<人々を惑わす悪意ある嘘が世界で増殖中。9月に連邦議会選挙を控えたメルケル政権はソーシャルメディア規制で立ち向かおうとしているが>

この話、かなりの数のドイツ人の急所を突いていた。

今年の元日、新年を迎えて時計が午前1時を回った頃、フランクフルトの混み合うバーで事件は起こった。オーナーのヤン・マイによると、約50人の「アラブ系」の男たちが乱入して踊り始め、女性客の体をまさぐり、何人かはスカートの中に手を入れたという。

それは大勢の移民を含むセックス・モブ(性的な暴徒)。ドイツ最大の大衆紙ビルトはマイに取材した後、この表現を使って記事にした。その後も右派系ニュースサイトのブライトバートなどが取り上げ、たちまちソーシャルメディアで拡散した。

目撃者は、マイ以外には20代の「イリーナ・A」のみ。彼女はビルトに姓を教えなかったが、自分が襲われた(とされる)様子を詳細に語った。「パンストをはいていて助かった」と彼女は言う。「彼らは私の脚の間や胸、体中をつかんだ」

フランクフルト警察のアンドルー・マコーマック広報官によれば、当局はこの報道に驚いた。地元警察にはその晩、性的被害の通報がなかったからだ。

さっそく調査が開始された。地元商店街の店主たちは、「暴徒」など見ていないと言う。やがて警察はイリーナのフェイスブックのページに、本人が大みそかの晩にはフランクフルトにいなかったことを示唆する複数のコメントを発見した。

ほかに目撃者はいなかったとマコーマックは言う。マイにはバーの防犯カメラの映像の提出を求めたが、故障していたという返事だったそうだ。

警察は2月半ばに記者会見を開き、申し立ては事実無根だったと発表。マコーマックは本誌の取材に、マイとイリーナは虚偽の噂を流し、警察に無駄な捜査をさせた容疑で取り調べを受けていると語った(マイは事実を述べたと主張。イリーナにはフェイスブックを通じてコメントを求めたが回答なし)。一方、ビルト電子版のフリアン・ライヒェルト編集長は「虚偽の報道」を謝罪した。

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嘘の記事は今に始まったことではない。しかしインターネットやソーシャルメディアの普及、現在の対立的な政治風潮のせいで嘘がより生まれやすくなり、「いいね!」やハートマーク、リツイートなどで加速されて世界中に拡散していく。

こうしたフェイク(偽)ニュースの出どころはさまざまだ。カネ目的で本物の報道機関を装ったものや、本物のメディアであってもアクセスを稼ぐために十分なファクトチェックもせず記事を垂れ流すものなどだ。

欧米ではここ最近行われた選挙の間も、国内のポピュリズムやロシア系のプロパガンダに後押しされて偽ニュースが増殖した。昨年の米大統領選では民主党のヒラリー・クリントン候補とジョン・ポデスタ選対責任者が児童売買春に関わっているという偽ニュースが流れた。

次の偽ニュースの戦場は、9月に連邦議会選挙が行われるドイツになりそうだ。アンゲラ・メルケル首相や議員たちは、票の動きが偽ニュースに影響されるのを危惧している。



厳しさ断トツの規制法

「もはや世論は25年前のようには形成されない」。昨年11月にメルケルはそう嘆いた。「今はフェイクサイトがあり、その情報を際限なく拡散するアルゴリズムがある。そういう悪質なソフトに対処する方法を、私たちも学ばなくては」

ドイツの対処法は他国に例を見ないほどアグレッシブだ。今年春、ドイツではソーシャルメディア規制法案が提出された。ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアが、意図的なフェイクニュースや違法なヘイトスピーチの投稿を放置して削除しない場合は最高5000万ユーロ(約61億円)の罰金を科すというもの。法案はメルケル内閣の承認を得ており、今夏にも成立する公算が大きい。

フェイスブックは法案に反対を表明し、「ドイツにおいて何が違法行為かという判断を、裁判所ではなく民間企業に強いるものだ」と声明で主張した。それでも同社は今年末までに、同国内のコンテンツ監視チームを700人に増員し、第三者機関に委託して偽ニュースの削減に努めると約束した。

ドイツ国内の偽ニュースの多くは、政治的な偏見に基づいている。そして自分の意見やイデオロギーが正しいことを確認したいという一般大衆の願望に付け込む内容だ。

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15年以降だけで約200万人も増えた難民問題に関するものも多い。多くの国民は難民への門戸開放政策を支持しているが、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の指導者たちは、難民を嫌う人々の感情を最大限に利用している。

難民に関する偽ニュースを暴く同国のウェブサイト「ホークスマップ」は、昨年だけで少なくとも250本の偽ニュースを発見したとしている。その最も一般的なテーマは強盗やレイプなど。ほかにも難民が白鳥を食べたとか、墓を荒らした、女性に性的嫌がらせをしたなどの根拠なき主張が流されていた。

移民問題が選挙に及ぼす影響を調査している団体マイグレーション・ボーターのミリアム・アツェドとクリスティーナ・リーによれば、15年の大みそかにケルンで実際に起きた性的暴行事件が現在の偽ニュースに「不穏なパターン」をもたらしている。女性に対する性的虐待をでっち上げるという手法だ。

ケルン事件の報道が出た少し後の昨年1月には、首都ベルリン在住でロシア系の少女(13)が、アラブ系の難民たちに拉致されレイプされたと主張した。

ドイツ国内のロシア語テレビ局は、この少女の主張の一部を番組で取り上げ、「ベルリン警察が少女の訴えを無視している」という内容の放送をした。するとベルリン市街では大きな抗議デモが起こった。



反移民感情の高まりを受けて選挙を控えたメルケルの姿勢にも変化 Jasper Junen-Bloomberg/GETTY IMAGES

危険を招く偽ニュース

問題は、少女の主張が嘘だったことだ。そしてこんな虚偽報道があり得るならば、ロシアが情報のリークやサイバー攻撃、偽ニュースなどを駆使して9月の連邦議会選挙に介入し、ドイツ国内約300万のロシア系住民の投票行動に影響を及ぼすことも考えられるだろう。

アツェドとリーは、こうした偽ニュースが9月の選挙にどう影響するかは不透明だと言う。ドイツ国民が報道機関をどれだけ信用しているかについては、複数の調査結果にばらつきがあるためだ。

だが2人は、偽ニュースによってあおられた反移民感情が、移民政策に対するメルケルの姿勢を硬化させたと指摘する。メルケルは昨年12月、顔を覆うタイプのベールの着用禁止を支持する意向を表明した。右派の主張に歩み寄ったことになる。

冒頭の事件のバーの店主マイは今も、集団暴行の話は本当だと主張している。

「そんな話を広めて、何の得になる?」とマイは店の片隅でぼやいた。実際、偽ニュースの発信元と報じられて以来、すっかり客足は途絶えた。「店に来るのは私を人種差別主義者と非難する人ばかり。ここはナチスのバーかと聞かれることもある」

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それでもフランクフルト警察はマイの話を嘘と断定し、他にも偽ニュースはたくさんあると言う。1月にはドルトムント警察が、ある暴徒が昨年大みそかに「アラーは偉大なり」と叫びながら教会に放火したとするブライトバートの報道を否定する事態もあった。

「偽ニュースは危険だ」とフランクフルト警察のマコーマックは言う。「多くの人が、それを真実と信じかねないから」

セックス・モブ騒動の顚末を見れば分かる。ドイツ人だって、今は簡単にだまされる。


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[2017.6.20号掲載]
ロサリン・ウォレン