<安定を何より重視する中国が圧政を強めるか、焼身自殺しか抗議手段がない人々がさらに弾圧される悪循環>

5月19日の朝、青海省の海北チベット族自治州で22歳のチベット人僧侶ジャムヤン・ロサルが自らの体に火を付け、亡くなった。2009年以来、中国政府の対チベット政策に抗議して焼身自殺を図ったチベット人は、ロサルで150人目となる。

彼は以前にも、メッセージアプリ「微信(WeChat)」でチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の写真を送ったとして10日間拘束されていた。命を懸けた抗議行動の後、ロサルの遺体は警察に持ち去られた。遺体の家族への引き渡しは拒否されている。

天安門事件が起きた89年以来、中国政府は一貫して「安定は全てを圧倒する(穏定圧倒一切)」を最重要視してきた。その目標は独裁的な統治を正統化すること。つまり上からの政治・文化統制と下からの経済成長を結び付け、「一党独裁国家への大衆からの支持」を理論的に生み出すことだ。

この安定重視策は政治的、文化的、法的、精神的な抵抗勢力となりそうな全てを標的とし、敵(特にチベットにいる者)を「カルト集団」に仕立てあげる。ただその政策自体が、国家によるカルトだとみることもできる。つまり反証や反対を拒み、無条件で受け入れられる全体主義信仰だ。

この狂信が、漢族もチベット族も含めたチベットの人々を、怒りと苦痛の悪循環に封じ込めている。

【参考記事】ダライ・ラマの中印国境訪問で両国間に火花

今や人々は、ロサルと同じような過激な手段に訴えるしかない。5児の母親であるソナム・ツォは昨年、四川省のアバ・チベット族チャン族自治州で焼身自殺。17歳のスンドゥ・クヤブは12年に、甘粛省のラプラン寺で自らに火を放ったが生き延び、中国政府により秘密の場所に拘束され続けている。

自分でガソリンをかぶり、火を付けた最初の僧侶はキルティ僧院のタペイだ。チベットからひそかに持ち出された映像には、彼が炎に包まれてアバの通りを歩く姿が映っている。これを見ると、思わず聞きたくなる。なぜこんなことが起きるのか? これからチベットと中国はどうなるのか?

かつて焼身自殺は、公の場で抗議をする手段として効果的なものだった。ベトナム人仏教僧ティック・クアン・ドックの例を思い出すといい。ベトナム戦争中の63年、当時の南ベトナム政権の仏教徒弾圧に抗議し、大勢の前で焼身自殺をした映像は世界に衝撃を与えた。

しかしチベットでは焼身抗議が8年も続いており、今やほとんど波紋を呼ばない。チベット人は「単純」で「粗野」で、ダライ・ラマという「封建的な奴隷所有者」を崇拝しており、中国の寛大さからどれほど恩恵を受けているのか分かっていない――これが一般的な中国人の見方だ。つまり、焼身自殺をする人は「粗野」で「非理性的」な心をカルト勢力に操られ、だまされていると見なされる。

こうした認識を補強するのが、中国人に集団的記憶として刻まれている01年1月の事件。北京の天安門広場で、法輪功の信者5人が決行した焼身自殺だ。この場面は国営テレビで繰り返し流され、焼身自殺はカルト的行為というイメージが強まった。

チベット人の焼身自殺の場合も、個人的には彼らに共感し、理解を示す中国人もいた。しかし大多数は、簡単にだまされる精神の表れだと考えた。



抗議の芽からつぶされ

だが、自殺の現実はもっと複雑だ。それは中国によるチベット支配と同じだけ長く続いてきた、抗議行動の一部である。50年代の東チベットで中国が進めた「民主改革」に対する蜂起、80年代後半の文化的・政治的支配への大規模抗議、北京五輪前の08年3月から数カ月間、チベット高原に広がった暴動――。

08年の抗議は中国政府の容赦ない弾圧を受け、その後はチベットの警察国家化が進められた。中国人民解放軍がチベットの通りを徒歩や装甲車で回り、全てがビデオカメラで撮影された。検問所は人々の行き先を管理し、特にチベット人を狙って監視。国外のジャーナリストや研究者がチベットに入ってこうした動きを監視したり、報道したりすることは禁じられた。

最も狡猾なのは、世帯レベルで監視を行うシステムだ。社会福祉制度に関連付けて各都市を「地区」に分割し、リアルタイムのデータを集める。それを治安当局者が分析し、不穏な動きの兆候があるかどうかを調べる。

その結果は非常に満足のいくものだったため、同じような問題を抱える新疆ウイグル自治区にもこの制度が導入された。

全てを監視し、追跡するというチベットの治安強化は集団的な抵抗運動を事実上、不可能にした。大規模な抗議に発展する前にその芽はつぶされる。誰かがチベット独立やダライ・ラマの帰国を支持するスローガンを叫んでも、その声を聞かれる前に本人は姿を消すことになる。

これらは全て、中国が目標とする安定強化の証しに思えるだろう。しかし焼身自殺という抗議行動を生んだのが、まさにこの「安定」だ。

チベット人作家であるツェリン・オーセルは近著『チベットは燃えている』で、焼身自殺は計画なしに自分1人ですぐに実行できるし、止めるのはほぼ不可能だと書いている。と同時に、抵抗のメッセージをはっきり伝えることができる。あらゆるものが禁じられるなか、何かを主張するには最も印象的な手法だ。

【参考記事】ダライ・ラマ亡き後のチベットを待つ混乱

過熱するプロパガンダ

中国政府の安定維持に対する信仰に近いこだわりのせいで、チベットでは焼身自殺以外の抗議活動はもはや不可能なのが現実だ。一方で、宗教的な弾圧やチベット人の2級市民扱い、格差の拡大といった人々を抗議活動に追いやる要因は変わっていない。焼身自殺は今や、大義のための自己犠牲の1つの形として、文化的・宗教的な重要性を帯びるまでになっている。

地元当局者には、焼身自殺を食い止めよという強いプレッシャーがかけられている。だがこの「安定教」の熱心な信者である彼らにとって、さらなる抑圧以外に採るべき道はない。焼身自殺した人々の家族は逮捕され、遺体は警察から返還されず、時にはその出身地の町や村まで連帯責任を負わされ、政府の補助金打ち切りという罰を受ける。



市民への監視は強化され、焼身自殺があったことを外国に知らせれば起訴の対象だ。宗教学の御用学者たちは、焼身自殺は自己犠牲という古くからの尊い伝統ではなく、仏教の教えの冒瀆だと非難している。

政府のプロパガンダは過熱している。焼身自殺をするのは精神的に不安定な者だと断じ、こうした抗議運動を画策しているのは「ダライ・ラマ一派」で、焼身自殺の実行者に金銭的な援助をしていると非難。インドに亡命中の僧侶たちを「人々の心を操っている」「腐敗している」と攻撃したりもしている。

08年の騒乱以降、抗議活動への締め付けが強化され、チベット人にとって声を上げる唯一の手段が焼身自殺となったわけだが、そのことがさらなる弾圧を招き、また新たな焼身自殺を生むという悪循環が起きている。残されたのは、8年たってもチベットを取り巻く情勢が十分に改善されないなか、150人もの人々が焼身自殺で命を落とし、その終わりは見えないという残酷な事実だけだ。

【参考記事】変化するチベットと向き合う個人を鮮やかに描く:『草原の河』

13年に習近平(シー・チーピン)国家主席が就任した際には、中国政府のチベット政策にも新たな展開があるのではと期待された。だが、習も根っからの安定教の信者だったらしい。市民社会の萌芽は弾圧の対象となり、政治的活動への締め付けはさらに強まっている。

中国の指導者たちはさまざまな政策のコストと恩恵を慎重に吟味する現実主義者だと言われることが多い。だが、チベット政策に関しては安定教への信仰心が先に立ち、うまくいくはずのない対処法を「これぞ最終的な解決策」と信じてしがみついている。

確かに中国とチベットの歴史的関係や今日の中国のチベット政策の影響についてはさまざまな考え方がある。それでも人々が自らに火を放つ事例が後を絶たないなか、何らかの変化が必要である事実から目を背けることは不可能だ。

だが中国指導部が安定教にしがみついている限り、新たな展開は期待できそうにない。

From Foreign Policy Magazine


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[2017.8. 1号掲載]
ケビン・カリコ(マッコーリー大学講師)