コロナ禍以前の日本は生産性の向上という点で著しく他の先進国に劣っていたが、その理由はテクノロジーの変化に合わせた社会の仕組み、つまり人のシステムの変更を怠ってきたことが大きい。日本の法制度、行政手続き、雇用制度、教育制度、企業の人事制度や諸規則、そして商習慣は、この25年間で驚くほど変わっていない。

Uber生んだスマホ

その典型例とも言えるのが、Uberに代表されるライドシェアだ。ライドシェアはほとんどの先進国で導入されており大変便利な交通手段になっているが日本では認められていない。いわゆる「白タク」規制である。タクシー業が急速に普及し始めた1950年代にタクシーの粗暴運転や過剰請求、乗車拒否が問題となり、また交通事故も多発したことから、現在のタクシー制度の原型ができ、安全確保から稼働台数に至るまで厳しく管理されるようになった。

タクシー会社には厳しい運転手管理、車両管理が義務付けられ、運賃メーターも厳しく管理する仕組みが出来上がり、改造できないよう物理的に封印封緘(ふうかん)までしている。また運転手のマナーを向上させるために「タクシーセンター」を設け、集中的に苦情を受け付け、苦情が多いドライバーやタクシー会社にはキツい指導が下る。そこまで壮大なコストをかけて日本のタクシーの快適さ、清潔さ、マナーの良さが維持されているのだ。

ところが、ネットとスマートフォンが出てきて状況が一変する。運転者側と乗客のスマホで移動距離、移動時間が正確に把握でき、また乗客の運転手に対する評価が公開されるようになった。乗客の評判が良くない運転手には仕事が回ってこないので、運転手のマナーも良くなる。なにより画期的なのは、「専用車両」と「専業運転手」が要らないこと。タクシー車両は特別な車両だが、すでに個人タクシーは一般車を「改造」して使っている。改造というのはメーターをつけたり、自動ドアにしたりしているわけだが、メーターと自動ドアが不要であれば自家用車を使っても支障はない。また、運転者も専業である必要がない。サラリーマンが運転手として副業収入を得ることも可能となった。

既存制度に反せば否定

新しいテクノロジーによって新しい交通手段が世界的に実現した。しかし日本では既存の制度に反するものはまず否定することからスタートする。ライドシェアという概念は、これまで何十年もかけて官民で積み重ねてきたタクシー制度とは全く違う発想で生まれたもの。市場が荒らされるタクシー会社は当然大反対。政治家にも圧力をかける。自民党の国会議員の多数がタクシー議連のメンバーだという。そもそも利用者にとっていいのかどうか、という議論以前に完全拒否モードになってしまっている。もちろん世界各国でタクシー会社とUberは鋭く対立している。が、海外ではタクシー運転手がUber運転手に切り替わるケースも多く、自分の車を使って中間会社に搾取されずに個人収入を上げているケースもある。

ゼロからの思考転換を

このように、テクノロジーによって可能になっていることが、人の側の都合で社会に導入されない。同じようなことが、民泊でも、教育でも、医療でも、あらゆる規制業種で起こっている。

規制改革というと、どうしても現状を起点にして、新しいテクノロジーをどう入れていこうかと考えるが、そもそも50年も前の環境、前提条件で作られた枠組みに、新しいテクノロジーを組み入れることは不可能だ。ゼロから国民の最大便益になる規制を考えるのが理想だが、これは社会的混乱をもたらす恐れがある。このバランスをうまく取らないと、生産性向上は望めない。このジレンマを解決するためには、テクノロジーにより淘汰(とうた)されるプレーヤーに対する補償をもっと真剣に考えて、反対するよりは前進した方がいいという考え方に転換してもらい、新しいテクノロジーを最大限利用した制度設計、社会設計をしていくほかないのではないかと思う。

【略歴】なつの・たけし 早大政経卒、東京ガス入社。ペンシルバニア大経営大学院卒。NTTドコモ執行役員などを歴任。現在は現職のほかドワンゴ社長、ムービーウォーカー会長、KADOKAWA取締役などを兼任。内閣官房規制改革推進会議委員も務める。神奈川県出身、55歳。