社員と家族を笑顔に/辞めさせず生産性向上
 従業員満足(ES)経営で実績を上げる中小企業が増えている。福利厚生や職場環境などを改善し、仕事のやる気を引き出す社内改革を打ち出すことで生産性や業績の向上につなげている。労働者の人材不足が顕在化する中、いかに雇用した人材を定着させるかがカギとなる。特に中小企業は大企業と比べ採用や待遇で不利な面もある。それだけにES経営は人材難にあえぐ企業において課題解決のヒントの一つになりそうだ。

対話を重視
 「何のために仕事しているのか。自分が楽しく生活するためだ。仕事が苦痛であっては意味がない」。1941年創業の三協精器工業(大阪市東淀川区)の赤松賢介社長はこう強調する。同社はスプリングを中心に金属部品を手がける。顧客の要望に対応し、大小1万種類のスプリングを製造する。05年に就任した赤松社長は、顧客に選ばれる企業を目指して「安正早楽(あんせいそうらく)」というメッセージを打ち出した。顧客に安心・安全、正直で正確をモットーとし、必要な時に製品をタイムリーに供給する。さらに顧客の手間を少しでも減らしてラクしてもらう。自分たちも楽しく仕事するという考え方だ。

 さらに赤松社長は製品の「美」を追求する。社長室には毎日、本社工場と熊本県の関連会社から多い時で約80個のサンプルが届く。これを赤松社長が全部チェックして美しいか美しくないかを評価、採点する。最初は反発があったが、今では社員との重要なコミュニケーションツールになっている。自信のないコメントを書いてきた社員には「これから、これから」と励ます。これが安心感につながり、ロットアウトになるような不良品の発生は皆無となった。成績優秀者への表彰なども従業員満足の向上につながっている。

 社員重視の経営姿勢は、かつて待遇に関する改革を実行した際、反発した熟練社員が退職したという苦い経験がある。そこで赤松社長は社員を辞めさせないことを重視し、08年のリーマン・ショックでは自己退職を除き1人も解雇しなかった。固定の残業代は賞与の時に支払った。

 現在は会社主催で月1回の社長を囲む会、毎年のハロウィーン仮装パーティーを開くなど社員との対話に力を入れる。「会社の一員、組織の一員」との意識を全社員に根付かせ、長く安心して働いてもらえるように「能力主義型年功序列制度」を実施。赤松社長が年1回、全員の昇給評価を行う。また本社でネコを飼ったり、社屋にプロジェクションマッピングを投影するなど社員が楽しんで働ける環境を整えている。

親孝行を奨励

 アパレル アイ(広島県福山市)はレディースカジュアルパンツの専用メーカー。福永一夫社長が83年に創業した。09年に発売したウエストフリーの「ひざギャザーパンツ」は、はきやすく足が細く見える。テレビの通販番組などで火が付き、累計で約117万5000本を販売したロングセラー商品となった。

 厳しい道のりもあった。大量の商品にクレームがあり一時は企業存続の危機を迎えた。社員一丸となって休日返上で対応し、危機を乗り越えた。こうした経験もあって、社員とその家族に喜んでもらえるような取り組みにつながっていく。

 その代表格が年1回の「親孝行スペシャルデー」だ。社員1人当たり2万円を支給。何に使ってもよい。条件は1行以上の実施リポートと証拠写真の提出だけだ。この制度を活用したことで「会話がなかった義母と話すきっかけとなった」と喜ぶ社員がいたという。

 福永社長は「社長の一番の喜びは社員の笑顔。社員は家族が喜んでくれたらうれしい。アパレル アイで働いているから親や家族が笑顔になれる。そんな喜びを社員に感じてもらえれば」と話す。社員27人一人ひとりの誕生日には福永社長がすき焼き用の高級肉を贈る。全社員が誕生日のメッセージカードを贈る取り組みも隔年で行っており、社員間の連帯につながっている。

 17年には創業35周年を記念してクルーズ船「飛鳥II」による2泊3日の社員旅行を行った。あいにく台風に見舞われたが、船内で各人が思い思い、催しなどを楽しんだ。レクリエーションのほか、社員のモチベーション向上に向けて社内勉強会を実施するなど「今後もESを一層追求していきたい」(福永社長)としている。

採用でプラス
 ESを高めることで人材確保に役立っているケースがある。木の家専門店 谷口工務店(滋賀県竜王町)は94年創立。注文住宅の設計・施工、リフォームのほか、18年6月には同県大津市の旧東海道沿いの町家7軒を大幅改装し、ホテルとしてオープンした。

 谷口弘和社長はハウスメーカー勤務、下請け工務店経営を経て「みんなが喜ぶ家づくり」を経営理念に、新しい谷口工務店を立ち上げた。重視したのは大工の育成。中でも現場に精通し施工しながら現場監督も担当する「棟梁(とうりょう)」の役割を重視。アメーバ経営を導入、棟梁と数人の大工でチームを作り独立採算制で施工を行っている。

 独自の教育体制が認められ、入社志望の建築系学生が多い。高学歴の社員大工を採用し、育成する工務店は全国的に珍しい。谷口社長は「来春入社予定の内定者12人のうち7人が大工。まだまだ増やしていきたい」と、新卒設計士の採用にも力を入れる。

 住宅を着工する際には着工式、完成後の引き渡し式に担当した社員が立ち会う。谷口社長は「ハウスメーカー在籍時は顧客の顔を見ずに仕事していた」と振り返る。施主が感動する催しを企画するなど顧客との濃密な関係を築ける点も社員のモチベーション向上につながっているようだ。

 また、同社は新築の完成後20年間は無料で定期点検を行う。毎年その家に通うことで家族ぐるみの信頼関係が生まれる。子どもの成長を見ることができ、簡単な棚の製作から改築まで受注を取ることもできる。こうした取り組みもあって大工にあこがれ、来春入社する顧客の子どもも出てきた。今後も「人を育てる文化をしっかり作っていきたい」(谷口社長)としている。ES経営の重要性を認識した企業の多くが自社の特性に合わせ、従業員満足度の向上に努め、それぞれ成果につなげている。少子高齢化による労働人口の減少もあって限られた市場から優秀な人材を採用し、いかに活躍してもらうかを考えていくべきである。19年4月に労働力不足を補うために外国人労働者の受け入れ拡大が始まるが、同時に従業員満足度の向上によって生産性を上げる余地もまだまだありそうだ。

インタビュー/企業価値協会代表理事・武井則夫氏 将来性示し安心感を

 企業の発展に役立つES経営をいかに実践していけばよいか。企業価値協会(東京都港区)の武井則夫代表理事にES経営で成果を上げている企業の特徴や実施上の注意点を聞いた。

―ESを重視する企業が増えています。

「ES経営を行っている社長は、社員や周辺の人が幸せな人生を送ってほしいという思いが強い。そこで顧客に喜ばれ、社会から感謝され、経済的にも潤うことで社員に幸せを感じてもらえるような経営思想を持っている。それがESにつながっている」

―近年はESに絡んで働き方改革に注目が集まっています。

「働き方改革というと就業時間や休日、職場環境などに目が向きがちだが、社員にとって魅力的な会社とは将来性が見えることだ。社員が先の成長を実感できるように会社が『事業発展計画書』を作成し、安心感を与えることが必要だ」

―ES経営を実施する上での注意点は。

「ルールだけ作って満足しないようにすべきだ。これだと手段と目的が完全に逆転してしまう。社長は社員やその家族にも気遣いの言葉をかけてやるなど大変な部分もあるが、大切な会社の一員として個人の存在を認めることが社員のモチベーション向上につながる」
(文=編集委員・渡部敦)