新型コロナウイルス感染拡大に伴うリモートワークの普及を背景に、所属企業や職務への愛着度合いなどを示す「従業員エンゲージメント」を可視化するITツールの注目度が増している。社内コミュニケーションが減り、希薄になりやすくなった組織と社員や社員同士の結びつきを補う武器になるからだ。エンゲージメントの状況を適切に把握して有効な維持・向上施策を検討するほか、管理職者が部下とコミュニケーションを取る際のきっかけとして利用する需要が増えている。

従業員エンゲージメントは離職率や生産性に相関があるとして重要性の認識が広がり始めていた。それに伴いITツールの導入企業は増えていたが、コロナ禍がそれに拍車をかける。(取材・葭本隆太)

従業員エンゲージメント:組織や仕事に対して自発的な貢献意欲を持ち、主体的に取り組めている状態を表した指標。エンゲージメントが高まると従業員の離職率が低下したり、生産性が向上したりするとされる。「職務内容」や「自己成長」「人間関係」「企業理念」などに関わる従業員アンケートを通して状況を可視化するツールを導入する企業が増えている。

姿が見えなくてもわかる

『リモートワークが長期戦になりそうなので連帯感をどう維持していくかがテーマですね』−。フジクラ第一グローバル情報通信営業部の田原雅康さんの元に、部長から電子メールが届いた。前日の8月19日に部員に一斉送信したエンゲージメントスコアの推移を伝えるメールへの返信だ。

リモートワークが広がり、組織と社員や社員同士の結びつきが希薄になりやすくなった(写真はイメージ)

原則リモートワークになってからのスコアは、部署の目標が明確に伝わっているか否かを示す項目などが弱含みで推移していた。そのスコアを起点に部内で危機感を共有した格好だ。田原さんは「(部員同士の姿が見えなくなった中でも)スコアによって組織状態がわかるので打ち手が検討しやすいです」と説明する。

同部署では田原さんら若手の提案により、簡易にエンゲージメントの状況を可視化できるITツール「wevox(ウィボックス)」を19年3月に導入した。やりがいが一層感じられる仕事場を実現するため、エンゲージメントスコアを参考指標に、定期的に部内で意見交換しながら部長との1対1面談を取り入れるなど行動してきた。コロナ禍でもその習慣が生きているというわけだ。

三井住友銀行(SMBC)は7月に全行で「ウィボックス」の運用を始めた。デジタル化などを背景に金融業界が激変する中で、従業員が意欲的に働ける環境を作り、エンゲージメントを高めなければ変化に対応できないと考え、現状を把握するためのツールとして導入した。各拠点における管理職と部下の1対1面談を平行して制度化しており、その際の話のきっかけなどとしてエンゲージメントスコアを活用している。

SMBC人事部の髙阪亜弓ダイバーシティ推進室長は「(リモートワークによって社員同士が)顔と顔を合わせる機会は減っており、孤独や不安を感じる社員もいるでしょう。(エンゲージメントスコアを活用した)1対1面談の積極化によって結果的にコロナ前よりも上司と部下が直接向き合う機会が増えて(孤独感などを)カバーできるかもしれません」と期待する。

9月には各拠点におけるエンゲージメント維持・向上施策などを共有する場をオンライン上に設けた。各拠点で成果を上げた取り組みなどの横展開を推進していく構えだ。

組織改善の「自走」を後押しする

「ウィボックス」は従業員が2−3分で回答できる16問の簡易調査を月1回程度で行い、職務のやりがいや人間関係などの評価で構成するエンゲージメント状況を即座に可視化する。総合評価のほかに、各項目について部署や年代といったグループ単位で確認できる。エンゲージメント向上の成果を上げた取り組み事例の紹介も行うことで、導入企業による組織改善の「自走」を後押しする。

ウィボックスのスコア表示イメージ(アトラエ提供)

ウィボックスを運営するアトラエ(東京都港区)の川本周さんは「よい組織や職場を実現するためには、(導入企業の)みなさんで常々状況を把握し、よりよいアプローチを考えて行動することがなにより大事だと考えています。ウィボックスはそれを加速するツールです」と説明する。

導入企業数は優秀な人材の流出懸念の広がりなどを背景に右肩上がりで推移してきたが、コロナ禍の影響によりその伸びが加速している。3―4月の問い合わせは前年比で約4倍に増えたという。

従業員の状態や組織エンゲージメントを可視化するITツール「Geppo(ゲッポー)」を提供するヒューマンキャピタルテクノロジー(東京都中央区)も同ツールに対する関心の高まりを感じている。

渡邊大介取締役は「(オンライン会議システムを通した上司部下の1対1面談の話の種にするなど)コミュニケーションのきっかけとして使う需要が増えています。4月の緊急事態宣言後はオンライン会議ツールなどが不可欠なアイテムとして導入が進み、それが落ち着いた6月ごろからは持っておいた方がよいものとして可視化ツールに企業の関心が移ってきました」と説明する。実際に6−7月のゲッポーの問い合わせは前年比で倍増し、過去最大だったという。

ゲッポーは個人の状態の可視化に軸足を置く。月に1回、仕事の満足度や人間関係などの質問3問程度に実名で5段階評価で回答してもらう。評価が急激に下がったり、複数の項目が低評価だったりする個人について管理職者などに知らせることで即時フォローにつなげる仕組みだ。四半期に1度程度は事業戦略や経営、上司などを評価する匿名調査を行い、可視化することで組織全体の改善も支援する。

従業員エンゲージメント市場は2023年度に120億円近くまで拡大する見込み

市場調査会社のアイ・ティ・アール(ITR、東京都新宿区)は国内の従業員エンゲージメント市場について2023年度に18年度比4.9倍の118億円に上ると予測する。舘野真人シニア・アナリストは「(足下では)テレワークの長期化に伴う従業員の孤立化やコミュニケーション不足により、組織と個人、個人同士の結び付きが希薄になったと考える企業が増えました。それを補う手段の一つとして、アンケートで従業員の意識を簡易に把握できるツールなどが人気を集めています」と分析する。

変革できないと逆効果になる

IT企業が組織や従業員の状態を手軽に診断できる機能を強みに展開する一方で、組織コンサルのリンクアンドモチベーションのクラウドサービス「モチベーションクラウド」は診断後の改善・変革活動における伴走型の支援を重視する。川内正直取締役は「診断すると従業員の(組織が改善に向かうだろうという)期待値は上がります。そのため、診断したら変革に(しっかり)移さないと逆効果になります。自走できる組織もあるだろうが、それができないからこそ苦労している企業は多いです」と力を込める。

モチベーションクラウドは約130問で構成する調査を半年に1度程度行い、理念戦略や仕事内容、上司の支援などの項目について共感度合いを可視化する。各項目について期待度と満足度の二つの軸で整理されるため、組織の優先課題が即座に把握できる。その上で改善したい項目に対して適切な行動プランを提示する。具体的な行動プラン策定時には人によるコンサルティングも行い、実効性を確保する。

診断結果を基に改善の行動プランを検討する(リンクアンドモチベーション提供)

各種調査によると、日本は欧米に比べて従業員エンゲージメントの値が低い。その理由について、コーン・フェリー・ジャパンの柴田彰シニアクライアントパートナーは「日本企業は元々モノカルチャーで、(かつては)みなが歯を食いしばって頑張れば会社は伸び、給料も伸びました。ただ、終身雇用のために共同体のようになり、そこで働いていることがすべてでした。社員エンゲージメントという概念自体が念頭になく、企業は従業員の意欲を喚起するような取り組みをしてきませんでした」と解説する。

足下では人材の流出抑制や仕事の生産性向上を目的として従業員エンゲージメントを意識する企業は増えてきたものの、「まだ幅広く定着しているとは言えない」(複数の業界関係者)。その中で、働き方や事業環境の激変期であるコロナ禍の今は、ITツールなども武器にエンゲージメントと向き合うべき機会と言えそうだ。