<今年4月のジャカルタ知事選で勝利した、前教育文化相のアニス・バスウェダン。インドネシア政界の期待の星が、民主体制下で懸念されるイスラム急進化について語った>

世界最大のイスラム教人口を有するインドネシアは、かつては軍人出身の大統領が君臨する開発独裁国家だった。30年間続いたその体制が97年のアジア通貨危機をきっかけに崩壊し、民主化が始まってまもなく20年。以来、順調な経済成長と民主主義の成熟を謳歌しているが、その一方で懸念されているのがイスラム急進化だ。

今年4月に行われた首都ジャカルタ特別州知事選では、イスラム急進主義団体のイスラム防衛戦線(FPI)が「イスラム教を冒涜した」と中国系でキリスト教徒のバスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)州知事に大規模デモを仕掛け、落選に追い込んだ。この選挙で当選したのが、ジョコ大統領の下で教育文化相を務めたアニス・バスウェダンだ。

政治学者出身のアニスは「次の次の大統領」とも言われるインドネシア政界の期待の星でもある。ただ選挙でイスラム票を取り込むためイスラム教徒であること、そしてFPIとの親密さをアピールしたことから、イスラム急進化の象徴とも受け止められている。

16年1月にはジャカルタでISIS(自称イスラム国)を名乗るテロが発生。シリアやイラクからの「帰還兵」流入も懸念される。「寛容と多様性」を誇ってきたこの国はどこへ向かうのか。10月の正式就任を前に、笹川平和財団の招へいで7月に来日したアニスに本誌を含む日本人記者団がインタビューした。

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――ジャカルタではイスラム教徒とバスキ現知事支持層の分断が深刻だ。知事就任後はバスキの政策を継続するのか。

ジョコ大統領は12年にジャカルタ州知事に当選した後、14年に大統領になった。彼は(州知事として)2年働き、その後バスキが州知事を引き継いだのだが、MRT(ジャカルタ都市高速鉄道)など多くのプロジェクトはそのずっと前から始動していた。どれほど昔か分からないほどだ。

私はかなり早い段階から、プロジェクトは継続すると言っている。学者なので今後も客観的であり続ける。たとえば河川の浄化事業はファウジ・ボウォ知事(07〜12年)、スティヨソ知事(97〜07年)の時代に提案された。それをジョコがスタートし、アホックの時代に結果が出た。最後の知事がすべての評価を得るわけだ。そのことはしばしば見過ごされているが、以前に始まったプロジェクトは継続する。



分断についてだが、いかなる選挙でも分断は生まれる。アメリカ大統領選もそうだった。ジャカルタも含め、ソーシャルメディアは二極化している。実際の生活でも人々は二極化しているが、ソーシャルメディアほどではない。

私はいかなるグループと会うことも躊躇しない。いかなるジャカルタ市民も候補者と会う権利がある。極右のFPIとも極左とも、最上層の人々とも底辺の人々とも会った。不幸なことにメディアは極右にだけ関心をもつ。キリスト教徒とも仏教徒ともヒンドゥー教徒とも会ったのだが。われわれは現実を見失いがちだ。

私は民主主義を信じるリベラルな人間だ。誰もがいかなる考えも持つ権利を保障されている。もし誰かが「地球は四角い」と言っても、私には「地球は丸い」と強制する権利はない。もし誰かが私に強制したら、警察を呼ぶが(笑)。

分断解消のためには、第1に各勢力とコミュニケーションを取る。第2に、いかなる人にも(ジャカルタの行政に)参加してもらう。スラム問題が深刻だが、私はバスキ支持者にこう言った。「私を好きになってくれなくていいが、貧しい人々を一緒に助ける取り組みに参加してほしい」と。第3に格差問題に取り組む。格差あるところに協調なし、だ。

わが陣営は58%の得票率で勝ったのだが、ジャカルタ市民の58%が極右だなんて、そんな話は信じられない。インドネシア科学院(LIPI)の調査によれば、バスキ陣営は選挙運動で宗教問題に集中しすぎた。われわれは政策にフォーカスした。

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――ジョコ大統領の与党である闘争民主党(PDIP)、そしてジョコ大統領との関係はどうなるのか。

私は14年の大統領選でジョコの広報官だった。広報官だったから関係は緊密だった。そして当選後、教育相に任命され、自分の責任として教育問題に取り組んだ。そして16年、ジョコは私を閣外に出すことを決めた。知事選に出ることなど考えたこともなかったが、世論調査で私の名前が候補者として挙がり、準備を始めた。

大統領のチームとも闘争民主党とも個人的なつながりは維持している。選挙で闘争民主党はバスキを支持したが、私は中央政府のジャカルタでの事業を支持する。ジャカルタが中央政府の事業やジョコ大統領を邪魔することはない。私が戦ったのはバスキであり、大統領ではない。



――インドネシアの民主化の進展についてどう考えるか。

かつて世界はインドネシアを悲観的に見ていた。国家としての統合すら疑問視されていた。国家として生き残れるかも定かでないと考えられ、実際に分裂が問題になっていた。

政治学を学ぶ1人の学生として見ても、インドネシアは興味深い民主化の過程を歩んでいる。インドネシアでは全国で540もの直接選挙が行われている。そしてそのほとんどでスムースな選挙が実現している。過去5年間、300ほどの選挙に異議が唱えられ、憲法に基づく裁判所での審議によって結果が決められた。ストリートファイトでなく、だ。負けた政党もその結果を受け入れた。これはインドネシアで民主主義が根付いていることの何よりの証拠だ。

人権についての意識も広がっている。選挙委員会の組織も整備されている。何せこんなに多くの選挙を実施しなければならないので。報道も自由だ。自由すぎるほどだ(笑)。

(インドネシア政治の)腐敗問題については、洗練された政党助成制度を実現できれば解決するだろう。選挙にはカネがかかる。それは誰より私がよく知っている。たとえば500人の集会で全員にコーヒーやお茶を出す。いくらかかる?

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――インドネシアがISISの東南アジアの拠点になる、という懸念もある。過激なテロ組織の拡散をどう防ぐ?

治安はジャカルタにとって決して大きな問題ではない。でなければ、寿司レストランがこれほどジャカルタで増えていないだろう。

結局、われわれは中東から遠い場所に位置している。民主主義も根付いている。政治的な暗殺も起きていない。暴力はある。ゼロというつもりはない。しかし件数は少ない。脅威にさらされている、というのは言い過ぎだ。

過去十数年間、インドネシア警察はテロリズムを効果的に取り締まってきた。その対象はISISだけではない。確かに1万3000の島を抱えるインドネシアにとって治安を維持するのは大きな課題だ。ただもっとも取り組むべきは格差であり、貧困の問題。テロ事件は起きている。しかし警察を狙ったものがほとんどで、市民ではない。


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長岡義博(本誌編集長)