7月30日から8月1日にかけて中国人民解放軍建軍90周年記念活動が行われた。野戦軍事パレードと人民大会堂における習近平の講演から、中国の軍事的即戦力と軍民融合に関する戦略と野望を読み解く。

建軍後初めて行われた建軍記念日における軍事パレード

――習近平政権になってからの軍事パレードに関する「3つの初めて」

2015年9月3日、中国は建国後初めて、建国記念日・国慶節(10月1日)以外の記念日に軍事パレードを行なった。すなわち抗日戦争勝利記念日である9月3日に軍事パレードを行なったのは、建国後初めてのことである。

これは習近平政権になってから最初の「軍事パレードに関する初めて」だった。

しかし、この軍事パレードは「国慶節軍事パレード」同様、天安門広場で行なわれた。

このたび、中国人民解放軍の建軍記念日である8月1日(実際は2日前の7月30日)に軍事パレードを行なったのは、建軍後も、建国後も、やはり初めてのことで、これは習近平政権になってから2つ目の「軍事パレードに関する初めて」となった。

おまけに軍事パレードは天安門広場でなく、内モンゴルの軍事訓練基地という、「式典」とはほど遠い戦場現場を再現したような訓練場で行なわれた。場所と時間が発表されたのは、軍事パレード開催の、わずか14時間前のことだ。これもまた「戦場現場の即戦性」を象徴している印象を与えた。

実は7月30日(午前9時16分)にアップしたコラム「稲田防衛大臣辞任、中国でトップニュース扱い――建軍90周年記念を前に」を書いている最中に、具体的な場所と日時が発表され、筆者は慌ててその情報を加筆した。ついでながら、このコラムは30日の黎明に、新しいニュースを受けながら書いた。

具体的な場所は「朱日和」というアジア最大の軍事演習基地。内モンゴル自治区錫林郭勒盟スニタ右旗の南部にあり、「zhu-ri-he」と発音し、蒙古語で「心臓」という意味だ。1957年に毛沢東が戦車の秘密軍事訓練基地として選んだ場所である。

このように、天安門広場以外の場所で軍事パレードが開催されたということが、習近平政権の3つ目の「軍事パレードに関する初めて」だ。

なぜ軍事訓練基地を選んだのか

ではなぜ軍事パレードを行なう場所が北京の天安門広場でなく、朱日和軍事訓練基地だったのか。それは野戦区における「即戦力」と軍事大改革の成果を顕示するためである。

2016年1月2日のコラム「中国、軍の大規模改革――即戦力向上と効率化」に書いたように、 習近平は2015年12月31日、中央軍事委員会主席として、中国建国後初めての大規模な軍事改革を行なった。



それまでの陸軍の「7大軍区」を撤廃して、「5大戦区(東部・南部・西部・北部・中部戦区)」を設置し、さらに「いざというとき」には、習近平・中央軍事委員会主席(=中共中央総書記)が直接指令を下せば戦区と軍種(陸海空軍+ロケット軍+戦略支援部隊)が一斉に動くという形にした。

これは建国以来、(旧)ソ連を模倣してきたのを撤廃して、アメリカ大統領のように、国のトップが「軍の最高司令官」として直接命令を下すことができる命令指揮系統に持っていきたかったからだ。それまでの7大軍区を治める「総参謀部、総政治部、総装備部、総后勤部」は腐敗の坩堝(るつぼ)と化していただけでなく、命令指揮系統をだぶつかせていたので、それらの迂回ルートも撤廃した。

アメリカ式に転換することによって、「アメリカに追いつき追い越せ」という軍事戦略を実施していき、効率と即戦力を高め、軍事的にも世界のトップに立とうという野望に満ちた軍事大改革だった。

だからこそ、今般の建軍90周年記念の軍事パレードでは、野戦軍の真っただ中で、迷彩色の軍服に身を包んで軍事訓練基地で行なったのだ。中国語では軍事パレードという言葉を使わず、「閲兵式」と称しているが、誰か他人に見せる儀礼的なものではなく、砂塵舞う中で、兵士が軍用トラックに駆け付け乗り込むという段階からスタートした実践的な野戦状況を再現した閲兵式だった。だから儀仗兵はいない。

習近平は自分がその野戦の現場にいることと、兵士たちと同じ迷彩色の軍服を着用することによって、野戦現場の総司令官が習近平であるということと、軍は党の総書記の命令のもとにあるということを、兵士全員に深く印象付けることが目的であったと言っても過言ではない。

訓練が行き届いているせいもあろうが、兵士一人一人の目と表情は、「習近平」一点に精神の全てを注いでいるという緊張感と覚悟に満ちていた。

ふと、日本の防衛省のダラダラと長引いた不祥事を連想し、これは憲法改正以前の問題だろうと、嘆かわしい気持ちになったものだ。

軍民融合――人民大会堂における習近平のスピーチ

7月31日は人民大会堂で盛大な晩餐会が開催され、8月1日午前10時(北京時間)から、人民大会堂で習近平のスピーチがあった。

筆者として印象に残ったのは二つの言葉。

一つは「どんなに先進的な武器を持っていたとしても、戦う精神が十分でなければ勝利を収めることはできない」という主旨の言葉と「軍民融合」を強調したことである。

前者は、「勝利から勝利へ」あるいは「いつでも戦うことができ、戦ったら必ず勝つ」といった数多くのスローガンにより、これまでも「強軍大国化」として言われてきた言葉ではあるが、もっと重要なのは「党の精神に従い、党の指示が全てだ」という「党への絶対的な、永遠の忠誠」がなければならないと言ったことである。



逆から見れば、ここまで強烈に「党への忠誠」を誓わせないと、人心が離れていくことへの恐怖があるのだろうということが透けて見える。

後者の「軍民融合」は注目しなければならない。

これはハイテク化されていく軍事力の中で、科学技術を「民間企業にも担わせる」という「軍事産業」の奨励を指示した言葉だ。

2015年3月12日、全人代(全国人民代表大会)が開催されている最中の「中国人民解放軍代表団全体会議」において、習近平は「軍民融合発展計画を国家戦略にレベルアップする」と宣言した。

会議では、アメリカでは軍事産業によって国防部は毎年300億ドルの予算節減をしているということが話題になっている。ここでも「アメリカに追いつけ追い越せ」精神が働いていた。

2017年1月22日に開催した中国共産党中央委員会(中共中央)政治局会議では、「中央軍民融合発展委員会」を発足させることを決議し、習近平が委員長を務めることが決まった。

8月1日のスピーチで習近平は「軍民融合により、国防を強化することができるとともに、軍事産業を通して経済発展を押し上げる」と強調した。それが「中華民族の偉大なる復興」につながるとしながらも、「法律に従って実施しなければならない」と、当たり前のことを注意し、そこに新たな「腐敗」が生まれないように釘を刺したのには驚いた。まさに、どんなに最新鋭の武器を揃えても、「紅い王朝もまた腐敗で滅びる」ことを習近平自身も懸念している事実を如実に示していると痛感した。

ただ、在米の中国人留学生数は20数万人に達し、在米留学生の約30%を占める。しかもほとんどが博士課程だ。彼らがアメリカの先端技術を学んで中国に帰国し、軍民融合の各軍事産業で活躍すれば、「民主と言論の自由」以外でなら、やがてアメリカに追いつき、追い越すだろう。

少なからぬ日本のメディアあるいはチャイナ・ウォッチャーは、何でも権力闘争に持っていこうとする。それは中国を見る目を曇らせる。軍事に関する習近平の行動の先にあるのは、アメリカを凌駕する「強軍大国」への野望だ。軍を強化することが、同時に軍事産業として経済を活性化させる。中国は今、宇宙開発にさえ照準を当て重きを置いている。

言論の自由と人間の尊厳のために、筆者は中国共産党政権の思想的および歴史的史実に関する欺瞞に対しては一歩も引かないが、少なくとも(いや、だからこそ)、こういった現実は直視し、日本の国益を損ねないようにしたいと思っている。


[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社、7月20発売予定)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)