コロナ禍でソーシャルディスタンス(社会的距離)の“調整役”として仮想現実(VR)が注目されている。新型コロナウイルスの感染拡大の状況によって、イベントの企画時点と顧客がサービスを体験する時点などで、求められる社会的距離が変わりうる。ダイナミックに調整可能なサービスを設計する必要がある。飲食店やスポーツスタジオは顧客が減り、音楽ライブなどのコンテンツ提供側は新たな配信先と収入源を探している。VRはエンターテインメントや観光、外食などを総合的に提案できるウィズコロナ時代のニューノーマル(新常態)となるか。(小寺貴之)

社会的距離の“調整役” エンタメ・観光・外食に提案

「VRでは脱ヘッド・マウント・ディスプレー(HMD)が求められている。接触頻度を極力減らすために、装着型のVRは難しい状況にある」と、ソリッドレイ研究所(横浜市神奈川区)の神部勝之社長はため息をつく。同社は博物館や安全教育などのVRシステムを展開する。コロナ禍でHMDのような装着品を使い回すことが敬遠されるようになった。

そこでプロジェクター投映型の空間没入系のVRシステムが浮上している。同社の伊藤竜成取締役は「HMD用に制作したコンテンツを、投映型に直す仕事が増えている。会社として投映型とHMDなど、技術をそろえてきたことが功を奏した」と振り返る。

矢野経済研究所(東京都中野区)がまとめた、VRや360度映像などの国内市場規模は2019年見込みで3951億円。16年以降のVRブームは個人向けHMDがけん引したが、まだ期待された普及規模には至っていない。あらためて多人数を収容でき、接触も減らせる投映型に光が当たっている。

未踏の地やスポーツ観戦 コンテンツ充実が課題

VRの利点は1人でも多人数でも同時に、普通ではありえない体験を楽しめる点だ。飛行ロボット(ドローン)で撮影した360度映像の空中散歩や、音楽ライブのステージに上る体験、森の奥や深海など普段は立ち入ることができない場所に没入できる。

eje(エジェ、東京都港区)の三代千晶社長は「VR用の360度カメラなど、撮影機材は整ってきた。VRコンテンツ制作の参入障壁は下がっている」と説明する。

同社は高解像度の「12K」全天球カメラを自作し、観光地や舞台のVRコンテンツを制作。パナソニックや電通と、飲食店やスタジオなどに向けて投映型VRを提案してきた。スポーツバーの一室で、天井や壁いっぱいに360度映像を投映して、空間ごとその場にいるような体験ができる。

サッカーの試合観戦では、レストランにいながら観客席から応援するような感覚が得られる。周辺視野に隣のサポーターの盛り上がりが映り込み、会場の雰囲気が丸ごと伝わる。小さな子どもを持つ家族は、会場や帰り道などの混雑を避けられるため、スタジアムより安心だ。

ソリッドレイ研究所の安全教育VR。作業で液を浴びた状況(同社提供)

例えばフィールドの上空に浮かぶスパイダーカメラからの360度映像は現地でも体験できない。投映型とHMDを組み合わせると、家族で投映空間を楽しみつつ、より没入したい人にはHMDで自分だけの視点を提供することも可能だ。

課題はVRコンテンツの充実だ。パナソニックシステムソリューションズジャパン(東京都中央区)のコンテンツ・メディアサービス部の佐村智幸部長は「アーティストやスポーツなどの配信料や版権の問題が難しかった」と明かす。

コンテンツが先か、体験する器が先か、どちらも数がそろわないと価格が下がらない。鶏と卵のような問題があった。

折しも飲食店やスポーツスタジオはコロナ禍で客数が減った。それでも店舗を維持していく必要があり、サービスの高付加価値化を模索している。スポーツ競技団体やアーティストも会場チケットの収支モデルが崩れ、代わりになる配信先や収入源を求めている。

どちらもウィズコロナを生き残るための試行錯誤を、アフターコロナへの投資に変えないと、融資を受けることも返済することもできない。コロナ禍で国も緊急融資制度を充実させているが、“息継ぎ”となる補助金や融資がこの先何度もあるかはわからない。新しい収支モデルを構築するため、技術導入やコンテンツ導入など手堅い投資が必要になる。

問い合わせ3倍以上 新しい事業モデル期待

電通のアクティベーションソリューションセンターの足立光部長は「コロナ禍を受けVRで何とかしてほしいという問い合わせは従来比で3倍以上になった」と振り返る。パナソニックシステムソリューションズの佐村部長は「(顧客は)とにかくあるものを持ってきてほしい、という切迫した状態」と説明する。ワクチンが世界的に普及するまで、ウィズコロナの状況は今後数年続くものと見込まれる。一度、腰を据えて業界を超えた収支モデルの再開発が必要だ。

ロケーションベースVR協会(東京都中央区)は、VR施設などの感染症対策をまとめた。マスクや換気、消毒などの推奨頻度を整理している。同協会の安藤晃弘代表理事(ハシラス〈東京都北区〉社長)は、「VRはまだ課題もある。実利・実用を目指すべきだ」と断言する。

VRだけでサービスや体験のすべてを完結させることは、まだ難しい。現実とVRを行き来しながら体験の質を高めていく必要がある。そのためには人が集まるロケーションが大切で、そこで特別な体験の一部としてVRを楽しむことになる。

ハシラスではVRプレゼンテーションツールとして「キネトスケイプ」を開発した。3次元(3D)の立体映像を、360度の2次元(2D)視差映像に直して軽量化し、スタンドアローン型のHMDで体験できる。従来のHMDはスタッフが顧客に装着する必要があったが、スタンドアローン型は顧客が自ら装着しやすい。ケーブルもなくなり、店舗で扱いやすくなる。同社はVRの森林浴ヨガや観光地ヨガなどを提案している。

飲食店やジムなど、店舗の苦境を救う解がVRとは限らない。ただ消費者のニーズやツールは確かにあり、コンテンツ側との交渉もしやすくなった。新しいサービスやビジネスモデルを生み出すことが望まれる。

【追記】
 オンラインとオフラインを混ぜて社会的距離を調整可能なサービス提案が求められています。オフラインだと100点、オンラインだけだと60点。でもミックスで80−120点のプランが三つくらい選べる状態にして当日、参加方法をユーザーに選んで貰える形が理想です。ウィズコロナ期間はサービスやイベントを企画した時と、お客が買った時、サービスを体験する時で求められる社会的距離が変わります。急な変動に対応できる、調整可能なサービス形態でないといけません。