<トランプ政権の大混乱をよそに、ダウ工業株30種平均は2万2000ドルの大台を超えた。この株高は異常なのか、かい離の謎を解く>

かつてない政治混乱を横目に、米国の経済は堅調に推移している。政治と経済の鮮明なかい離は、まるで1990年代のビル・クリントン政権をみているようだ。

株価は最高値を更新

米国で、政治と経済のかい離が鮮明になっている。

8月2日、米国のダウ工業株30種平均は、過去最高値を更新し、初めて2万2,000ドル台で取引を終了した。さすがに高値警戒感はあるものの、好調な企業業績などが株価を支えている。首席補佐官の交代やオバマケア改廃の躓きなど、トランプ政権下の政治の混迷は深まるばかりだが、市場は全く気にしていないようだ。

それどころか、過去の政権と比較すると、未曾有の混乱にもかかわらず、トランプ政権下の株式市場の成績は上々だ。1990年代のクリントン大統領以降の4人の大統領について、就任後の株価の上昇度合いを比べると、トランプ大統領就任後の上昇度合いは、金融危機後の急回復と重なったオバマ大統領に続き、二番目に大きい(図表1)。



こうした政治と経済のかい離は、1990年代のクリントン政権を思い起こさせる。クリントン大統領も、必ずしも政権の滑り出しは順調ではなかった。それでも、株価の上昇度合いは、トランプ政権に近い大きさだった。

ホワイトハウスの統率に苦しむ

政権初期における政治の混乱という点では、トランプ政権とクリントン政権が置かれた状況は、驚くほど似通っている。

トランプ政権の混乱は、少数の側近に頼りつつ、ホワイトハウスを統率できない大統領のマネジメントに原因の一端がある。一方、首都ワシントンに新風を吹き込もうとしたクリントン大統領も、政治のベテランを上手く使いこなせず、やはりホワイトハウスの統率に苦しんだ。さらに言えば、トランプ大統領がロシアゲートに翻弄されているように、クリントン大統領にも、州知事時代の不動産事業に関する疑惑(ホワイトウォーター疑惑)があった。

所属政党が議会の多数党でありながら、自らの公約実現に苦労した点も同じである。クリントン大統領は、公約の目玉である中間層減税をあきらめざるを得なかった。トランプ大統領の公約である税制改革も、その実現が危ぶまれている。トランプ大統領によるオバマケアの改廃が難航しているように、クリントン大統領もヒラリー夫人が指揮する医療保険制度改革が難題となった。



大統領支持率からも、クリントン大統領とトランプ大統領の類似性がうかがえる。最近4人の大統領のうち、就任一年目の夏の時点で支持率が50%を下回っていたのは、クリントン大統領とトランプ大統領だけである。トランプ大統領の支持率は40%を割り込んでいるが、クリントン大統領の支持率も、一時は40%を下回っていた(図表2)。



政治が不要なときもある

政治と経済のかい離には、それなりの理由がある。あくまでも米国経済の原動力は、民間部門である。例えば、GDP(国内経済総生産)の7割は、個人消費が占めている。政治に助けが求められるのは危機的な状況や景気が悪い時であり、景気が順調に拡大している時であれば、それほど政治の出番は求められない。

むしろ平常時には、経済に対する政治の無用な介入が、景気の動きをおかしくするリスクがある。たとえば、経済が順調に回復しているにもかかわらず、減税などによって景気を刺激してしまうと、かえって景気が過熱してしまい、景気後退に陥る時期を早めてしまいかねない。景気の過熱がインフレ率の上昇につながれば、FRBは利上げを急がなければならなくなる。そうなれば、景気の勢いが鈍りやすくなるからだ。

米国では、政治的な混乱を背景に、トランプ政権の目玉公約である減税の実現が遅れている。期待外れの展開ではあるが、景気が堅調に拡大している現状を考えれば、必ずしも減税が必要とされるタイミングではないのも事実である。むしろ、減税が遅れたことによって、利上げを急ぐ理由が少なくなり、景気の寿命を長引かせている可能性が指摘できるだろう。

中間選挙敗北と弾劾はトランプもあり得る

政治と経済のかい離は、このまま続くのだろうか。

確かにクリントン政権下では、経済と政治のかい離が定着していった。

就任一年目を過ぎても、政治的な混乱は続いた。1994年の議会中間選挙で、クリントン大統領の民主党は大敗し、40年ぶりに上下両院で共和党が多数党となった。1995年から96年にかけては、議会との対立で債務上限の引き上げや予算の編成が難航し、政府機関が二度にわたって閉鎖に追い込まれた。1996年の大統領選挙では再選されたクリントン大統領だが、その後もスキャンダルの影につきまとわれ、ついに1998年には下院に弾劾されている。中間選挙での敗北、債務上限・予算編成での混乱、さらにはスキャンダルからの弾劾と、いずれもトランプ政権でも問題になりかねない事象ばかりである。



対照的に、経済は順調に推移した。2期目に盛り上がったITブームにも助けられ、在任中の実質GDP成長率は、年平均で約4%を記録している。好調な経済による税収増に助けられ、問題だった財政赤字も急速に減少した。就任時は3,200ドル台で始まったダウ工業株30種平均株価は、1999年には1万ドルの大台を突破している。

年老いた景気

トランプ政権においても、このまま政治と経済のかい離が定着する可能性はある。しかし、トランプ政権とクリトン政権のあいだには、二つの重要な違いがあることは見逃せない。

第一に、景気の成熟度合いが違う。いずれの政権においても、初期の好調な株価は、前政権から引き継いだ景気拡大に助けられた側面が大きい。ただし、クリントン政権の場合は、景気回復の始まりが就任2年前の1991年からだったのに対し、今の景気拡大は2009年から始まっている。まだ景気拡大が若かったクリトン政権の時代と違い、景気の持続力が注目される局面に差しかかってきた。FRBが量的緩和政策で買い入れてきた保有資産の縮小が検討されるなど、長らく続いてきた金融緩和局面も、いよいよ転換点を迎えつつある。

景気の力が弱くなれば、政治の混乱に引きずられやすくなる。有権者の不満が高まれば、さらに政治が不安定化する悪循環にも陥りかねない。

クリントン政権「世界を救う委員会」

第二に、トランプ政権の危機対応力は試されていない。いざ危機が発生した時には、政治の力が必要になる。一定の成果を残したクリントン政権に対し、トランプ政権の危機管理能力は未知数である。

クリントン政権の時代でも、肝心な局面では政治が経済を守っていた。国内から海外に目を転じると、クリントン時代の経済が無風だったわけではない。1995年のメキシコ危機、1997年のアジア通貨危機、さらには1998年のロシア危機と、世界経済は大荒れだった。ロシア危機の影響で大手ヘッジファンドが破たんするなど、その悪影響は米国にも及びそうだった。

当時のクリントン政権は、IMF(国際通貨基金)などと連携しながら、何とか危機を乗り切った。1999年2月に米タイム誌は、指揮を執ったルービン財務長官とサマーズ財務副長官、さらにはグリーンスパンFRB議長を、「世界を救う委員会」と評している。後にオバマ政権で財務長官となるガイトナーも、当時は財務次官として危機対応に当たっていた。

一方のトランプ政権では、人事の遅れが著しい。経済運営においても、コーン経済担当補佐官には安定感がみられるものの、財務省は副長官すら決まっていない有様だ。

クリントン政権の終盤には、政権と敵対するはずの共和党系のシンクタンクですら、「いずれダウは3万3,000ドルに達する」と威勢の良い分析を発表していた。今、その筆者の一人であるハセット氏は、トランプ政権で経済諮問員会の委員長を務めている。これも奇妙な符号だが、クリントン政権とトランプ政権の違いを考えると、同じように威勢の良い分析を発表するには、少々勇気が必要かもしれない。

安井明彦1991年富士総合研究所(現みずほ総合研究所)入社、在米日本大使館専門調査員、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長、同政策調査部長等を経て、2014年より現職。政策・政治を中心に、一貫して米国を担当。著書に『アメリカ選択肢なき選択』などがある。





安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)