレビの視聴率が落ちる)と考えているのか、実に現実を歪曲した報道が目立つ。中共政権の基本を理解していないのだ。

このままでは日本の国益をさえ損ねるので、少なくとも以下のことを指摘したい。

まず江沢民とその大番頭だった曽慶紅を習近平の「政敵」と位置付けるのは、根本的に間違っている。

胡錦濤政権の第一期時代(2002年〜2007年)、上海に戻った江沢民は、なんとしてでも「胡錦濤・温家宝体制」を崩してやろうと、自分の腹心の上海市書記・陳良宇を次期中共中央総書記&国家主席に就任させるべく画策していた。それを知った胡錦濤は、陳良宇を腐敗問題で逮捕すべく、チャイナ・ナイン内の複雑な人間関係を活用して摘発に成功する。2006年9月のことである(詳細は『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』)。

手駒を無くした江沢民は激怒し、大きなショックを受ける。



そこで江沢民の大番頭であった曽慶紅は、浙江省の書記をしていた習近平を江沢民に推薦した。

曽慶紅と習近平は「義兄弟」の誓いを立てたような仲で、清華大学を出て軍事委員会の秘書として働き始めたばかりの習近平は、曽慶紅のことを「慶紅兄さん」と呼んでいた(詳細は『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』のp.63〜p.64)。「紅二代(太子党)」としても、二人は後々まで助け合ってきた。

習近平は浙江省の書記の身分を満喫していたが、曽慶紅の申し出を喜んで受け、2007年3月、上海市の書記になる。こうして江沢民は2007年10月に開催された第17回党大会で、強引に習近平を「国家副主席」としてチャイナ・ナインにねじ込み、胡錦濤が推す李克強の党内序列より一つ上のナンバー6にさせることに成功するのだ(これらの経緯の詳細は『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』のp.119〜p.129)。この瞬間に、第18回党大会(2012年11月)では、習近平が中共中央総書記になり、2013年3月の全人代では国家主席になることが決まったのである。

孫政才失脚を「習近平の政敵、江沢民」との権力闘争とする間違い

少なからぬ日本のメディアが、今般の重慶市書記だった孫政才の失脚を権力闘争だと報道している。こんなことをしていたのでは、中国の現状を日本政府に見誤らせ、日本の国益を損ねるであろうことは言を俟(ま)たない。

中には、それが日中関係に影響を及ぼし、結果、中国の対北朝鮮政策に影響を及ぼすなどとする報道も見られる。

中国と北朝鮮の関係を何だと思っているのだろうかと、唖然とする。日中関係が、中国の対北朝鮮関係に影響を及ぼすなどと考えていること自体、中朝関係をあまりに知らな過ぎると断言してもいいだろう(詳細は『習近平vs.トランプ  世界を制するのは誰か』の第三章「北朝鮮問題と中朝関係の真相」を参照)。

これはメディアだけでなく、安倍政権もそのようにみなしている節があるが、互いに「悪影響」という相互作用を及ぼしている。

一気に全てを書くのは困難なので、孫政才失脚の裏にある事情に関しては、7月18日付のコラム「次期国務院総理候補の孫政才、失脚?――薄熙来と類似の構図」をご覧いただきたい。

そこに、ひとこと付け加えるとすれば、「腐敗の頂点にいるのが江沢民」であるがゆえに、習近平としては最終的に江沢民と曽慶紅を摘発するしかないが、なにせ自分の大恩人なので、そこに手を出すのに躊躇し、「腐敗を撲滅するためには何でもする」という状況を、周りから作っているということである。

[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社、7月20発売予定)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)