<本気になればできるはずなのに中朝貿易を取り締まらない、習近平の胸の内と試されるトランプの本気度>

中国・遼東半島の東の付け根に位置する町、丹東。最近では高速鉄道の駅ができて、高層マンションも立ったが、少し行けば寂れた国営工場と、陰気くさいビルがぽつりぽつりと立つだけの活気のない町だ。

だが丹東は、中国で最も重要な町の1つ。そして鴨緑江の向こう側に位置する北朝鮮にとっても、丹東は生命線と言っていいくらい重要な町だ。北朝鮮の対外貿易の約85%は中国が相手だが、その大部分は丹東経由なのだから。

丹東を経由して北朝鮮に入ってくる物資には、核爆弾とその運搬手段(ミサイル)の開発に必要な原材料や機材が含まれる。さらに重要なことに、こうした核・ミサイル開発に必要な資金の調達や支払いでも、丹東の銀行が窓口の役割を果たしている。いずれもアメリカと国連が制裁の対象としている違法な活動だ。

そんな制裁などあざ笑うかのように、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長は、核・ミサイルの開発を進めてきた。アメリカの独立記念日である7月4日には、アラスカに到達可能な射程距離とされるICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験を実施。強気な発言を繰り返してきたドナルド・トランプ米大統領を挑発した。7月29日には、2度目のICBM発射に成功するなど緊張を高め続けている。

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トランプはこれに先立つ6月20日、中国の影響力によって北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止する戦略がうまくいっていないことを暗に認め、「少なくとも中国が努力したことは分かっている」とツイートした。

だが、中国は本当に北朝鮮に核開発を思いとどまらせるため、十分な努力をしてきたのか。「ノー」というのが、アメリカと一部のアジア諸国の専門家の見解だ。最近ホワイトハウスがまとめた対北朝鮮政策の見直しを受け、トランプ政権の内部では、アメリカと同盟国は北朝鮮に対する圧力をもっと強化できるという声が高まっている。

問題は、その方法が1つしかないことだ。つまり、北朝鮮に核開発に必要な資金とデュアルユース技術(民生用と軍事用の両方に使える技術)をもたらす中国企業を取り締まることだ。

中国政府を怒らせてもいいなら、それを実行するのはさほど難しくないだろう。北朝鮮絡みのビジネスをしている中国企業は5000社以上あるが、貿易自体は一握りの大手企業が独占している。だが、アメリカがこれらの企業を直接取り締まれば、米中関係にヒビが入りかねない。だから米政府は6月、北朝鮮との取引関係が著しく大きいとみられる10社(個人を含む)を取り締まるよう中国政府に要請した。



それにしてもなぜ、中国政府はこれらの企業の取り締まりに及び腰なのか。この点について、情報当局者たちの見解は一致しない。一部の企業集団が、中国政府と太いパイプを持つのではないかとみる向きもある。共産党全国大会をこの秋に控え、習近平(シー・チンピン)国家主席ら政府指導部は、有力企業を敵に回したくないのかもしれない。

中国政府の反応が鈍いのは、北朝鮮が核保有国であることが、実のところ中国にとって都合がいいからではないかとの見方もある。なまじ北朝鮮の力が弱くて、韓国によって朝鮮半島が統一されれば、中国にとってはすぐ隣にアメリカの手厚い軍事支援を受ける国が誕生することになる。北朝鮮に核があれば、そのような事態になる可能性は低いから、中国にとってもそのほうが安心だというわけだ。

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金正恩体制のもと、北朝鮮の核開発は着々と進む KCNA-REUTERS

トランプは手玉に取られた?

中国が問題の10社を秋までに取り締まらなければ、アメリカは一方的に制裁を科すと、米政府は中国側に伝えている。そしてそれは口先だけの脅しではないことを、トランプ政権は行動で示した。米政府は6月30日、北朝鮮の核ミサイル開発のためのマネーロンダリング(資金洗浄)に関わったとして、丹東銀行への制裁を発表した。

7月5日にはニッキー・ヘイリー米国連大使が、「アメリカは(北朝鮮と)貿易を続けるいかなる国も見逃さない」と、明らかに中国を念頭に置いた警告を発した。さらにビンセント・ブルックス在韓米軍司令官は同日、アメリカと同盟国は、北朝鮮における核拡散を阻止するため、必要なら戦争をする用意があると明言した。

トランプ政権の「軌道修正」は、かなり劇的だ。トランプは選挙戦のときから中国の貿易政策や外交政策を厳しく批判していたが、4月の米中首脳会談は友好ムードに終始。習との会談後、中国と北朝鮮の間には長い複雑な歴史があることが分かったと述べ、「北朝鮮を脅して態度を改めさせるのは容易ではない」という中国の主張を暗に受け入れたようだった。

だが、トランプは習の手玉に取られたというのが、中朝貿易を観察してきた情報機関やシンクタンクの見方だ。中国がその気になれば、北朝鮮の核開発をくじくことは可能だというのだ。

中国は長年、北朝鮮と貿易をする中国企業は小規模な「ならず者企業」だという立場を取ってきた。コソコソと闇取引に精を出す民間貿易会社で、当局がしっぽをつかむのは難しいというのだ。ところが6月に、アメリカのシンクタンクC4ADS(先進国防研究センター)がまとめた報告書によると、北朝鮮が大量破壊兵器を獲得するために国外に確立してきた資金と物資の調達システムは「集中的で、限定的で、攻撃に弱い――つまり破壊する機は熟している」という。



これはCIAと米財務省の分析担当官が長年言ってきたことと一致する。彼らが成功例として挙げるのが、05年のマカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)に対する制裁だ。BDAは北朝鮮の資金洗浄に利用されていると見なされ、BDAと取引関係にある諸外国の銀行も含め、アメリカの金融システムにアクセスできなくなった。

北朝鮮はこの制裁で窮地に陥った。BDAには北朝鮮政府高官の個人資金も預けられていたとみられるが、制裁により2500万ドル以上の資産が凍結されてしまったのだ。「あれはアメリカがやってきたなかで最もうまく標的を絞った措置だった」と、スチュアート・レビー元財務次官は振り返る。

その2年後、北朝鮮は核交渉の再開に応じるから、BDAに対する制裁を解除してほしいと求めてきた。ブッシュ政権はこの取引に応じた。だが、核交渉は何の成果ももたらさなかった。

それから10年、北朝鮮がアメリカを核攻撃する能力を手にする日は近づいている。楽観論者に言わせれば、「その日」は早くて3年後。一方、悲観論者は1年半後とみている。

いずれにしても、その時が来たらアメリカと同盟国は重大な決断を迫られる。金を理性のある核の持ち主として扱い北への攻撃を思いとどまるか。それとも金を「予測不能」と見なし、対北朝鮮先制攻撃とそれに伴うはずの悲惨な戦争を選択するか――。

こうした状況を考えれば、トランプ政権が中国政府の怒りを買うリスクを冒そうとも、北朝鮮を支える中国企業の取り締まりに乗り出そうとしている訳が分かる。北朝鮮をめぐる論議に参加しているホワイトハウス関係者が言うとおり、「それ以外にまともな選択肢はない」からだ。

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中朝の国旗を売る丹東の行商人 Kevin Frayer/GETTY IMAGES

北朝鮮は「孤立とは程遠い」

制裁を発表した丹東銀行を除けば、トランプ政権は問題の10社について詳細を公表していない。とはいえ複数の米高官によると、今後予定する行動に関しては既に前例がある。

米政府に言わせれば、中国には北朝鮮の対外貿易・金融取引を手助けする数社の「窓口企業」が存在する。オバマ政権時代の昨年9月、米財務省はその1社である丹東鴻祥実業発展、および傘下の遼寧鴻祥集団を制裁対象に追加したと発表。併せて、米司法省が両社を刑事訴追した。

「理解すべき重要な点は、対北朝鮮貿易のより幅広い枠組みにおいて両社が独自の役割を果たしていることだ」と、C4ADSの報告書は指摘する。

米司法省の資料によると、丹東鴻祥は「中朝間の輸出入業務を手掛ける」貿易会社を標榜。グループ企業と共に、北朝鮮の政府組織に物資を調達する一方で、数億ドル相当の北朝鮮製品を買い付けて中国市場に流していた。その売り上げは、北朝鮮の核・ミサイル開発計画に不可欠なデュアルユース部品の購入資金として利用されたと、アメリカ側はみている。

丹東鴻祥は、北朝鮮にとっておそらくはるかに価値が大きい役割も果たしていた。米政府と国連の制裁対象である朝鮮光鮮銀行(KKBC)のフロント企業として、国際金融システムにアクセスすることだ。

KKBCは北朝鮮の核を含む兵器拡散の資金源とされ、09年以降グローバル金融システムから遮断されている。国内の主要銀行であるKKBCが国際市場で取引できなければ、北朝鮮は兵器開発用の部品や製品を提供する外国の業者に代金を支払うことができない。彼らは北朝鮮の通貨ウォンではなく、米ドルでの支払いを求めるからだ。



窮地の北朝鮮を救ったのが丹東鴻祥だ。米司法省によれば「米ドルの取引制限を逃れる目的の下、丹東鴻祥は北朝鮮を拠点としてKKBCから資金提供を受ける企業と、外国の供給業者の間のドル取引の仲介役を務めた」。同社は2つの時期にわたって、KKBCの代理として総額1100万ドル超の取引を行ったと、米司法省は主張する。

取引の足跡を隠すため、丹東鴻祥は世界4大陸の6カ国に計43社のフロント企業やダミー会社を設立した。アメリカでも、少なくとも22社を通じて7500万ドル近くの金融取引を行ったと、米司法省はみている。

北朝鮮をめぐる定説とは裏腹に、実態は「孤立とは程遠い」と、C4ADSの報告書は指摘する。「幅広いネットワークのおかげで、制裁対象である北朝鮮の団体・個人は英領バージン諸島やセーシェル諸島、イングランドやウェールズや香港の会社の取引と見せ掛けて金融取引を行うことができた」

米政権関係者の考えによれば、丹東鴻祥のような企業を標的とする行動は北朝鮮の金融システムの最も脆弱な箇所、つまり合法的活動と違法な活動が交わる「要衝」への攻撃になる。ならば、なぜオバマ前政権は丹東鴻祥だけでなく、北朝鮮の窓口を務めるほかの中国企業を追い詰めなかったのか。

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中国を怒らせる覚悟はあるか

その問いの答えは、別の問いによって見えてきそうだ。すなわち、アメリカはどこまで中国を怒らせる覚悟をしているか――。

単発的な行動として、丹東にある企業に制裁を科すのは大きな問題ではない。実際、米財務省が丹東鴻祥を制裁対象に追加すると発表した際、中国政府が強く反発することはなかったようだ。自国企業の1つを犠牲にしても、北朝鮮に圧力をかける姿勢を示しておく必要があると考えたのだろう。

だがトランプ政権の複数の安全保障担当者は今、北朝鮮の核開発を阻止しなかったとしてオバマ前政権や中国政府を非難する姿勢を強めている。

「北朝鮮が(核搭載可能なICBMの)開発を進めていたなか、米政府や国連が制裁を強化したのは確かだ」と、トランプ政権のある高官は話す。「しかし大きな抜け穴があり、中国(企業)が見逃されていた」。オバマ政権は米中関係において北朝鮮問題ではなく気候変動問題を重視していたと、別の米高官は言う。

「北朝鮮に対して(核合意前の)イランへの制裁と同程度に効果的な措置が発動されたことはない」と、米政権の上級高官は語る。「それは中国が理由だったと言っていい」

その構図は変わると、トランプは宣言している。米政府が期限とする夏の終わりまでに中国が問題の10社に真剣に対処しない場合、アメリカは単独でそれらの企業を追及し、必要に応じて米金融システムから遮断すべきだ――米政府はそう判断している。

そんな事態になれば、もちろん中国は喜ばない。問題は怒りの度合いだ。世界2位の経済大国として力を増す中国には、その気になればアメリカを害する手段がいくつもある。中国市場から米企業を締め出し、アジアでのアメリカの重要な同盟国である日本や韓国に経済的圧力をかけるかもしれない。

それでも米政府がみるところ、北朝鮮とつながる中国企業の取り締まりは唯一の選択肢だ。さもなければ、戦争への道を突き進むしかない。朝鮮半島での戦争を望む者は中国を含めて誰もいない。そしてトランプは中国に最後のチャンスを与えようとしている。

東アジアは朝鮮戦争休戦以来、最悪の緊張状態にある。さらなる悪化も覚悟すべきだ。


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[2017.8. 8号掲載]
ビル・パウエル(本誌シニアライター)