<「国境なき医師団」(MSF)を取材する いとうせいこうさんは、ハイチ、ギリシャ、マニラで現場の声を聞き、今度はウガンダを訪れた>

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入院病棟をさらに

ビッキー・ジョジョたちに別れを告げて、俺たちはさらに入院病棟を見て回った。

14歳以下の児童に割り当てられた部屋には10床ほどベッドがあり、その幾つかに母親と子供がいた。中には床に敷いたゴザに座っている親子もいて、そちらの方が落ち着くのだろうと思われた。

喘息、栄養失調、感染症などなど、子供たちを襲うものは多々あった。しかも難民だけでなく、そこにはビディビディ居住区の近隣住民の子供たちも収容されているとのことだった。

患者たちには1日3食、『国境なき医師団(MSF)』から食事が提供されていた。他にも栄養失調への救援に特化されたACF(英語ではAction Against Hunger)という団体からの助けもあり、その入院病棟ではお互いが手を組んでいるらしかった。

合理的に作られた施設。

もしその病棟でも助けられないという事態になれば、途中で俺たちも寄ったアルアという町に搬送され、さらに複雑な外科治療となれば首都へも送るのだという。ちなみにそうした際、MSFから紹介された患者の費用は全額MSFが持つことになる。

さて児童たちの病室の向かいに行くと、そこは緊急治療室だった。すでに6人ほどのスタッフが詰めていて、狭い中に4つのベッドがあった。ナースステーションのかわりにもなっている場所ゆえに、患者情報もすべて部屋の中にあった。もしも救急患者が来ればそこで安定化をはかり、適切な診療室や病棟へと送る役割を持っている。

続いて男性のための入院施設、薬品管理室、心理ケアのための個室、血液検査室、そこを抜けて奥へ行くとランドリー室があり、男女1人ずつに1枚配られる毛布と蚊帳が積まれていた。

かなり大掛かりな(作りは簡素だけれど)入院病棟だと思われたが、まだまだ手狭で、昨年緊急に設置した施設はだいぶ傷んできていると判断されたらしく、新しく4棟が建設されていてまさに突貫工事中という感じだった。

「もしこれが出来れば」

と案内してくれていた男性スタッフは、とても細かく新施設の割り振りを俺に力説した。



向こうから患者が来れば入り口でトリアージ(重症度や緊急度などにより治療の優先順位を決める)して、もしも重症ならばさっきの緊急治療室、そして安定化の対応が終わったらこちらの棟に運ばれ、適切な薬を出されてベッドに寝かされ、もしもPTSDなどの心配があるならば新しく出来るもうひとつの心理療法士の部屋に行く。

彼の語る未来像は実にシステマチックで、しかも現在ある問題を少しずつ解決したのだろう希望のようなものが感じられた。木材と屋根・壁面用のパネル、テント、コンクリートなどで出来た病棟は、そうやって実地で確かめられ修正され、ウガンダの奥で日々理想に近づいているのだった。

近くに止まっていたタンク車。命の水を運んでいる。

「アネックス」に残るWAR

もうひとつ、俺たちは少し移動して小さな施設を見た。ゾーン4で「アネックス」と呼ばれている場所だった。

暑い日差しの下に幾つかのテントが建てられ、入っていくと3つの丸いプラスチックテーブルがあって、やはりプラスチックの椅子があり、そこに数名のアフリカ人スタッフが座っていた。

それはそれで診療所なのだった。

事実、テーブルの下には耐熱保冷用のボックスが幾つか置かれていて、その中にワクチン、あるいは採った血液がしまわれているらしかった。来院したり運ばれてきた患者は、血液検査を受けて、必要ならワクチン接種、子供ならさらに栄養失調の検査も受け、経過を見るため奥のテントへと移って、ビニールで覆ったのみの風のふきさらす場所でベッドに横たわるのである。

近くには大きめのやっぱりプラスチックテーブルがあり、そこに様々な薬が整然と並べられていて、重度の貧血やHIV感染に対応する薬剤も、抗マラリア剤もその場にいるスタッフから支給される。

テントの中にはそこにもメンタルヘルスのための空間があり、少し奥に入り込んで外から見えにくくて安心感があった。

各施設では様々な団体が協力しあっている。

アフリカのテント式の、強い風が来ればきしむようなあまりに簡素な診療所を見ながら、しかし俺は思った。日本の緊急医療はここまでメンタルケアを重要視しているだろうか、と。事故でもレイプでも、あるいは突然の感染症発症でも、ともかく物理的な処理で終えてしまおうとしないか。患者一人一人が受ける精神的な傷に、確実に対応しようとするのはこれまで俺が見てきたハイチでもギリシャでもフィリピンでも、そこアフリカでもMSFの活動では常識中の常識なのである。



ことは決してMSFに限らないはずだ。他の国際的人道団体においても、怪我さえ治ればいいというような意識はない。救援に向かう者にも必ずメンタルケアを受けさせるのは、人間という者がそれほど強くないと理解するようになったからに違いなく、まさに自衛隊で海外へ出た人々の自殺率の問題から言っても、日本は一刻も早く常識を変えなければならない。根性、などというものはまるで国際的な常識ではないのだ。

さて、「アネックス」に話を戻す。
産前産後ケアも行っているその施設で、俺たちは問診表を持って外のベンチに並んでいる3人のアフリカ人女性に会い、話を聞いてみた。

1人はアンナ・アネットで23歳。ジェイス・ルンブカは22歳のママさんで、もう1人のベティ・ソンブアは14歳。それぞれ別の場所から逃げてきて、もともとの部族も違うのだそうだが、前回報告したのと同じく彼女らも病院で知りあって仲よくなったのに違いなかった。

中でもベティは両目が不自由で、その上に胃痛に悩まされていた。その体で半年ほど前、歩いて国境を越えてきたのだという。

そして3人が3人とも、家族がどこへ逃げたのか、生きているのかもわからずにいた。

「何があったのか教えていただけますか」

広報の谷口さんがそう言うと、誰か1人が小さな小さな声でこう言った。

「WAR」

そうとしか言いようがないし、それ以上彼女たちには何もわからないのだった。ただ身を寄せあって今を生きているだけだ。

ただ、14歳のベティが地域コミュニティの学校へ通っているという言葉だけが、俺たちに与えられた唯一の心の拠り所だった。

状況はあまりに過酷すぎた。

それがウガンダ難民の真実であり、つまり南スーダンの真実だった。

日本では派遣された自衛隊の日報が隠されたと報道されているが、俺はベティたちの言葉をここにそのまま記す。

続く

いとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE」

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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