日本でもダイバーシティという言葉を耳にする機会が増えた。しかし、ダイバーシティを、「女性活用」、あるいは一部企業の先進的な取り組みといった限定的な受け止めもいまだ根強いのではないだろうか。日本経済が持続的な成長を遂げていくうえで不可欠な競争戦略としてのダイバーシティの可能性について、経済協力開発機構(OECD)東京センター所長の村上由美子氏と経済産業省経済社会政策室長の藤澤秀昭氏が語り合った。経済産業省の公式メディア「METI Journal」から一部抜粋してお届けする。

 藤澤 日本人・男性・正社員中心の従来型人材戦略では、熾烈(しれつ)なグローバル競争を勝ち抜けない−。こうした認識が企業の間に浸透しつつあることに、手応えを感じる一方で、課題も浮き彫りになっています。ダイバーシティ推進が特定の部署に限定されたものだったり、まだまだ「ひとごと」であり当事者意識が低いといったことですね。

 村上 24時間を組織にささげる「Theサラリーマン」的な、極めて同質的な人材で構成されてきた日本企業にとって変革は容易ではないでしょうね。一方で、いわゆる「本流」とは一線を画す、多様な人材の積極活用なくして熾烈なグローバル競争を勝ち抜けない厳しい現実もある。事業展開する国や地域のそれぞれにおいて、現地の若い人たちから「ここで働きたい」と思われる魅力的な企業になることは、事業拡大の必須条件です。

 藤澤 まさにその点なんです。日本企業が海外企業との間で人材の獲得競争に敗れる「雇い負け」に直面する現状に強い危機感を抱いています。

 村上 よく分かります。私自身、日本企業には入りたくないと思っていたし、スタンフォードやハーバード大学時代の同級生たちもそうでした。日本企業ではどうやら活躍できそうにないなと。おそらくこうした印象は現在もあまり変わっていないのではないでしょうか。

 藤澤 そうですね。大卒以上の20代から30代の外国人男女の就業意欲を見てみると、日本企業で「進んで働きたい」との考える人は極めて少ないという調査結果もあります。

 村上 一見、グローバル企業のようでも国籍や肌の色、文化的な背景などが個人の能力発揮の妨げになっているイメージがいまだ払拭(ふっしょく)できないとすれば、日本にとって大きな損失です。テクノロジーやビジネスモデルがめまぐるしく変化するなか、ビジネス成否のカギを握るのは優秀な人材です。そこに危うさを抱えている日本の現状は国際競争力の観点からも危惧します。

 藤澤 日本がかつてそのブランド力や技術力で世界を席巻した時代があったことを思えば、深刻ですよね。ところでダイバーシティが経営に与えるインパクトに興味深いデータがあるんです。組織が多様化するほど、出てくるアウトプットは二極化するというものです。革新的なイノベーションを創出する一方で力が分散化し、収益向上に結びつかないケースもある。現場への形式的な落とし込みでは、真の効果を発揮できないことを象徴しているのではないでしょうか。そこで、私たちは全社的かつ継続的に進める経営戦略として進化したダイバーシティを「ダイバーシティ2.0」と定義しました。

 村上 そういえば、米ゴールドマン・サックス時代、昇進の際の評価指標のひとつに「ダイバーシティを促進するリーダーとして周りが認めていますか」という趣旨の項目がありました。「こんな考え方があるんだ」と思ったことを覚えています。もちろん、形から入ることへの賛否はあるでしょう。ただ明らかにインセンティブとしてシステム化することは効果的ですよね。心の中で「ダイバーシティなんて」と否定的に受け止めていた人も自身のキャリアに反映するとなれば、考えを改める動機にはなる。

 藤澤 そこなんです。経済産業省では「ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン」として実践のための7つのアクションを提示していますが、そのひとつが「管理職の行動・意識改革」です。いま、村上さんが指摘された点についても、管理職の評価指標にダイバーシティの要素を盛り込むことや幹部の選定要件に加えるといった形で推奨しています。

 村上 一方で、欧米流の手法は日本の企業風土になじまない点もあるのでは。日本の競争力の源泉は終身雇用に象徴される、長期的な視点に立った人材育成システムやチームワークです。これを欧米流の実力主義とうまく融合した「ハイブリッド人事」がカギになるのではないでしょうか。残念ながら今のチームワークは「Theサラリーマン」を前提としたものでしょう。それ以外の「多様な人材」は初めからカウントされていない。これら人材の力を正当に評価するマネジメント側の視点、力量も問われます。

 藤澤 私もマネージャーの端くれですが(笑)、さまざまな背景や事情を抱えた部下とどう向き合うか迷いがないといったら嘘になります。男性の部下なら仕事の与え方や育成方法はそれなりに分かる。しかし、子育て中の女性に負荷を与えないようにという配慮が、逆に本人のやる気や成長機会を奪うことにも留意しなければなりません。また、多様な人材を集めれば自然とイノベーションが生まれる訳ではない。多様な人材から、多様な価値観・意見・アイデアを募り、新たな挑戦を歓迎するために、企業風土や人材育成・評価の仕組みを変えなければならない。そのために、今まで主流だった人材や手法は、変化を求められるかもしれない。そういうリスクも含めて挑戦しなければ、真の意味でのダイバーシティの成功は無いと考えています。

 村上 その話で思い出したのですが、かつてマネージャーに昇進した際に受けた研修に「無意識の偏見」をテーマにしたものがありました。自分でも気付かない深層心理をあぶり出すもので、自身を知るうえで大きな驚きでした。男性に限らず女性の中にも「こうあるべし」と植え付けられている女性像のようなものがあるように思います。自分自身を客観視した上で、公平な評価につなげたいですね。

 藤澤 研修は具体的にはどんな内容だったか覚えていますか。

 村上 ひとつの題材はニューヨークフィルハーモニックで1980年代後半に始まった「ブラインドオーディション」の実例です。オーケストラのオーディションで演奏者の前にカーテンがあり、演奏者の姿が見えない場合、見える場合に比べて女性やアジア系の人が選ばれる傾向が強いというものです。白人や男性の方が演奏に安心感があると思い込んでしまうのは、まさに無意識のバイアスなんですね。実は私、義理の弟がニューヨークフィルの団員なんです。
<全文は「METI Journal」でお読みになれます>
(役職は2017年6月現在)


【ファシリテーターのコメント】
この対談に立ち会わせもらった。村上さんのニューヨークフィルの「ブラインドオーディション」の話がとても印象に残りました。無意識でなくとも偏見は世に氾濫している。採用などで企業のポリシーにどう落とし込んでいくかは案外難しい。示唆に富む内容なのでぜひ全文をお読み下さい。
明 豊