<フィリピンのスラムに暮らす少女と人々の絆を描いた『ブランカとギター弾き』で長編デビューを果たした長谷井宏紀監督が、映画製作にかける情熱を語った>

長谷井宏紀監督の長編デビュー作『ブランカとギター弾き』(日本公開中)は、フィリピンの首都マニラの路上で暮らす少女ブランカ(サイデル・ガブテロ)の物語。孤児のブランカはある日、母親をお金で買うことを思いつく。そして盲目のギター弾きピーターと旅に出た先で、歌でお金を稼ぎ始めるが......。

上映時間80分ほどの中に、路上生活の子供たちのたくましさや人間同士のつながり、どきどきのドラマがぎゅっと詰まっている。そして頻繁にあることではないが、作り手が愛情を込めて楽しんで製作していることが画面からじわじわと伝わってくる作品だ。

ベネチア国際映画祭の新人育成プロジェクトに選ばれて製作された作品であり、15年の同映画祭ではマジックランタン賞(若者から贈られる賞)とソッリーゾ・ディベルソ賞(ジャーナリストから贈られる外国語映画賞)を受賞。本誌・大橋希が長谷井に話を聞いた。

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――20代の頃にフィリピンのスモーキーマウンテン(スラム)に何年か通ったそうで、それが映画につながったと思うが、フィリピンに行き始めたきっかけは。

フィリピンに行ったのは最初は好奇心から。でも入ってみると、そこでいろんなことに気付く。それを映画という形で表現できないかな、と思ってからが長かった(笑)。

自分は小さい頃から、差別や貧困というものに対してすごく疑問を持っていた。かなりパーソナルな話ですが、うちは母子家庭で、そういう意味で「違い」というものに対する感覚が身についていたんだと思う。「違う」というのは何なんだろうと、すごく興味があった。

例えば牛や鶏のお肉を食べるじゃないですか。それは自然のサイクルの一環で、感謝して食べて、それが人間から出て行って、最後は人間も死んで土に帰る。そこに犠牲は付き物だが、捧げるものと捧げられるものが循環している気がする。でも人間社会の犠牲って回っていない。虐げられている人はどんどん虐げられていき、その先がない。それに対する疑問が小さい頃から漠然とあったのかもしれない。

――脚本を執筆するのも初めてで、最初に書き上げたものは「これじゃ8時間の映画になる」と言われたとか。そのあたりもベネチアのワークショップで学んだ?

最初に書き始めたとき、ドイツ人プロデューサーのカール・バウハウトナーからさんざんダメだしを受けて......。彼は14年に亡くなったが、その後も自分は書き続けて、映画の構成とかドラマツルギー(劇作法)を自分なりに勉強していた。ベネチア映画祭のワークショップで、それに磨きをかけた感じ。

【参考記事】麻薬と貧困、マニラの無法地帯を生きる女の物語『ローサは密告された』

――エミール・クストリッツァ監督(『アンダーグラウンド』『黒猫・白猫』)との縁があり、彼のセルビアの家に2年ほど住んでいた。クストリッツァはアーティストを住まわせることをよくやっていた?

創作支援のレジデンシーという感じで滞在した人は自分以外にいないと思う。家族の一員として認めてくれて、ご飯も食べさせてくれたし。そこは彼が持っている村なんだけど、リゾートみたいな感じで、宿泊施設があって映画祭もやっていて、ジム・ジャームッシュ監督とか、ニキータ・ミハルコフ監督とか、ジョニー・デップさんとかが来ちゃう。そういう人たちとフランクに会えるような場所だった。

エミールの言葉で印象的だったのは、「グローバルに世界を見て、ローカルに立て」。それはずっと心にある。それは日本で映画を撮れていない自分にはまだできていないこと。



――スラムのどんなところに引かれるのか。

ここ4、5年、エミールたちと出会った後かな、ビーチでリラックスするということを覚えたけれど、それまではずっとスラムだった(笑)。彼がモンテネグロにホテルを持っていて、そこでぼーっとするとか、だいぶそういう旅を覚えてきた。

スラムでは、やっぱり人間同士が近い。そこってすごく大事なポイントだと思うんですけどね。人間の1日、例えば都会で暮らしている24時間の営みの中で、人間同士が近い時間ってどのくらいあるのかな。その時間を増やしていったほうが社会はよくなるんじゃない?

インスタグラムとかフェイスブックとか、ああいうつながりじゃなくて、もっと根源的なところで人間はつながっている。そこをもっと信頼したほうがいいんじゃないかな。仕事をするときも、僕はそういうのを大事にしたい。

――盲目のピーターは、残念ながらベネチア映画祭での上映後間もなく亡くなってしまった。路上でギターを弾いていた彼とは以前からの知り合いだったそうだが、彼を「ヒーロー」と言っているのはどういう意味で?

やっぱり強く生きている人ってかっこいいし、エネルギーにあふれている。ピーターに出てもらったのは自分が尊敬している人を撮りたいな、って思ったから。映画って被写体を尊敬したり、愛したりしないと撮れない。そうじゃないと画面に表れちゃう。1本撮ったくらいで偉そうなことは言えないんですが。

【参考記事】生まれ変わった異端のダンサー、ポルーニンの「苦悶する肉体」

――ピーターのような人は「社会的弱者」とも言われる。でもあなたは「弱者」とは捉えていない?

僕からすると、システムに24時間支配されている人のほうが弱者だと思う。この手の映画を撮るときに上から入っていき、「はい、かわいそう」で終わってしまうのはとても簡単なこと。でもその描き方って、「私たちは持っている、あなたたちは持っていない。だからかわいそう」というもの。

じゃあ、「持っている」とは一体何なのか? 持つ社会とは何なのか? こういう映画を見て、その感覚がひっくり返ったりしたら嬉しい。

――キャスティングはフィリピンのストリートの子供たちに声をかけていった?

もう、毎日最高でしたよ。楽しかった! 道ですれ違った瞬間に「え?」ってなったら、追いかけていって。「映画とかやってんだけど」と声をかけて、せりふを渡して「アクション!」――それを2カ月くらい、マニラのいろんな町でやった。トンドという大きくなスラムがあるんですけど、そこを重点的にね。

こういうアプローチの映画をこれからも作っていきたいと思う。世界中のいろんな所で、いろんな状況で暮らしている「弱者」と言われる人たちがいる。でもそれは弱者じゃないと僕は言い続けて行きたい。



ブランカの歌う場面も映画の見どころの1つ ⓒ2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

――ブランカのキャスティングは一筋縄でいかず、最終的にサイデルに出てもらう前に別の少女で進めていた。

ねえ、まあ、なかなか......。パリで脚本を書いていたとき、サイデルが歌うYouTubeの動画をイタリアのプロデューサーが教えてくれた。それを見て、会ったことはないけどこの子しかいないと思った。ブランカのキャラクターとしてほしいものが、彼女に見えた。

でもフィリピンでサイデルを探したら、全然違う島に住んでいたので出てもらうのは難しいことが分かった。そこでキャスティングを始めて、道端で歌っている孤児の女の子に出会って、演技のワークショップをやっていたが......。製作側の判断で「彼女では難しい」ということになった。だから彼女のために違う役を作ったんだけど、現場には来なかった。今も僕の気持ちは複雑で、フィリピンに帰ったら会いに行っている。

ストリートで強く生きていくのはすごく難しいこと。誘惑もいっぱいあるし、11、12歳頃からはドラッグが入ってくる。

子供たちはごみの山で、ごみを拾ってお金に換えている。彼らが美しいのは、その大変な状況を吹き飛ばすくらいの生きるエネルギーにあふれているところ。僕にとっては誇りを持ったその美しい姿から、彼らが「強者」に見えた。映画には、そういう視点もちょっとは忍ばせたかった。ただし今回は、ゴミの山といったヘビーな場所には行かなかった。それはちょっと行き過ぎかなという感じもあって。

【参考記事】理想も希望も未来もなくひたすら怖いSFホラー『ライフ』

――「お金を払ってくれた観客を暗い気持ちにさせたくない」と過去のインタビューで言っていたが、基本的には映画で人をハッピーにしたい?

そこはまあ、「そんなこと言っちゃって」という感じなんですけど(笑)。映画って実生活を暗闇の中で体験するイニシエーションに近いと思うんです。

見る空間を船だとすると、そこにお客さんが入っていき、主人公の視点を通して映画という海を乗り越えていく。そこで新しい場所に行き着くのか、かつて自分が知っていた場所に行くのか。自分の中にこの映画と同じものがあったと再確認するのか。人それぞれ捉え方は違うだろうが、そういう精神的なイニシエーションに近いと思う。


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大橋 希(本誌記者)