人工知能(AI)の発達が私たちの生活を変えようとしている。行政や企業サービスの中で活用され、人の手では非効率だった作業や不可能だったことをAIが代わりに実現する。AIと社会のつながりはこれからどうなるのか。AIを活用する現場に聞いてみた。

社会課題に挑む
 社会課題をAIで解く―。10月の幼児教育・保育の無償化に向けて、自治体からの引き合いが相次ぐのが富士通のAIツール「保育所AI入所選考」だ。児童の保育所割り当て作業をAIで自動化する。これまで熟練者でも数十時間かかっていた1000人規模の入所選考をわずか数秒で終えられる。

 保育所の入所選考は、自治体ごとに定める申請者の優先順位やきょうだいの同一入所希望などの条件が複雑であり、全申請者の希望が最大限かなうように自治体は努力する。

 ただ、選考時間を短くすることや結果通知の迅速化などが課題だ。申請者からは「私の細かい入所希望条件をかなえてほしい」などの要望も多いが、人手では限界があった。

 この難問に挑んだのが九州大学と富士通研究所だ。複雑なマッチング問題に対して、利害が一致しない人々の関係を合理的に解決する「ゲーム理論」と呼ばれる数理手法を応用。「キャンセル発生といった先の組み合わせも予測しつつ、児童ごとに点数を割り振り、一番満足度の高い組み合わせなどを導き出すAIを組みあげた」(富士通の河野大輔行政ビジネス推進統括部シニアマネージャー)。

 入所選考では当落結果に対する説明責任も必須だ。ディープラーニング(深層学習)では「うちの子が選考になぜ漏れたのか」などの質問に答えられず、「説明可能なルールベースのAIを適用した」(河野氏)。

 さいたま市での実験では、年8000人の入所希望者と3000施設の保育所をマッチング。「申請条件は第3次希望まであり、組み合わせの数は天文学的だった」(同)が、有効性を示した。

 現在、100を超える自治体から問い合わせが殺到。まずは滋賀県草津市や広島県尾道市、東京都港区などへの導入が決まった。

 一方、倉敷中央病院(岡山県倉敷市)はNECの協力を得て、総合保健管理センターで蓄積した過去5年間・約6万人分の健康診断データと診療データを分析し、生活習慣病の判定に関係の深い9種類の検査値を数年後まで予測できるAIを開発した。6月に同病院で実用化する。

 社会課題へのAIの適用は、保育の現場だけでなく、予防医療や市民の健康増進でも進む。こうした取り組みが進めば、行政サービスの一層の向上が期待できる。

快適“つながる家”

 2030年度に国内で2兆円規模とされるAIビジネスは、住宅や不動産でも導入が進む。膨大なデータ収集と高度な解析が可能となり、新たなサービスを形にする下地が整ったためだ。住宅では家電や住設機器、太陽光発電のネットワーク化などに加え、家事の効率化や防犯といった優位性を訴求。再開発を手がける不動産大手も、街の魅力を高める付加価値としてAIの利活用を思い描く。

 大和ハウス工業は18年1月、IoT(モノのインターネット)機器とAIスピーカーを活用し、利便性を高めた「ダイワコネクト」を始動した。米グーグルのAIスピーカーをベースに、例えば「家を出る準備をお願い」のひと言でカーテンを閉じ、照明やテレビ、エアコンもオフ。さらにロボット掃除機も動かすような“つながる家”だ。

 全国約60カ所の住宅展示場で提案し、分譲住宅では18年12月時点で約80戸に搭載した。注文住宅への採用も伸びる。目立つのは、共働き世帯の母親を中心とした利用だ。「食事を用意しながら、話しかけるだけで他の作業まで終わるのは助かる」と好評だ。さらに、「外出先や天候に応じ、服装を選んでくれるような機能もほしい」と更なる機能向上の要望も寄せられている。

 マンション管理での試みも進む。大京は20年3月完成のマンションで、居住者の問い合わせにAIが音声で回答する仕組みを導入する。共用部の電子掲示板に「AI管理員」を搭載。管理人の不在時や勤務時間外でも、暮らしに関する質問や届け出に対応する体制を整える。人間による常駐や巡回だけでなく、マンションごとに最適な管理形態を模索する。

 一方、三菱地所と綜合警備保障は、カメラ映像をAIで解析することで「困っている人」を検知する実証実験を行った。体調を崩して座り込む人や、道に迷って周囲を見渡している人などを自動で検知し、解析結果を巡回中の警備員に伝える。目視頼みだった見回りにAIの分析を加えることで、きめ細かい“おもてなし”の提供へとつなげる。

がん早期発見・治療

 医療の現場でもAIは活躍する。CT(コンピューター断層撮影装置)などの画像診断装置で撮影した患者の画像データを分析し、医師の診断支援に役立て、病気の早期発見・早期治療に結びつけようとしている。

 例えば米グーグル傘下の英ディープマインドは、医師と同等の診断能力を持つ眼疾患診断AIを開発中だ。米フェイスブックはAIでMRI(磁気共鳴断層撮影装置)スキャンを最大10倍速くする取り組みを始めた。中国のアリババグループは、AIでCT画像から子宮頸(けい)がんと肺がんを早期発見しようとしている。

 日本勢では富士フイルムや日立製作所、キヤノンメディカルシステムズ(CMS)などが挑む。CMSの滝口登志夫社長は「(発売が遅れていた)がんの骨転移をAIで検出するソフトウエアを近く提供する」意向だ。

 米コンサルティング大手のフロスト&サリバンは、今後1年から1年半の間でAIによる放射線科医の効率は15―20%向上すると予測する。AIの支援で医療行為そのものが大きく改善しようとしている。

契約書の分析
 従来は専門的な技能が必要だった分野も、AIに置き換わろうとしている。法律関連サービスを手がけるリーガルフォース(東京都中央区、角田望社長)は、AIが契約書に潜むリスクを瞬時に解析するソフトウエアを提供する。

 秘密保持契約や業務委託契約などを締結する際、相手から送られてきた契約書を分析する。必要項目の漏れや自社にとって不利になる可能性の文言を指摘する上、修正例文も提示する。18年8月にベータ版を公開し、大企業など約70社が利用しており、19年春にも正式版を発売する。

 「相手側から送付される契約書は慎重なチェックが必要。後で不利益を被ることもある」と角田社長は指摘する。これまで契約書の確認は企業の法務部門や弁護士などが、過去の資料や知識を駆使して照合していた。

 人間が労働集約型でこなしていた業務をAIが担うことになるが、角田社長は「AIはあくまで道具にすぎない」と指摘する。「ツールが普及する過程では、必ずしも人がやる必要のない業務が出る。労働集約型を解消するための道具であり、足りない能力を補うための道具。業務の質を高めるため、AIが支援するものだ」と強調する。
(文=特別取材班)